自意識の檻
noteを始めたのは、知っている人に読まれたくないことを書くためだ。
知っている人に読まれることを意識すると「こんなことを書いたら嫌われるかも」などと気にしてしまい、思ったことが書けなくなる。
だから、noteのアカウントを作った。吉玉サキという名は本名ではない。note用に作った名前だ。万が一知り合いが読んでも私だとわからないよう、細心の注意をはらっている。
このアカウントの存在は誰にも(夫にすら)教えていない。もし知り合いを見つけたとしてもフォローしないだろう。
そんなに知り合いに読まれたくないなら、ネットに上げなければいい。ワードで書いて、自分だけが読めばいい。
でも、それじゃあ嫌なのだ。まったく誰にも読まれない前提の文章なんて、書く気がしない。書けたら「見て見て!」と言いたくなるに決まってる。
他人からどう思われるかが気になりすぎて匿名アカウントじゃないと書けないくせに、それでもやっぱり、誰かには読んでほしいのだ。
そうして、素性を隠してnoteで文章を書いた。自意識の檻から抜け出た私は、思ったことを自由に書けるようになった。
楽しかった。
誰の反応も気にせずに書けるというのは、こんなにも楽しいものなのか。
そう思った。
けれど、noteに慣れてくると、読んだ人のリアクションが気になりはじめた。
批判コメントが来たらどうしよう。炎上したらどうしよう。フォロー増えないな。つまらないのかな。誰も読んでないのかな。
そんなことを考えるようになった。
私はどうしたって、自意識の檻の中にいる。
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