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四月ばかの場所11 デート

あらすじ:2007年。メンヘラで作家志望のキャバ嬢・早季は、皮肉屋の男友達「四月ばか」と一年間限定のルームシェアをしている。トリモトさんという変わった男性と知り合った早季は彼が気になりはじめ、ついにデートに誘う。

※前話まではこちらから読めます。

よく晴れた、うさんくさいほどのデート日和だった。

駅前のサーティーワンの前で待ち合わせたトリモトさんは、相変わらず顔色が悪かった。

今日は、汗を吸わなそうなつるつるした素材のオレンジ色のチビTを着て、黒いリストバンドをつけていた。くせのある髪はだいぶ伸びて、七十年代の少女漫画に出てくる人みたい。この人は一般的なダサいとかおしゃれとかの価値基準を超越している。

二人で井の頭公園を散歩した。ボートがひしめく池は、太陽を反射して水面がオパールみたいに光っている。

普通のボートにはカップルが、白鳥型のボートには親子や同性同士が乗っているのが多い。

井の頭公園でボートに乗ると別れるってよく聞くけれど、じゃああのカップルたちには「自分たちの愛はそんなジンクスごときに絶たれるような甘っちょろいもんじゃない」という絶対の自信があるのだろうか。

「まつげのある白鳥探してみます?」

「え? あ、はい……え?」

「この池の白鳥のボート。ひとつだけ、まつげのある白鳥がいるらしいですよ。それ見つけたらラッキーなことがあるんだって」

「え? あ、はい。あぁー……ラッキーなこと、ですか」

トリモトさんは相変わらず「え? あ、はい」を連発していた。メールではあれほど饒舌だったのに、ほとんど話さない。話しても小声で早口で、聞き取れないことが多かった。

あたしたちは結局、まつげの白鳥を探すことはしなかった。

中道通りを歩き、ソファの大きすぎる喫茶店でコーヒーを飲んだ。外が明るすぎたせいか、店内がやたら暗く感じる。

その頃にはもう慣れてきたのか、トリモトさんは自分から喋るようになった。喋りだすと止まらない。前に会ったときと同じだ。目を見て聞いていると、少しずつ目を合わせてくれるようになった。

「オレ、精神的に弱い人から相談されたりすること多いねん」

一瞬、どきっとする。

「そうなんですか?」

なにげないふうに応える。

「なんか、オレの周りってそういう人が集まってくるんよ」

「へぇ」類は友を呼ぶというやつだろうか。

「あんたもそうやろ」

コーヒーカップに注いでいた視線をトリモトさんに向ける。トリモトさんは一秒ほど女の子のような上目遣いであたしを見つめて、やっぱり我慢できない、というふうに視線を逸らす。

「なんでですか?」
「わかるよ、そりゃ」

ヒヒッと笑う彼が、少しだけ大人に見えた。

「一ヶ月くらい前、落ち込んでたやろ。メールの文面でわかる。落ち込んでますーとか書いてなくても、なんかそういうのって滲み出てくるやん」

あたしはこの人を見くびっていた。トリモトさんがそんなことを感じ取っていたなんて考えたこともなかった。もっと自分のことでいっぱいいっぱいな、空気の読めない人かと思っていた。

「わかっちゃいましたか。あの時、ひさびさにうつが来てて」

過ぎてしまえば、旧友に押しかけられていたかのように軽く言える。

「大丈夫やった?」
「はい」
「よかった」

トリモトさんは砂糖もミルクもたっぷり入れたコーヒーを美味しくなさそうに飲んだ。気づいていたのなら、なぜメールで何も言わなかったのだろう。

「こないだ、小説書き終わったゆうてたやろ。それ、今度読まして」

今度とはいつだろう。

「はい。持ってきます」
「創作ができる人てほんますごいと思う」

トリモトさんは、社交辞令じゃない中学生のような真剣さで言う。カップを持つ左手は小指が立っている。

「トリモトさんだってデザインやってるじゃないですか」

「あれはクライアントの望みどおり作ってるし。オリジナリティーとかいらんねん。クリエイターではあるけど、アーティストやない。あんたみたいに自分の才能信じられん」

面食らった。大人の男のコンプレックスというものを初めて目の当たりにした気がする。誰もが目を逸らすものを堂々と目の前に突き出された感じ。

フォローするようなことを言おうと思ったけど、何を言っても不正解の気がして諦める。代わりに「名刺、作ってくださいよ」と言った。

「お店の?」

あたしが頷くと、「どういうデザインがいい?」と聞かれた。

「お任せします。トリモトさんの好きなように作ってください」

それが創作かどうかはわからないけど、少しでもあなたの才能を信じてほしい。

トリモトさんは「え、ほんまに自由にやってええの?」と不安そうに言ったが、あたしが頷くと手帳に何やら書きつけた。

「ゴッホは精神病やけど、それゆえにあんな凄い作品を創ることができたんだ、って高校の美術の先生がゆうたんやわ。オレはそん時は、凄い絵なんて描けなくても心が健康なほうがええやろー、て思うてた。でも、最近思うんよ。狂っても病んでもいいから、凡人には創れないもの創りたい、て」

うつ病は気分障害の一種で精神病には含まれません。

……とは言わなかった。もちろん。

あたしは、クリニックの待合室にゴッホの絵が飾られているところを想像していた。

いいじゃん。ルノワールより、ずっといい。





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