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四月ばかの場所14 五年前

あらすじ:2007年。メンヘラで作家志望のキャバ嬢・早季は、皮肉屋の男友達「四月ばか」と一年間限定のルームシェアをしている。社会のどこにも居場所を感じられない早季は、定住しない四月ばかの生き方をロールモデルとしていた。トリモトさんという変わった男性と知り合った早季は彼が気になり、デートする仲になる。

※前話まではこちらから読めます。

五年前の四月一日、携帯が鳴った。四月ばかからだった。あたしはすすきのにいて、大通に向かって駅前通りを歩いていた。

「俺いま東京に来てる」
「うそ」

うそじゃないのはわかっていた。さっき、四月ばかがバイトしているバーに行ったら「有田は今週いっぱいいないよ」と言われたばかりだったから。

「うそじゃないって。去年の夏にベトナムで知り合った日本人の話、しただろ」
「聞いた」

その頃、四月ばかは金を貯めては旅に出ていた。

「そいつがさ、遊びに来いって言うから来てみたんだよ。ここ、なんか気に入ったわ。俺、ここに住む」

「ここってどこ?」
「吉祥寺」

聞いたことのある、東京の地名。

「……うそでしょ?」
「うそじゃねーよ。引越しの準備あるからいったん札幌帰るけど」
「いつ引っ越すの?」
「すぐ」

四月ばかは「じゃあ、また」とマイペースに電話を切ってしまった。

うそだ。だって今日はエイプリルフールだから。

あたしは待ち受け画面に戻った携帯の液晶を睨んだ。睨んでいると、画面の『4.1(sun)』という文字が『4.2(mon)』に変わった。

ひどく寒い年で、街路樹の根元には氷のようになった雪の塊がまだ残っていた。

あたしは、排気ガスですっかり黒くなった雪の上に携帯を落とし、踏みつけた。シャクっと、かき氷にスプーンを挿したような音がした。

雪の塊は粉砕したが、携帯は潰れなかった。拾って着信履歴を呼び出すと、四月ばかの本名が表示された。

暗闇の中で目を覚ます。

もちろん、ここはすすきのではなくて、今は四月でもない。あたしは二十四歳で、三鷹に住んでいる(あくまで最寄は三鷹だ)。

なんで急に、あのときの夢を見たのだろう。

あの電話から数日後、四月ばかは本当に吉祥寺へ引っ越した。その時も事後報告だった。

あたしは、四月ばかの住む街に住んでみたくなった。

その頃、あたしは四月ばかのバイトしていたバーの常連になっていた。そこでたくさんの友人もできた。相変わらずバイト先では浮いていたけれど、札幌はそれなりに居心地がよく、そこを離れて東京でひとり暮らしなんてできるわけがないと思い込んでいた。

けれど、あたしの吉祥寺への憧れは日に日に募っていった。そして、四月ばかのいない虚しさも。

あたしは四月ばかに憧れていた。

恋愛感情ではない。四月ばかの恋人になりたいのではなく、四月ばかのような人間になりたいのだ。

四月ばかみたいに、他人の目を気にせず、居場所がないことに劣等感を抱かず、飛ぶように生きたかった。

彼の真似をしてニーチェを読んでニルヴァーナを聴いていたけれど、あたしはそれだけでは満足できなくなっていた。そのときの気分で住む街を決めて、サクッと引っ越してしまう、あたしもそんな軽やかな生き方がしたい。

東京に出てきたのは、そんな思いからだった。

けれど、四月ばかの真似をして東京に出てきても、あたしは職場を転々としているだけ。ぜんぜん、軽やかじゃない。

なのに、いつの間にか自分が「四月ばか側の人間」になったような気がしていた。

だってあたしは、四月ばかの生き方に憧れていたあの気持ちを、最近とんと忘れている。自分がオリジナルのような気になっていたのだ。


暗闇を見つめながら考えていると、視界に光の筋が入った。ドアが細く開いたのだ。

「ご飯できた」
「ありがとう」

もそもそと布団から這い出す。熱があると、お尻の穴が宙に浮いている感じがする。

リビングのテーブルには大きな土鍋が置いてあった。中はたっぷりのおかゆ。作りすぎだよ、とつっこむ。

食べ始めると、テーブルの下にナプキンがあることに気づいた。

多い日の夜用、多い日の昼用、普通の日の夜用、普通の日の昼用。四つもある。その全部が羽根つきだった。四月ばかは、あたしが筋金入りの羽根つき派であることを知っていたのだろうか。

「こんなに?」
「どれがいいのかわかんなかったから」
「……ありがとう」

四月ばかはもう一杯目のおかゆをたいらげ、二杯目をよそっていた。

「ナプキンってこんなに軽いと思わなかった。すげぇ軽いからなんか不安になって、四つ買っちゃった」

「羽根つきばっかり」

「ダメだった? なんか羽根って言葉に惹かれて買ったんだけど。なんかいいな、羽根って。どこまでも飛んでいけそう」

「ナプキンについた羽根で?」

ふいに、よるべない、という言葉が浮かんだ。軽やかさとよるべなさは表裏一体だ。あたしは五年前のあの電話から、四月ばかのように生きようと思った瞬間から、ずっとよるべない。

「よるべないなー」と節をつけて呟いてみると、四月ばかは「熱で頭いかれたな」と、嬉しそうに言った。





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