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「無駄のない生き方」の落とし穴
何も達成することなく過ぎていってしまった時間もまた、それは別の意味があるものだということが、焦る方にはわかっていないのである。
何かを有効に達成しているときにのみ気持ちが落ち着く。
彼らはパッと起きて、パッと仕事をし、パッと食事をし、またパッと仕事をし、パッと休養をし、という具合に、一分の無駄もなく一生が埋まっていないと気持ちが落ち着かない。
【引用】加藤諦三.自分を許す心理学―――疲れない生き方の処方箋(知的生きかた文庫)(p.27).三笠書房.Kindle版.
講演会は1時間だったが、50時間以上は練習した
しかし、例えば年に1度、会社のパーティーでのたった5分の出番のために、1カ月前から何十時間もかけて歌の練習をするのは「無駄」だろうか?
去年講演会は1時間だったが、50時間以上は練習したのではないか。パワポ作成には50時間ぐらいかかっているから、1時間の為に100時間使ったと思う。
しかし、その時間は絶対「無駄」ではない。準備の為には必要な時間だったのだ。
「一見無駄な勉強」が、後で役に立ったりする。
「引き出し」や「チャンス」は、多ければ多いほどいい。
「回り道」こそが人生
何であれ、一直線にほしいものにたどり着けるなんてことはめったにない。
たいてい「回り道」をするものだ。でも、その回り道こそが人生ではないか。
人生は「結果」ではなくて「プロセス」
だって、人生は「結果」ではなくて「プロセス」だから。そうじゃなかったら、人生のゴールは死ぬことになってしまう。
人生は「結果」ではなく「生きること」そのものが目的のはず。
「効率」ばかりを目指して「無駄」に見えるものをどんどん省いていくと、結果として、現時点では想像できないような「出会い」や「チャンス」を自ら塞いでしまうことになりかねないのだ。
とかく「効率」を重視する人ほど、「コスパ」を気にすることが多い。
「コスパ」とは、コストパフォーマンス、費用対効果。費用がどれだけ効率よくパフォーマンスに生かされているかという点では、要するに、ある種の効率だ。
「仕事や人間関係」にまで「コスパ」を持ち込むのはいかがなものか
買い物や食事に「コスパ」を考えるのはいいとしても、「あの人と付き合うのは『コスパ』が悪い」などと「仕事や人間関係」にまで「コスパ」を持ち込むのはいかがなものか。
確かに、コストには「お金」だけでなく「労力」や「能力」「時間」も含まれるから、リターンはできるだけ早いほうがコスパはいいことになる。
仕事で学ぶことの多くは「すぐには成果の出ない」もの
しかし、特に若い人ほど、仕事で学ぶことの多くは「すぐには成果の出ない」ものだ。
貴方がいくら勉強しても、投資しても、それが仕事の成果として表れるには時間がかかる。
そもそもどんな仕事でも、成果は「自分に」「すぐにその場に」表れるとは限らない。
貴方がコツコツと仕込んできたことが、あなたがその部署にいるときには成果となっては表れず、後任の人の成果となって表れることも珍しくない。
仕事の成果は「全体」に表れる
仕事の成果は、「すぐにその場」には表れない。
仕事の成果は「全体」に表れる。「他の誰か」に表れるかもしれない。
しかし、今すぐではないが、最終的に「リターン」は必ずある。
結論「効率」を求めすぎると「成長」から離れる
コスパ、コスパと、目先の効率だけを追い求め、できるだけスマートに働こうとすることは、「仕事を楽しむ」のみならず「成長する」という目的からも離れる一方なのだ。
【参考】東洋経済オンライン『「効率ばかり言う人」が結局、成功しない3大理由「無駄」省きすぎで「チャンス」も失ってない?』
https://toyokeizai.net/articles/-/309467?page=4
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