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アンチテーゼ貴様

【「婚活は地獄であるという本を出版致しました! よろしければどうぞ!】

 咲は平日は山手線内回りの電車に乗って、神田のオフィスに向かう為に埼玉県戸田市から通勤している。
  1K5万円で3階建ての2階に2年以上住んでいる。
 引っ越そうと思うが、なかなかお金が捻出出来ないし、一緒に住む彼氏もいない。
 7時半前後の通勤快速は黒づくめのサラリーマンで一杯で、女性に対しての何も配慮がなく、手や足をガンガン蹴られたり、髪を引っ張られながらも電車に乗らなくてはいけない。
 そんな配慮のない、広い背中のオッサン共を神田駅の階段から蹴り落としたくなることも週に3-4回ある。

「普通の女性は結婚するけど、咲さんしないから。一人でも生きていける給料出してもらって良かったね!」

 咲は薬剤会社の英語事務を行っている。給与はそれほど悪くない。
 こんなことを言われたことがある。
 「普通の女性は結婚するけど、咲さんしないから。一人でも生きていける給料出してもらって良かったね!」と言われたことがある。
 慇懃無礼な上司に咲はうんざりしている。

失言リストをエクセルでいつ言ったかと日付と共に纏めている

「(社員)は太ってないけど痩せてもないね」
「(女性社員に)結婚しないの?」
「(男性社員複数に)この中で子供居るの俺だけ。作らないの?」
「(30代女性社員に)おばさんって言われたことある?」
 入社5年目咲は上司の失言リストをエクセルでいつ言ったかと日付と共に纏めており、ダウンロードファイルにこっそり隠している。
 「パワハラ」だと訴える時の資料にするつもりだ。

『月火水木金 不憫な役回り
自尊心を守んないと機械になっちゃう』

【歌詞引用】syudou『アンチテーゼ貴様』

「仕事が終わって観るYouTube」だけが咲の生きがい

 「君は結婚しないのかい」と上司さんに言われたけどたぶんしない。
 一人の時間減るのが嫌、そもそも結婚という概念が重くて無理。
 17時きっかりにオフィスを出て、18時に最寄りの駅に着き、最寄りの駅の近くにあるドトールのアイスティー、ロイヤルミルクティーLサイズとトーストを頼んだ。
 トーストをもふもふ食べながら、アイスティーとロイヤルミルクティーを飲みながら観るYouTubeを寝付くまでずっと観る。
 「仕事が終わって観るYouTube」だけが咲の生きがいだ。

自分のままでありたいだけだぜ当然な

 対面の方からは「結婚しているのか」、同僚や上司からは「結婚しないの?」と聞かれ、親からは「早く孫の顔見せろ」と言われる。
 咲の人生は窮屈まみれだ。
 私の人生なんだからいちいち興味持つな、勝手にさせろと。

他人が決めた社会の定義に則って 「幸せです」と言わされてる様で最悪です
身分や地位や大人騙しなど一切要らん
自分のままでありたいだけだぜ当然な』

【歌詞引用】syudou『アンチテーゼ貴様 -改-』

今週の土曜日は歯医者や美容院でもない予定が珍しく入っている

 土日もずっとYouTubeを観て寝転んでいる咲だが、今週の土曜日は歯医者や美容院でもない予定が珍しく入っている。
 大学のゼミの同窓会だ。年1回咲が人間でいれる時間だ。
 咲は普段お酒を一切飲まないが、唯一ゼミの同窓会でお酒を飲みながら旧友と語り合う時間がとても貴重である。
 「上司が25で結婚した話をしつこくしてきて『結婚しないの?』って言われる。現状離婚してんだろハゲ くたばれ」という愚痴を同級生に聞かせる。
 殆ど既婚の友達だけど、皆「ギャハハハ」と笑う。
「あんたに結婚なんか無理に決まっているじゃん」
「そうね、私はまともな人間じゃないからね」と返す。

「私の幸せを自分の子供や夫のステータスで、規定させてたまるか。」

 周りは既婚者しかいなく、友人の話題は子供の世話で、互いのスマホでFacebook子供の写真を見せあっている。
「かわい~」と母となった友人の甲高い声が聞こえる。
少しぐらいダメージが咲には入っているが、友人が笑ってくれるなら気にしない。 
「来世は結婚して、子供が2人いて、犬が一匹いるの!カシスオレンジ、カンパーイ!」と咲は高らかに宣言し、カシスオレンジを飲み干した。
 「私の幸せを自分の子供や夫のステータスで、規定されてたまるか。」
咲はそう思い、4杯は飲んだ。

『そこらの並みとは比べんな』

同窓会の後、全くその時話さなかった同じゼミ生の唯一の独身男性である孝明からラインが来た

 悲しくもあった。しかし、楽しさが勝った。
 夜風が気持ちよく吹く中、上機嫌で咲は帰った。
 いつも寝る前に少し寂しくなってしまう。
 「一生私ひとりなの?」と泣きたくなる夜もある。
 しかし、夜に光る星座のように、咲にとっては生きる指標が毎年10月に開かれる同窓会が生きる指標なのだ。
 同窓会の後、全くその時話さなかった同じゼミ生の唯一の独身男性である孝明からラインが来た。
 「今日喋れなかったね」
 「うん、そうだよ~」
 「zoomでゆっくり喋れない?」と聞かれた。
 急に同窓会当日、一緒に笑っていただけの孝明から急に誘われた。
 咲の全くタイプではない、178cmと背が高く、元柔道部であった孝明はどーんとしており、咲は孝明に恋する気はしなかった。

「じゃあ明日日曜日朝10時に話そう」

 しかし、同窓会明けの寂しさをなくすには丁度良い相手だ。
 どうせ暇だった。
「じゃあ明日日曜日朝10時に話そう」と咲のzoomのコードを教えて、咲は意外と上機嫌で就寝した。

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