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2-4 遺伝子の相互作用

 ここまで見てきたのは対立遺伝子同士を比較することによる表現型の違いとその法則である。しかしながら、実際はいくつかの遺伝子が相互作用することによって表現型は決定される。さらに、物理的環境も表現型の決定に寄与する場合もある。
 この記事ではそういった相互作用を学んでいく。

エピスタシス

 ある遺伝子による表現型が、別の遺伝子の影響を受ける時、「エピスタシス(遺伝子間相互作用)が生じる」という。ラブラドール・レトリーバーの毛色を例にその現象を見ていくことにする。毛色に関する対立遺伝子は以下の通り。

  • 対立遺伝子$${A}$$(黒色色素)は$${a}$$(茶色色素)に対して優性である。

  • 対立遺伝子$${B}$$(毛の色素沈着)は$${b}$$(沈着がなく、毛が黄色)に対して優性である。

 $${AA}$$と$${Aa}$$の場合、メンデルの法則に従い毛色は黒くなる。また、$${aa}$$の場合は劣性のホモ接合体であるので毛色は茶色になる。しかし、遺伝子$${bb}$$があると対立遺伝子$${A/a}$$によらず色素が沈着しないため黄色になる。$${AaBb}$$の2匹の犬が交配した場合、子犬の表現型の割合をバネットの方形を用いて考えてみる。

 この結果から、黒:茶:黄=$${9:3:4}$$であると分かる。このように、遺伝子$${B}$$は遺伝子$${A}$$の発現より優性であり、影響を与えてることが分かる。

雑種強勢

 20世紀初期にG・H・シャルが『トウモロコシ畑の構成』と呼ばれる論文を上梓した。ここではトウモロコシをどのように交配させると生産量が上がるかについて述べていた。
 以前の記事でメンデルの法則をヒトの家系図に適用したとき、近親交配させたときに劣性対立遺伝子がホモ接合体となり遺伝的疾患を引き起こす可能性があることを紹介した。それはトウモロコシも同様であり、農家たちは経験的に同系交配はそうでない交配に比べて生産量が低くなることを知っていた。
 実際にシャルは近縁でないトウモロコシの交配を行ったところ、その生産量はなんと4倍にまで跳ね上がった。この現象は雑種強勢と呼ばれ、この論文が発表されたのち、世界中で穀物の生産量が飛躍的に向上した。

 この雑種強勢のメカニズムは解明されていないが、いくつか仮説がある。

  • 優性仮説:有害な劣性遺伝子が交雑によりヘテロ接合となり、その影響が減少する。

  • 過剰優性仮説:ヘテロ接合がホモ接合に比べて有利な効果を持つ遺伝子の存在による。これは超優性と呼ばれる。

  • 補完仮説:異なる遺伝的背景を持つ親個体の遺伝子が補完し合い、全体的な適応度が向上する。

環境の遺伝子への影響

 光や温度、栄養などの環境因子は表現型に影響を及ぼしうる。よく知られているのがシャム猫やウサギに見られる先端限定的な獣毛模様である。これらの動物は毛色が黒くなる遺伝子型をもっている。しかし黒い毛を産生する酵素に注目すると、これは35℃前後以上において不活化する。そのため体の中心部に近い体毛のほとんどは明るいが、末端にある脚、耳、鼻、尾などは温度が低いために毛が黒くなる
 実際に白いウサギの背中の一部毛を剃って、その皮膚の上に氷嚢を置くと、生え変わる毛は黒くなる。これは、予め黒い毛になる遺伝子が存在し、それが温度という環境因子によって表現型が左右されていることを示す

環境因子による影響の分類

 以下の2つが影響度の指標になる。

  • 浸透度:ある遺伝子型を持つ母集団の中で、予想される表現型を実際に示す個体の割合。家族性高コレステロール血症(FH)を例にとる。FHは特定の遺伝子変異によって引き起こされることが知られているが、その遺伝子変異を持つ個体の全員が高コレステロールを発症するわけではない。この場合、FHの浸透度は100%ではなく、変異を持つ個体の中で実際に高コレステロールを発症する割合によって決まる。

  • 表現度:遺伝子型が個体で発現される程度のこと。同じ遺伝子変異を持つマウスであっても、毛色の濃さや斑点の大きさが異なる場合があるが、これは、表現度の違いによるもの。症状の重さや病態の違いにつながるため、表現度の違いを理解することで、個々の症例に対する適切な治療や管理が可能となる。

質的と量的多様性

 メンデルの研究でエンドウの茎は長いか短いかのいずれかであった。これは大雑把に見れば不連続的な表現型の違いである。一方ヒトの身長は高低あるものの、基本的に正規分布する連続的な表現型の違いといえる。
 エンドウの茎のような場合を質的、ヒトの身長のような場合を量的多様性という。
 ヒトの身長は基本的には遺伝的であるものの、栄養などの環境要因もその表現型に影響する。現代は昔に比べて栄養状態がかなり向上しているために、アメリカでは曾祖父母世代より20cmほど身長が高いとされる。

 このような複雑な特徴をともに決定する遺伝子を量的形質遺伝子座と呼ぶ。これはかなり複雑な要因の交絡によるものであるため、機序の特定が困難である。しかしながら、農業や医療においては重要な意味を持つため探求は必要である。

 以上のように、遺伝子同士や環境因子などによりその表現型は左右される。しかしその機序の解明はまだ完全ではなく、研究の余地がある。

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