彼の最期のレース、京阪杯が、彼女にとっても最後のレースに。

 今でも鮮明に思い出す、彼、ファンタジストの勝った京王杯2歳を。友人と二人で行った、府中。二人とも彼の単勝を握りしめていた。ハナ差凌いだのが判った瞬間(とき)の興奮を、昨日のことの様に思い出す。あの時の2着が、彼女、アウィルアウェイだった。

 彼は、突然、いなくなった。遠くへ。僕もいつかは行くであろう、遠いどこかへ。
 あれは、ジャパンカップが終わった後、京都の12Rに彼が出るのをradikoで聴いていた時だった。レースが始まって、始めは彼の名前も呼ばれていたが、レース後半には、彼の名前が呼ばれなかった。そして、レースの直後、故障した馬がいることを実況が伝える。どの馬だろうと思っていると、それがファンタジストであることが伝えられた。驚いた。すぐさまTwitterを開き現地にいた人達の声を検索した。厳しいかもしれないという声も見かけた。けれども、僕は、兎に角、無事を祈っていた。何とか、命に関わらないことであってくれ、と。
 その願いは、叶わなかった。
 急性心不全で亡くなったことが、発表された。3歳という、まだ競走馬として、これからという若さで、突然、この世を去ってしまった。ショックだった。呆然としていた僕のそのままが、当時のnoteに、今も残っている。

 未だに僕は、心の中で彼のことを引き摺っている。Twitterも下のツイートが固定されたまま。

 僕の心の中に、常に、彼はいる。「推しは推せる内に推せ」とはよく言うけれど、死んでしまったら、ファンでいても、推しが何かすることは、もうない。僕は後悔はないけれど、推しもいついなくなるか分からないということは、推しがいる全ての人に人に伝えたい。その「いなくなる」ということが、死ぬという劇的なものじゃないかもしれないけれど、いついなくなるかは、分からないから、推しは推せる内に全力で推すことが、大事だと思う。

 閑話休題。ファンタジストがいなくってからの話。彼、ファンタジストがこの世を去った翌年の2月2日、アウィルアウェイが初重賞制覇をシルクロードステークスで果たした。

 その時のnoteの中で、「 アウィルアウェイが活躍する度に、彼のことを想い出すのだろう。」と書いたが、その後、彼女、アウィルアウェイが活躍する度にに、彼のことを想い出した。グランアレグリアが勝った去年のスプリンターズステークスで彼女が3着に入った時も、彼を想い出した。いつしか彼女も心のどこかで応援する様になった。
 その彼女も、先日の京阪杯で引退。彼と違って彼女は、無事にターフを去る。社台SSに繋養(けいよう)されるという。
 ファンタジストの全弟が1歳馬にいる。その子がGⅠを獲ることができれば、いつかアウィルアウェイと配合されるということも、、、

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 流石にないか。キンカメ3×3,サンデー4×4は、キツ過ぎるか。でも、種牡馬になれるぐらい彼の全弟にも、彼女にも期待している。彼の全弟と、彼女の子。配合されることはないかもしれないけれど、彼らには凄く期待をしている。いつの日か、競馬場で彼らに会える日を、楽しみにして、僕の人生を生きていこうとと思う。

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