若林と黄金のパスポート
1.ストリップクラブ
若林修(わかばやし おさむ)は、いつも通りの仕事を終え、同僚たちと共にテキサスのステーキハウスで夕食を楽しんでいた。店内には、ジューシーなステーキの香りが漂い、アメリカ特有の賑やかな雰囲気が広がっている。
「今日は俺のおごりだ!みんな、たらふく食べてくれ!」と声を上げたのは、須藤和樹(すどう かずき)だ。駐在員の中で最古参で、修の昔からの先輩である。彼の任期が終わりに近づいたため、修が後任で来たのである。
修も、ほかの同僚たちと共にステーキを堪能し、久しぶりのリラックスした時間を楽しんでいた。しかし、食事が終わりに差し掛かると、須藤が意味深な笑みを浮かべながらこう言った。
「さて、ここからが本番ですかね。業務の引継ぎです。」
修はその言葉に少し戸惑った。「引き継ぎ?」彼は心の中で反芻したが、その意味が理解できなかった。しかし、須藤はニヤリと笑いながら、全員を店の外へと誘導した。
タクシーに乗り込むと、須藤は運転手に向かって「エルパソ通りのクラブに行ってくれ」と指示した。
タクシーは夜の街を静かに進んでいき、ネオンが煌めく通りへと入っていった。修は次第に不安を感じ始めたが、他の同僚たちはどこか楽しげな雰囲気を醸し出していた。
目的地に到着すると、目の前には派手なネオン看板が煌めく、少し古びた外観の建物が現れた。「STARS STRIP CLUB」という文字が視界に飛び込んでくると、修はようやく状況を理解し、驚きを隠せなかった。
「ストリップクラブ?」修は信じられないという表情で須藤を見つめたが、須藤は悪戯っぽく笑いながら「これも引き継ぎの一環だよ」と肩を叩いてきた。
仕方なく修は、他の同僚たちと共にクラブの中に入ることにした。中は薄暗く、カラフルなライトがステージを照らし、音楽が大音量で流れている。修は思わず目を見張った。目の前には、豊満な体型の女性たちが、ステージ上で大胆に踊る光景が広がっていた。
「これがテキサスの夜か…」修は心の中でつぶやき、異国の文化に圧倒されながらも、どこか不安を感じていた。
2. クラブでの驚き
そんな中、須藤和樹が突然席を立ち、ニヤリと笑いながらこう言った。「よし、手本を見せてやるよ。」
修はその言葉に驚き、目を見開いた。「手本?」修の脳裏には、冷静で真面目な須藤の姿が浮かび、彼が一体何をしようとしているのか理解できなかった。
須藤は修の驚きをよそに、黒ぶちメガネをクイッと押し上げながらステージへと向かった。そこに待っていたのは、わがままボディーの女性ダンサーだった。彼女は最初、不満げな表情を浮かべていたが、須藤が近づくとその表情は一変し、嬉しそうな笑みを浮かべた。
「こ、和樹さん…?」修は思わず呟き、彼が何をしようとしているのか目を疑った。普段は無口で冷静な須藤が、こんな大胆な行動を取るとは思いもしなかった。
次の瞬間、須藤は2ドルを握りしめると、ステージに手をついて女性ダンサーを待った。ダンサーは、まるで獲物を見つけたかのように、須藤に向かってゆっくりと近づいていった。そして、彼女はブラを外し、須藤の目の前で股を開きながら、クネクネとセクシーなダンスを始めた。
「まるでトドが踊っているみたいだ…」修は呆然とその光景を見つめながら思った。その時、ダンサーは突然、須藤の頭を掴み、自分の胸に押し付けた。須藤は完全に女性の胸の中に埋もれてしまい、もみくちゃにされている。
「大丈夫か…?」修は心の中で焦り、須藤が窒息しないか心配になったが、やがてダンスが終わり、須藤はステージから解放された。彼は女性のパンツに2ドルを挟み、こちらに戻ってきた。
その姿を見た修は、信じられない思いで須藤を見つめた。須藤の黒ぶちメガネはひん曲がり、彼の顔にはこれまで見たことのないような満足げな笑みが浮かんでいた。
「すごかったね」と須藤は修に向かって恥ずかしそうに言った。その言葉に、修は思わず感嘆した。こんな一面を持つ須藤の姿に驚きつつも、彼の雄姿にどこか感銘を受けてしまったのだった。
3. 若林の挑戦
須藤和樹の雄姿を目の当たりにした若林修は、次は自分の番だという現実に直面していた。須藤が見せた驚きのパフォーマンスに、周囲の同僚たちは笑いながら彼を称賛している。修は彼らの視線を感じ、なんとか気を落ち着けようとするが、心臓が激しく鼓動していた。
「俺が…やるのか?」修は内心で自問したが、他に選択肢はなかった。同僚たちの期待を裏切るわけにはいかない。ステージへと向かう。
だが、修は一つの希望を抱いていた。「もしかしたらダンサーが変わって、スリムなかわい子ちゃんになるかもしれない…」そんな思いを胸に、彼は一度トイレに行くことにした。
トイレで顔を洗い、心を落ち着けた修は、ゆっくりと席に戻った。だが、戻ってきた彼を待っていたのは、新たなダンサーではあったが、相変わらずのわがままボディーの女性だった。
「結局、変わらないのか…」修は内心で嘆いたが、ここまで来たら引き返すわけにはいかない。意を決してステージに向かう。
ダンサーは修が近づくと、満面の笑みを浮かべた。彼女は大きな胸を揺らしながら、修の顔すれすれに体を近づけ、セクシーなダンスを始めた。修はどう反応すればいいのか分からず、ただ硬直したままダンサーの動きを見つめるしかなかった。
ダンサーは修の顔の前でお尻を突き出したり、胸を近づけたりしながら、体をくねらせて踊っている。だが、修はどこか寂しさを感じていた。先ほどの須藤ほどの手厚い「対応」がない。面白さで全く勝てない。
「なんだか…物足りないな…」修は思わずそんな感情が湧いてきたが、それを顔に出すことなく、冷静を装っていた。須藤が受けたようなインパクトは感じられなかったが、それでも彼はなんとかダンスの時間を乗り切った。
ダンスが終わると、修はステージから降り、席に戻った。心の中では、どっと疲れが押し寄せていたが、同僚たちの前では平然を装い続けた。
「どうだった?」須藤がニヤリとしながら尋ねてくる。
「まあ…なんとか…」と修は曖昧に答えながら、ビールを一杯飲んで喉を潤した。彼はこれで一息つけると思っていたが、須藤はまだ何かを教えたそうな様子で、修にさらに近づいてきた。
「まだ、教えることがあるんだよ」と須藤は言い、次の「レッスン」について話し始めた。
「それは、20ドルで5分間、個室で女性と過ごすんだ…」その言葉を聞いた修は、再び困惑の表情を浮かべた。まだ終わっていない。テキサスの夜は、まだまだ続きそうだった。
4. 川口の提案と予期せぬ展開
若林修が須藤和樹との「レッスン」をなんとか乗り切ったと思った矢先、同僚の川口がにこやかな笑顔で現れた。彼の隣には、華奢で美しいスレンダーな若い女性が立っていた。ブロンドの髪が艶やかに輝き、その瞳はどこか謎めいている。
「若林くん、この子と個室に行ったらどう?楽しんでおいで」と川口は促した。修はその言葉に戸惑いながらも、同僚たちの期待を裏切るわけにはいかないと、仕方なく。仕方なーく女性と共に個室へと向かった。
個室に入ると、薄暗い照明が怪しげな雰囲気を醸し出していた。女性は一言も発さずに修の前に立ち、ゆっくりとブラを外した。そして、彼の膝の上に軽やかに乗り、音楽に合わせて体をクネクネと動かし始めた。
「タッチミー」と彼女は小声で囁いたが、修はどこを触っていいのか分からず、彼女の体に入った蛇のタトゥーをずっと見ていた。目の前で女性がセクシーに踊り続けるが、彼の頭の中は混乱していた。
「これで5分経ったら終わりと言われるのか?」修は心の中で疑問を抱いたが、時が経つ感覚が掴めず、ただその場にいることしかできなかった。
「なんか臭い」、女性が付けている香水は強烈なココナッツの香りがした。やがて、女性は修の顔をじっと見つめ、何かを待っているような表情を浮かべた。
しばらくして、修はふと時計を確認した。驚くべきことに、既に10分が経過していたのだ。彼は慌てて状況を理解し、女性に「終わりです」と修が伝えると、女性はにこやかに微笑み、冷静に服を着た。彼女は修に40ドルを請求してきた。5分のつもりが倍の時間を過ごしてしまったため、予想外の出費が発生してしまった。
不安と混乱を抱えたまま修は席に戻り、全てが終わったと安堵していたが、その安堵は翌日、パスポートがないことに気づいた瞬間に崩れ去った。
「まさか…」修は急いでカバンを探し回ったが、どこにも見当たらない。昨晩の出来事が頭をよぎり、彼は冷や汗をかいた。
「犯人は一体誰なんだ…」修は疑念に駆られながら、ストリップクラブでの一夜を振り返り、失ったパスポートの行方を追い始めるのだった。クラブでの不思議な出来事が次々と頭に浮かび、彼の心は不安と疑念でいっぱいになっていった。
5. パスポートの行方
若林修は冷や汗をかきながらカバンを探し回っていた。昨晩の楽しかったはずの一夜が一転し、今や最悪の事態が現実となっていた。どこを探しても、パスポートが見当たらない。
焦燥感に駆られた修は、会社のデスクに行くと、手に汗を握りながら自分を落ち着けようとした。その時、上司である田村が修の異変に気づき、声をかけてきた。
「修、どうしたんだ?何かあったのか?」
修は一瞬ためらったが、隠しても仕方がないと判断し、パスポートがないことを正直に伝えた。「実は、パスポートが見当たらなくて…」
田村は一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに冷静な声で言った。「昨日どこかに出かけたか?もしかしたら落とした可能性もあるな。」
修は昨夜の出来事が頭をよぎり、あのストリップクラブでの一幕が原因かもしれないと感じたが、それを上司に打ち明けるわけにはいかなかった。ただ、田村の言葉が修の心にさらに重い影を落とす。
「そういえば、日本人のパスポートは闇市場で30万円ほどで取引されているって話を聞いたことがある。特にテキサスのような国境に近い場所ではな…」田村は、事態の深刻さを強調するように言った。
修の胸はさらに高鳴った。もし本当にパスポートが盗まれたのだとしたら、簡単に取り戻すことはできない。そして、田村の次の言葉が、修の不安をさらに加速させた。
「ヒューストンの領事館に行ってパスポートを再申請するにしても、第2ボーダーと呼ばれるエリアでパスポートの提示が必要だ。つまり、今のままじゃヒューストンにも行けないってことだ。」
修は瞬時に状況を理解し、頭の中であらゆる可能性を考え巡らせた。パスポートを取り戻さなければならないが、どうやって?昨夜の出来事を正直に話すべきか、それとも別の方法を模索すべきか。だが、ストリップクラブでパスポートを落としたなんて、とても上司に言えない。
修は心の中で葛藤しながら、状況をどう打開するか必死に考え始めた。時間が経つごとに、修の心は焦りと不安でいっぱいになっていった。
6. 奇跡の帰還
若林修は、頭の中で様々なプランを練りながら、昨日のストリップクラブに戻る決心を固めた。上司には「家の中をもう一度探してみます」と嘘をつき、なんとかその場を切り抜けたが、心の中では焦りが募るばかりだった。
クラブに行く前に、修は一度家に戻り、昨日着ていた服のポケットを確認することにした。もしかしたら、ポケットの奥に入っているかもしれない、という一縷の望みに賭けたのだ。
家に戻ると、修は急いで昨日の服を探し出し、ポケットの中を念入りに調べた。しかし、どのポケットにもパスポートの姿は見当たらない。肩を落とし、頭を抱えた。
その時、ふと部屋のテーブルの下に目をやると、何か赤いものが目に入った。
「えっ…?」修は目をこすり、もう一度確認した。テーブルの下には、確かに見当たらなかったはずの物が落ちていた。それは、自分のパスポートだった。
赤いカバーがテキサスの日差しを反射し、まるで黄金に輝いているように見えた。修は信じられない思いでパスポートを手に取り、何度も眺めた。
「どうしてこんなところに…?」修は自問したが、答えが出るはずもなかった。だが、その時の安堵感は計り知れなかった。パスポートを手にした修は、ストリップクラブに行く必要がなくなったことに胸を撫で下ろし、笑みが自然とこぼれた。
運命の悪戯か、それとも単なる偶然か。修はその奇跡的な出来事に感謝しつつ、これで一件落着だと、再び仕事に戻るのであった。
それ以降、ストリップクラブには行っていない。
修の駐在生活は続く。
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