第5章 恋に落ちる瞬間
2年前の春。僕は彼女と出逢った。
大学生になったから何かしたいなと、漠然とは考えていたけれど
特にやりたいことも、何か得意なこともなかった。
入学から一週間が過ぎ、家でだらだらと過ごしていた僕は、家から少し離れた図書館に行くことにした。
そういえば、僕は読書好きだったなと思いだした。
まだ一年生でお金もなかったので、その時は原付を持っておらず、歩いて図書館まで行ったことを覚えている。
長い坂を上るのは徒歩ではなかなか厳しくて、上りきって疲れた僕は、図書館の隣にあるパン屋でメロンパンを買った。
中に入ると心地よい冷房が、僕の熱くなった体を癒してくれら。
4月中旬だったが、その日は20度を超えていた。
木を基調に作られている店内はどこか懐かしさを感じさせてくれた。
その店は若い夫婦が都会から移住して作られたそうだ。そんな生活を、いつか大切な人としてみたいなと、大学一年生ながら思ってしまったのだ。
まずはやりたいことを見つけなさいと、自分で自分を叱ってみる。
メロンパンを食べ終え、隣の図書館に向かう。向かうと言っても、10秒ほどで着いてしまうのだが、その時間が後々自分のお気に入りの時間になるとは、その時の僕は知るよしもない。
館内も程よい冷房が効いており、本を読むにはちょうど良い。
中に入って窓際に行くと、そこにはミステリー関連の本が横にずらっと並べられていた。なんと夢のような場所だろう。
そうだ。僕はミステリーが好きだった。
館内は平日ということもあり、人はまばらだった。
本棚に目を向けると、お気に入りの本から、クリスティ、コナンドイルの有名どころ、今まで聞いたことのないタイトルまで、本当に幅広かった。
至福だ。
手に取ったのはお気に入りの本である、「大学が舞台のミステリー」
丁度今の自分に合っているだろう。
読み進めて30分。程よい満腹感と、読書からくる疲労が、眠気を催す。
ああ、パンは帰りに食べればよかったな
少しだけ眠ろうか
そう迷っていた時、僕の横を女性が通り過ぎた。甘い香りと長い髪が、僕の眠気を一気に吹き飛ばした。
急いで彼女に目を向ける。後ろ姿しか見ることはできず、彼女は館内を出ていった。
なんということか。
それだけで僕は恋に落ちた。4月の桜が舞い落ちるように、その恋の落ち方は綺麗で、純粋で、少しの曇りもない。ただ純粋に、その後ろ姿に恋をした。
彼女を追いかけることに思考が回らなかった。
ただその後ろ姿を覚えていたい。そう思うことに必死だった。
また会えるだろうか。会いたい。
それから僕はこの図書館、そしてある後ろ姿のとりこになったのだった。
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