【短編小説】「BAR ナイトアウル」
そこは上海の街外れ、薄暗がりの地下にある古いバーだ。
元はマフィア幹部の住処だった場所を、あまり手を入れずにそのままバーにしたと言われているが、生活感は一才無く、かと言って壁に弾痕がある訳でもない。
オールドチークをふんだんに使った薄暗い店内に、漆黒の中でカウンターは艶やかな輝きを放ち、タバコの粒子のようなものが空中に漂う。酒は、表に出ているものは多くはないが、一流のボトルがピカピカに磨かれて並ぶ。
客はなぜか老人ばかりだ。電動車椅子に乗る者までいる。しかも、国籍は多様でイスラムのターバンを巻いた者や、浅黒い肌に刺青だらけの者、そして格好はスーツにタイ、聖職服、ユダヤの正装、人民服のような身なりから、登山服を着た者、ボロボロになったジーンズ姿まで様々だ。彼らの生き方を象徴するような服装なのかもしれない。そして皆、新聞やりんご、手袋、地図などを手にし、もう片方の手をグラスにそえながら、ほとんど動かず目前の一点を見つめている。
私がどうやってこの店に来たのかは思い出せない。随分探してたどり着いたような気がする。
この場所は誰もがたどり着ける場所では無い。旅や冒険、ギャンブル、企業家、クライマー、画家、詩人、ダークサイドの罪人等、人生を賭して常人では到達出来なかった場所にいる者だけがたどり着ける場所。
私はカウンターの端の席につき、店内を一瞥してからマティーニをジンでオーダーする。
店内では最も若いチベット人のバーテンダーは、手際よく氷を入れたジンとベルモットをステアし、オリーブでは無く若桃を添えた。これまで飲んだどのマティーニよりもインパクトがあり、目の醒めるようなマティーニだった。
改めて店内を見渡す。
会話も音楽も無く、時折、パタパタという機械音や、タグボートの汽笛が遠くから微かに聞こえて来る。
時が止まったような空間に、動きを止めた老人達。
酒を飲んでいたり、誰かを待っているというのでは無い。
まるで何かが終わるのを待っているかのようだ。
そして、私も他の老人と同じく、何かが終わるのを待つ場として、ここに来たかのように思うのだ。
私はそんなバーにずっと行きたいと思っている。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?