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DAY 20. ラパス part3. 1月24日

アラシタの祭り

ラパス最終日、今日は午前0時頃ホテルをチェックアウトし、03時05分のフライトで移動しなければならないので、朝食を食べて最後の街ブラに出掛けた。
あてもなく、アップダウンの少ない、水平移動可能なムリーリョ広場に昨日に続き向かうと、街中は昨日とは一変していた。

広場のかなり手前から、露天がひしめき、人でごった返している。
まるで新年の浅草寺の仲見世のような混雑である。もっとも日本のような整然とした混雑ではなく、カオスである。パスポートと財布をしっかり保管して前に進んだ。

売っているものは、お札(紙幣)のオモチャ。ニワトリの置物。ミニカー。家のミニチュア。これらの連想ゲームからも関連性は見つからない。人々は購入して手に手に持って歩いてる。お札のオモチャに至っては首飾り状に模ったものを、幾重にも首に巻いて闊歩している。
空いているベンチに腰掛けて、改めてこの出来事を、検索してみた。「ラパス、祭り、札のオモチャ、家ミニチュア」
なんと1月24日はインカの時代から続く「アラシタの祭り」の日だという。

小さな子供達が大きな声を出して売り子を

24日から2〜3週間ラパスの通りで行われる祭りで、この祭の中心には福の神「エケコ」が祀られる。各人がこの一年間に手に入れたいもののミニチュア品をエケコに持たせ、アンデスのさまざまな祭儀に奉納したり、教会で祝福を受けたりして、その入手を祈願します。

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なるほど、家のミニチュア、ミニカー、お札のオモチャ、そういう事だったのか。ちなみに鶏は食料という事だろうか。
エケコの神は見えなかったが、それぞれの屋台で、香を炊いており香の煙を売り物にかざしてから客に渡している。

こう見ると私利のためだけの祭りのように見えるが、通りすがりの人から、「アミーゴ!」と声かけられ、自分にも裾分けを色々な人が渡してくれる。

自分がいただいたお裾分け

日本に帰ったら仏壇にでもお供えしておこうか。インカの神とブッダは繋がっていたであろうか。

日中晴れていると日差しがきつい。日焼け止めを塗り忘れたので、日焼け必至。
どの通りも「アラシタの祭り」で賑いる。ただでさえ歩きにくい街が人混みと露店で歩きにくさに一層拍車をかける。

貧困

角にスイカを買って売っている屋台があったのであまりの暑さに、思わず買った。

乳飲子を背負って、さらに小さな女の子が2人
お母さんの側で店番していた

大きな楕円形のスイカ。、その場でカップに切り分けてくれて4bs(80円)。冷たくて美味かった。

ボリビアは南米で一番貧困な国のひとつだと言われている。

詳しい数字は把握していないが、必要最低限の、「生きる」という欲求を満たすために、多くの住民が生活をしているのではないかと感じた。

気候は乾燥して、肥沃ではない土地からして、特定の作物しか収穫は難しく、水の確保が困難であり、工業の発展や誘致もままならないのではない。

自分は昭和30年生まれゆえ、戦後の混沌は体感はしていないが、きっとその頃の多くの人々は、生活基盤を整えることに精一杯で、利他とか国家のためとか考えて行動した人はごく僅かではないのかもしれない。ここボリビアも貧富の差はあれだ、圧倒的に生活水準が低く、社会保障が整っていない環境の中で、「ただ今日を生きる」ことに精一杯な気を感じた。

たった3日の滞在で何がわかるかと言われるかもしれないが、ただ直感を文字にしたまでで、確固とした根拠はない。

ちなみに、ウユニでは世界の観光地なので日本の若い方に3名だけお会いできた。ラパスでは一人もお会いしていない。韓国の人たちには時々すれ違う。若者は外に出なくなったのか。

ラパスの最後の疑問解決
得体の知れない果物。ペルーのクスコからウユニでも、ここボリビアでも同じ食べ物を一輪車に乗せて売っている光景を見る。
これは「サボテンの実」ということが判明。確かに原野に沢山のサボテンが生えてるが、その先に拳ぐらいの実が沢山ついている。甘い果物のようである。

サボテンの実

おまけ
街中に日本車を輸入して、ペイントを直さずそのまま乗っている車を時々見る。
日本製だという箔を付けるためにわざとペイントし直さないとか。

タクシーのボディ

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