陸自の人材育成について考えてみました
令和2年の春に、陸上自衛隊幹部向けの公刊雑誌『修親』に投稿した記事です。そのため、やや専門的でマニアックな話になっていますが、雰囲気だけでもわかっていただければと思い、アップしました。ご笑覧いただければ、幸いです。
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1年8ヶ月前、沖縄から北部方面混成団長として赴任した際、これがラストポストと思い、できるだけ現場に顔を出し、やれることをやりきろうとして勤務に臨んだ。図らずも、もう1ポストの職を与えられることになり、混成団長として隊員諸官に見送られて退官を迎えるという野望は潰えたが、この勤務は私にとって気づきの連続であり、至福の時間でもあった。陸上自衛隊の中にこういう機能があり、そこが各部隊を支える人材供給の多くの部分を担っており、自衛隊を全力で愛する人達がいる。現場中心に勤務してきたと自負している自分が認識していなかったことを、多くの修親読者諸氏にも知っていただきたいと思い、3回にわたり投稿記事を掲載していただいた。
その間、陸上自衛隊の人材確保、人材育成の諸問題にも直面したことから、少子化がさらに加速する時代に、何か打つ手はないかと考えてきた。もちろん、人材確保戦略は喫緊の課題であり、中央でも鋭意検討が続けられていることは承知しているが、そういう施策との整合性には拘らず、現場の親父のアイディアを綴るので、ご意見の異なる方も戯言としてお流しいただきたい。キーワードは3つ、予備自衛官制度の大幅拡充、自衛官候補生の学校化、高等工科学校のサイバースクール化である。
1 予備自衛官制度の大幅拡充
少子化の流れの中、地方協力本部では募集目標達成のための努力が続けられ、全隊員が隊員自主募集に取り組み、さらに新隊員の入隊基準が緩和され、何とか必要数に近い新隊員を確保している状況であり、関係者の努力に敬意を表したい。しかしながら、将来の人口動態から考えると、全体のパイが減っていくのは必定であり、AIの発達で失業者が激増するような事態でもなければ、必要数を確保するのはいよいよ困難になるであろう。そういう時代の中で、人材を社会と自衛隊でシェアしていく仕組みが予備自衛官制度なのだと考えている。これを大幅に拡充し、常備の不足分を大胆に予備自にシフトしていくことが、一つの解になるのではないか。即応予備自衛官、予備自衛官、予備自衛官補の順で、私見を述べる。
即応予備自衛官については、私の平成元年11月号の投稿記事にも書いたが、副業の容認、企業の社会貢献の必要性、鍛えられた人材の確保競争と、まさに時代が即応予備自衛官を受け入れ易い状況になってきたのは間違いない。私が企業経営者の方々などと話していても、関心がかなり高いのは確認済みである。しかしながら、ほとんどその存在は知られていない。また部隊側としても、マッチングの問題もあろうが、任期制の退職隊員の即自志願率は極めて低調である。まずは、ここをしっかりやって、コア連隊の充足率を100%に持っていくのが第一である。制度の社会への認知が進み、風が吹き始めれば、加速度的に即自の雇用を拡大できると希望的観測を持っている。次のステップは、コア部隊の拡大である。招集訓練への参加を容易にするために、師旅団に1個コア連隊(大隊規模でもよい)、各県、北方を考えると1個普通科連隊の地域に1個中隊を基準とする体制が望ましい。西方のコア連隊は現在もその形を維持している。弾薬大隊と補給大隊がコア部隊として新編されたが、平時の業務はそれほど多くはないが、特殊技能を演練する必要がある組織はコア部隊として編成するのも適当であろう。優秀な幹部や陸曹でも、家庭の事情などで早期退職する例が多いと聞いているが、組織として大きな損失である。若くして辞めた場合、退職金もあまりもらえないが、即自もしくは予備自になる場合は、退職金を大幅に割り増す制度があっても良いのではないだろうか。
次に予備自であるが、全員をどこの部隊のどのような補職になるのかを明確にし、その部隊単位で招集訓練を行うのが良いと考える。現時点で、充足率が充分ではない部隊は多いのだから、退職した部隊、もしくはかつて所属した部隊の欠員補充に指定し、その部隊で実施される訓練の一部に参加することにすれば、所属意識も高く、そもそも特別な訓練などしなくても、数年間は即戦力として使えるであろう。さらに、予備自になった者への退職金の割り増しや若年定年退職者給付金の加重配分を行うようにすれば、予備自志願率は劇的に上昇すると思われる。
予備自衛官補は制度として十分活用できている段階まで来ていない。技能と一般に分かれるが、予備自衛官補(技能)は5日訓練を2度受けると公募予備自となるが、折角やる気を持って訓練を修了しても、その後の活躍の場がほとんどなく、自分達は何のために予備自になったのかと残念な気持ちを持っている人が多い。専門的な技術を持っている公募予備自は、その技術が生きる職域に補職予定ポストを定めて、予備自招集訓練の半分はそちらで研修しておけば、災害派遣などにおいても即戦力として活用することができるだろう。
他方、予備自衛官補(一般)は、まず3年間で5日間10回の招集教育訓練をやり遂げるのが容易ではない。現場で様々な工夫をしているが、大学生かフリーターの様に、時間的な自由がある人を主対象とせざるを得ない。もっと柔軟な訓練参加形態を検討する必要がある。一部の大学では予備自補の訓練を単位認定し、訓練参加日を公休としてくれるところも出てきているが、さらなる大学や職場への訓練参加促進のアプローチが必要であろう。訓練が修了したならば一般公募予備自となるが、新隊員前期を終わったのと同等の能力を有しているだけの彼等を、どの様に運用するかはまた難しい。彼等には自衛隊と一般社会の架け橋としての役割が期待されるので、そういうポストへの予定補職というのも一案であろう。
いずれにしても、予備自全般の処遇を上げていくことが、組織を拡充していくための肝となる。常備の不足分を、数倍の予備自で補うとするならば、十分にペイできるのではないだろうか。
2 自衛官候補生の学校化
なんじゃそれは?と思われるかもしれないが、これは発想の転換として、今すぐ取り組めるアイディアである。
我々は隊員募集の際に、将来が保証されている一般陸曹候補生が有利であり、それに受からなかった人が自衛官候補生として入隊するものだと思っていないか。私もそう考えていた。ある時、新隊員教育を視察された高校の進路担当の先生が、自衛隊を生涯の仕事とせず、数年自衛隊で学んで社会に出るという任期制の制度は、将来を決めきれない高校生の進路として魅力的だと述べられた。これは目から鱗のお話だった。私自身、今まで就職援護のための雇用協力企業への説明会などで、自衛隊に2年いた隊員は短大を出た以上、4年いた隊員は大学を出た以上に鍛えているので、安心して雇用して欲しいとお伝えしていた。実際に新隊員教育に携わり、前期教育の3カ月で劇的に成長を遂げる若者たちを見ていて、今の日本の中でも優れた教育機関であるとの自信も深めていた。そのように考えると、高い学費を支払って大学に行っているのにあまり勉強もしない学生生活と、自衛隊に入り給料を得ながら社会で役に立つ能力を身につけられるのと、どちらが良いかという選択肢を正面切ってぶつけていってもいいのではないだろうか。
そうやって入隊した隊員が試験をクリアして陸曹になっていけばありがたいし、任期満了の際に就職援護のサポートをしっかり受けて、自衛隊で学んだことに感謝して次の道に進んでくれるのも素晴らしい。以前に比べれば大型免許取得という誘い文句は使いづらくなったが、自衛隊援護協会がサポートする通信教育では幅広い資格取得が可能で、任期満了金などを資金としてスモールビジネスを立ち上げることも不可能ではない。そして、彼らが即自や予備自として我々の仲間であり続ければ、重要な戦力の財源となるのである。即自・予備自になる場合は任期満了金を増額するなど、それを推奨する施策が必要になることは既に述べた通りである。
3 高等工科学校のサイバースクール化
これは私が正面から携わっていた分野ではないので、知りもせずに何言ってんだとお叱りを受けそうだが、ジャストアイディアとしてお読みいただきたい。
高等工科学校を卒業すると、各陸曹教育隊で3カ月の生徒陸曹候補生課程に入校して、すぐに陸曹になっていくためのノウハウを叩き込まれることになる。他の陸曹候補生と比べても体力はみな優れているが、既に故障個所を持っている者がいるのが気になった。私の訓話で半数近くが睡眠学習していたのには、自分の話力の不足を反省しつつ、自分の防大時代を思い出して苦笑いしたものだ。但し、彼らは第一線の戦闘職種の陸曹になるのではなく、技術陸曹としての活躍が期待されていることを考えると、多少の違和感を抱いていた。
今、領域横断作戦を遂行する能力が求められてくる陸上自衛隊において、高等工科学校卒業生にそれを担う高度な能力を期待する面は大きいであろう。特に、サイバーの領域においては、各国がしのぎを削る中、自衛隊のみならず日本社会全体での対応が急務であり、人材の育成が追い付いていないのが現状である。高等工科学校においても、それに対応する取り組みは進んでいると聞いているが、その分野にあまり興味がなかった者に教えても、簡単に身につくものではない。
小さいころからプログラムを作っていたようなオタク系の少年を引き込むためには、少年工科学校時代から継承されてきた良き伝統を曲げることになっても、大胆な改革をするしかない。高スペックのパソコンが全員に貸与され、ネットにつなぎ放題、運動部に入らずともプログラム部やロボコン部、Eスポーツ部で競わせ、規則も許容できる範囲で緩めてしまう、もちろん学費は無料で手当てまでもらえるのだから、3年もすれば口コミで相当に能力の高い、でもちょっと変わった少年たちが集まってくるだろう。それだけの人材が集まれば、彼らは相互作用を起こし、優秀なサイバー戦士として自己進化を遂げていくはずである。卒業した後は自衛隊を去っていく者もかなり出るだろうが、そこで育った人材がネットワークを作り、日本のサイバー戦を各所で支える要になっていくとすれば、必要な投資だと考える。
4 終わりに
好き勝手なことを書かせていただいたが、自衛隊、その中でも陸上自衛隊は大きな岐路に立っていると感じている。今までの延長戦では解決できない問題に取り組んでいくには、「何のために」という原点に常に立ち返り、大胆に意識改革していくしかないのではないだろうか。親父の戯言の中に、少しでもヒントがあれば幸いである。