「モチベーション3.0」を読んで
10年ほど前に出版され、当時読んだものだったが、今回再読してみた。
モチベーションに関わる人間の本質を、科学的な観点も加えながら解説をしてくれている。10年経っても新鮮さを感じる1冊である。
本著の内容を簡単に言えば、「アメとムチ、信賞必罰」をベースにしたモチベーション2.0による外的動機付けは、産業革命時代の仕事をベースにした古いもの。現在は、仕事に対する楽しみや興味、熟達したいという人間が持つ本能的なモチベーション3.0を基軸にした、内的動機付けが重要である、ということ。
「10年経っても新鮮さを感じる」ということは、少なくとも私の身の回りにある企業や組織はいまだにモチベーション2.0を軸にした制度やマネジメントから脱却し切れていない、とも捉えられる。
自らの状況にブレイクダウンしてみると、確かに本業の方ではまだまだモチベーション2.0をベースにした仕事(周囲からの評価を下げたくない、先輩や上司から怒られたくない・・・)といったモチベーションが蔓延している感覚がある。
一方で、副業の方は、「地域のために、自分がこうしたい!」といった強いWillをベースに仕事ができていると感じている。
10年前は、いち人事担当者としてこの本を読んでいたが、今は自分が管理者の一歩手前という状況。少なくとも自分の組織に対して、モチベーション2.0からの脱却を図らねばならないと感じた。
以下読書メモである。
はじめに
• 猿を使った実験では、特に生理的欲求などが満たされないにも関わらず、仕掛けを楽しく解いている姿が発見された。餌といった外的な動機付けがなくとも、自ら学習して効率的な成果が継続する、報酬がなくとも課題に取り組むこと自体が内発的報酬になる。
• さらに、餌を報酬として与えると、かえって仕掛けを解く時間がかかり、ミスをするようになった。
• 人間を使った実験でも、報酬を与えられるグループは一見頑張って課題を解こうと試みるが、報酬がなくなった瞬間、そのモチベーションは一気に下がる。
第1部
第1章
• マイクロソフトの百科事典(MSNエンカルタ)VS Wikipedia。報酬がもらえないWikipediaが圧勝したのはなぜか。
• モチベーション1.0は生物の生存本能に起因するモチベーション。モチベーション2.0は人間社会が形成されるにつれて生まれたアメとムチに起因するモチベーション。ただしこの2.0も所詮は人間を動物と同じレベルのものとみなして「人参を鼻先にぶら下げる」といった取り組みに過ぎない。
• 現行のOS(モチベーション2.0)は以下項目間の互換性が極めて低く、対立する。
①人間の行動目的をどう設定するか
ウィキペディアやリナックスが一つの例で、ボランティア(オープンソース)で作られた仕組み。外発ではなく、内発的動機付けに頼ったもの。こうしたものはモチベーション2.0の考え方と矛盾する。
モチベーション2.0の考え方に根差した企業は利益の最大化を目指すが、この考え方に根差した企業は「社会的意義の最大化」を目指す。
②人間の行動についてどのように考えるか
「経済学とは、金銭に関する学問ではなく、行動に関する学問」。計算機のような合理的な人間は現実には存在せず、人間は不合理な行動をする生き物である。
内発的動機付けは、あらゆる経済活動にとって大いに重要である。人間が唯一外発的なインセンティブによって動機付けられるなどとは想定しにくい。
③行動にどのように取り組むか
20世紀の仕事の大きくはアルゴリズム的な仕事(決められたことを指示通りにする仕事、本質的に「仕事は楽しくない」ものと見なされていた)だった。
だが現在は、ルーチンワークは消えつつあり、海外やコンピュータにアウトソースできないヒューリスティックな仕事の割合が増えている。ヒューリスティックな仕事を楽しいと感じる人間は多い。
外的動機付けの典型である、報酬と罰の仕掛けはアルゴリズムな仕事に効果があるがこれからは内的動機付けが重要。ヒューリスティックな仕事に外的動機付けを絡めると、逆にモチベーションや成果に悪影響を及ぼす。
第2章 アメとムチが(たいてい)うまくいかない7つの理由
• アメとムチの考え方は、「行為に報酬を与えればそこからさらに多くの行為を得られ、行為を罰すれば、その行為は少なくなる」という合理性に基づいたもの。
• もちろん、基本的な報酬ライン(食うために生きている、レベル)を超えていることが前提であるものの、このラインを超えて満たされると、アメとムチは正反対の効果を生み出す場合が多い。
• 報酬というものは行動に対して奇妙な効果を及ぼす。実は興味深い仕事も、報酬が介在することによって、決まり切った退屈な仕事に変えてしまうことがある。
例:絵を描くと賞という報酬がもらえると分かっている子供のグループは、絵を描く意欲が減ってしまう。一方で、知らないグループは絵を描く意欲は全く変わらず高いまま。
• 交換条件付きの報酬は、自律性(オートノミー)を失わせ、活動への喜びを減退させる。
• また、外的動機付けのひとつである報酬が上がるほど、成果が下がる、という実験結果も出ている。芸術家は創作活動の際、報酬によって、自分のためにではなく他人のためにシゴトをしているという意識になり、純粋な喜びを感じなくなりがちである。
• ビジネスの世界においても、アメとムチは悪しき行為を助長し、依存を生み出し、長期的視点をないがしろにする短絡的思考を促すおそれがある。
• 目標設定において、他人から課された目標はときに危険な副作用を持つ一方で、自ら設定してマスタリーを達成しようと打ち込む目標は、健全である。
• 罰金もふさわしくない行動への抑止力があるかというと、そうではない。もともと存在していた道徳的な義務感(内発的動機付け)を奪い、「罰金を払えばいいんでしょ」という気持ちを助長することで、かえってふさわしくない行動を増やしかねない。
• また、一度交換条件付きの報酬を与えてしまうと、報酬に対する依存性が高まり、同じ報酬を払い続けないと人間はそのふさわしい行動をやらなくなってしまう。
• ただし、アメとムチが効果を発揮するケースも存在する。それは右脳的な課題を左脳的なルーチン課題へと変えられた場面。この場面ではアメとムチの効果は高まる。激しい情熱や深い思考を必要としない作業では外的動機付けが効果を発揮する。
• 以下3点がそろっていると、クリエイティブな仕事において、内発的動機付けを上げられる。
①基本的な報酬ラインを十分に保証すること、公正公平であること。
②自律やマスタリーを追求する機会が十分に与えられていること。
③日々のシゴトが組織の大きな目的に関連していること。
この場合、報酬は事前に提示するのではなく、後から「予期せぬもの」として支給する方がよい。
• ただし、注意すべきは、予期せぬ報酬も何度も繰り返すと条件付きの報酬になってしまうこと。ときに、金銭ではなく賞賛やポジティブなフィードバックにすると良い。
第3章 タイプIとタイプX
• 仕事に興味を抱くことは、「遊びや休息と同じくらい自然」である。クリエイティビティや創意工夫の才は、すべての人に広く備わっており、適切な条件のもとなら、誰もが責任を感じ、責任を求めさえする。
• タイプXはモチベーション2.0をベースとしており、外部からの欲求によってエネルギーを得るため、自然と生じる満足感ではなく外的な報酬と結びつく。
一方タイプIは、モチベーション3.0をベースとし、内部からの欲求がエネルギー源。活動そのものから生じる満足感と結びつく。
• 自分自身を振り返った時に、自分の活力の源となるのは、内部からのもの?外部からのもの?
• タイプIの特徴は生まれながらではなく、状況や経験、背景から後天的に作られるもの。
第2部 モチベーション3.0の3つの要素
第4章 自律性(オートノミー)
• マネジメントは従業員を監視することではない。従業員が最高の仕事をできる状況を作り出すこと。創造性を発揮するには、自由は不可欠な要素である。
• 会社が基本的な報酬ラインを満たしていれば、金銭は業績やモチベーションにそれほど影響を与えない。自分の好きなように仕事をする自由の方が、昇給よりも価値がある。
• 管理志向の高いマネージャーの下では、部下の成果は相対的に低くなる傾向があり、自律性が持てるように部下を支援することが重要。
• 21世紀は優れたマネジメントは求められていない、マネジメントではなく子供の頃にはあった人間の先天的な能力、「自己決定」の復活が必要。
• キャノン・ブルックスのフェデックスデー(24時間、業務とは無関係の「解決したい課題」に自由に取り組む日)制度によって、多くのビジネスが生まれた。
• 十分な給与を与えなければ人は離れていくが、金銭は人に意欲を与える要因ではない。お金より重要なのは、クリエイティブな人を引きつける仕組み。
<どのような側面における自律性が重要か?(4つのT)>
①課題(Task)
• キャノン・ブルックスは、フェデックスデーによる課題提供だけでなく、課題解決まで自律的にさせる仕組みとして、勤務時間の20%を自分のやりたいプロジェクトに充てて良いとした。
②時間(Time)
• 時間制限がかかると、人の幸福度は大きく下がる。弁護士のように時間給でクライアントに費用請求する仕事では、仕事のアウトプットではなく、インプット(かけた時間)で物事を考えるようになり、内発的動機付けを低下させる。
③手法(Technique)
• コールセンター業務は極めて自律度の低い仕事とされていたが、それらを排除し、自由に「顧客の役に立つように」仕事をするというミッションのみを課されたコールセンターは、離職率が低く、CSにも優れた会社と評価された。
④チーム(Team)
• 一般的には、業務におけるチームを自己選択することはできない(家族を選べないのと同じ)。
• 社内の人材の中で自由に自分たちで声を掛け合い、小グループを作って自由に活動する取り組みが効果を出す。自発的に編成されたチームが徐々に組織を変える。
• また、本業務におけるTeamにどうしても迷惑をかけたくないため、自由活動を制限せざるを得ないという心理も発生する。そのため、4つのTの中で最も自律が進まないのがTeamである。
第5章 マスタリー
• 複雑な問題の解決には、探究心と新たな解決策を試そうとする積極的な意志が必要。
モチベーション3.0は積極的関与を求めるため、マスタリー(熟達)を可能にする。
• 仕事に対する自発的な関心、関与をしない従業員がいることで、生産性は大きく下がる。
• 遊んでいる時の目標は、自己充足。活動そのものが報酬となる。
• 最も充足率の高い状態は、フロー状態。課題は簡単すぎず、難しすぎない、現在の能力よりも一、二段高く、努力しなければとても到達できないレベルのことをほぼ無意識のうちにやっている時。これが心身を成長させる。
• モチベーション2.0の概念では、フローのような異質の概念を受け容れる余地がほとんどない。
• 知的挑戦への欲求、つまり新たなことや興味を惹かれることをマスターしたいという衝動が、生産性向上を予測する上でも最も的確な判断材料だと分かった。
• 従業員のMustとCanがマッチしないと、職場で欲求不満が起こりやすい。一致させることがフローの本質。
• 例えば清掃員のように、一見フロー状態を作るのが難しい職業であっても、最小限の仕事に+アルファ(看護師の仕事が円滑に進むように手を貸すなど)を加えることで、フローを作りやすくなった。
<マスタリーの3つの法則>
• マスタリーはまず、マインドセットの問題である。モチベーション3.0における人間は、達成目標よりも学習目標を重んじ、人生にとって大切と思われる能力を向上させるためには努力をいとわない。
• マスタリーは苦痛である。陸軍士官学校をパスできるかは、知力や体力の問題ではなく、シンプルに根性が問題であり、辛い中でも努力を継続できるかどうかがマスタリーの本質。
• マスタリーは斬近線である。マスタリーの完全な実現は不可能であり、常に達成できないものに対して努力し続けること。どうしても得られないものだからこそ、達人にとっては魅力的なのである。
• 日頃、フローを感じることを、無理やりやらなくなると、精神疾患に近い症状が出て来る。これはフローは魂にとっての酸素にあたる。
• マスタリーのためのフローを最も行なっているのは、幼い子供であり、大人も子供のように熱中して行動すべきである。
第6章 目的
• モチベーション3.0にとって大切な自律性とマスタリーに加えて、目的も大切である。
• 利益を得たいという動機は影響力はあるものの、個人にとっても組織にとっても十分な機動力とはなり得ない。モチベーション2.0では利益の最大化を中心にしていたが、モチベーション3.0では、「目的の最大化」を同じくらい重要視する。
<新しいドライブの特徴>
• 目標:従来の企業は利益追求が中心だったことに対して、新しいタイプの組織は、目的や社会的、個人的意義を求める。利益を触媒として、目的の達成を目指す企業である。
• 言葉:法的な文書ではなく、行動規範、そのコンセプトを利益の最大化ではなく目的の最大化に行動の焦点を置くようにした。目的志向の言葉。
• 指針:時に、不十分な規範を人々に与えると、「これさえ守れば万事OK」という別の基準を与えることになる。起訴されたり、罰金を科されないようにする、という外発的な動機づけになってしまう。
目的の最大化のためには、自律の力を用いるアプローチの方が良い。例えば、企業が寄付する慈善事業先を従業員に自ら選択させることで、従業員の幸福度が高まるなど。
• 利益志向型の人間は、たとえ金持ちになる目標を達成したとしても、幸福度が低くなる傾向がある。一方で、目的志向型の人間は、相対的に将来の幸福度が高い。
• 満足感を得るためには、目標をただ設定するだけでなく、正しい目標設定が必要。これは個人だけでなく、組織にも当てはまる。
• 高い成果を上げる秘訣は、人の生理的欲求や信賞必罰による動機づけではなく、第三の動機付け。自らの人生を管理したい、自分の能力を広げて伸ばしたい、目的を持って人生を送りたい、という人間に深く根差した欲求が必要である。
第3部 タイプIのツールキット
1.個人用ツールキット
• 様々な問題に注意を向けることで仕事は入り乱れてしまう。自分の人生の目的について考える時は、まず大きな質問から始める。
「自分を一言で表す文章は?」(例:連邦を守り、奴隷を解放したbyリンカーン)
• その次に小さな問いを向ける。一日の終わりに「昨日よりも今日は進歩したか?」。
• サバティカルを取る。長期休暇の間に自分探しの年を過ごす。
• 自らの勤務評定として、学習目標と達成目標を交えて目標設定する。そして毎月自ら評価を下す。
• マスタリーを目指すために、
・とにかく反復
・批判的なフィードバックを絶えず求める
・改善すべき点に厳しく焦点を合わせる
・訓練の過程の精神的・肉体的疲労を覚悟する
2.組織用ツールキット
• 補助輪付きの20%ルールとして、期間限定や10%からなど、スモールスタートとして始めてみる。
• 同僚から思いがけない報酬を得られる仕組みを作り、ズバ抜けた成果をあげた社員を同僚が評価する。
• 以下の観点から、組織の自律性をチェックする。(1〜10)
・課題に対して、どれくらいの自律が認められているか(責務・日常業務)
・時間に対して、どれくらいの自律が認められているか(出社・退社)
・チームに対して、どれくらいの自律が認められているか(メンバーを選べるか)
・仕事の手法に対して、どれくらいの自律が認められているか(仕事の進め方)
→合計が27ポイント以上であれば、それほど悪くない。これを使って、何が組織の弱点かを知る。
• コントロールしたい衝動を抑える管理者に対しては、以下3点が大事。
・目標設定を一緒に行う(他人から与えられた目標はモチベーションが上がらない)
・支配的な言葉を用いない(「しなさい」「すべき」は×、「してほしい」が○)
・時間を確保する
• この組織の目的は何か?を一人一人が考え、それを共有する。一人一人の目的が異なっている場合は、チームの前提から崩れている。
• チームづくりにおいては、多様なメンバー、競争ではなく共同・協力、業務を移管、報酬ではなく目的で動機づけ、を意識する。
3.報酬の禅的技法 タイプI式の報酬
• 公平さを重んじること。それは、対外的にも対内的にも公正さが必要。公平さがなくなると、モチベーションを“失わせる“事態となる。
• また、対外的に平均的な給与よりも少し高めに設定することで、モチベーションは全体的に上がる。
• 多面的で複雑な評価指標を用いる。目標達成だけを評価していると、不正に走る者が出てくる。
以上