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『東京中野ドタバタ日記』      第一章 上京 3 

第一章 上京 3   

「たけし、頑張ってこいよ。都会のあかに染まったらあかんぞ。」「大丈夫やっておじいちゃん、俺まじめなんやで。2年したら帰ってくるし夏休みとかにも帰ってくるわ。親戚のおいさんらも横浜におるしなんかあったら連絡できるさか。」おじいちゃんは、頑固一徹の明治男。横わけした白髪頭で着物姿。昔から悪い右足をいつものごとく木の棒でトントンとたたきながら僕にそう言った。「こう見えてもおじいちゃんさみしいんやよ。初孫が東京へいくさか。たけちゃん気を付けて行っておいでよ。」とおばあちゃん。お父ちゃんは黙って何も言わない。「さあ、いこか。」とお母ちゃん。昭和57年3月末僕とお母ちゃんは、夜行列車に乗り東京へ向かった。お母ちゃんは、何もわからない僕のために5日間だけ僕についてきてくれ、家財道具や役所への手続等手伝ってくれることになっている。「ほんじゃ、行ってくるわ、頑張るからな。」と家族の見送りの中ボストンバックを手にし、僕らは歩いて勝浦駅に向かった。荷物はすでにアパートに送っている。駅にはすでに東京行きの夜行列車が停まっており、僕らは乗り込んだ。3段式の寝台車。お母ちゃんは一番下。僕は真ん中。一番上は空いていた。しはらくして列車は動き出した。通路の椅子に腰かけ窓の外を見つめていた。しはらくは、お別れか。流れる暗闇に所々家々の明かりが見えた。ちょうと家族団欒の時間だ。お母ちゃんは、疲れているらしくもう寝ているみたいだ。僕は、しばらくそうして時間を過ごし、そして自分の寝台席へと階段を上った。天井を向いて眼を閉じる。これからの期待と不安で複雑な気分になる。「けんたんは、名古屋か。なべっちや、いさお君は、大阪か。ほとんどの奴らが大阪とか関西やもんな。あいつらが嫌いな訳やない。でも恰好つけてる訳ないけど、あいつらとは、違うとこへ行きたいと思ったんや。俺は東京なんやな。あいつらとは違うんや。あっこれが、恰好つけか。」僕はクスッと笑った。寝台車の揺れは慣れれば大丈夫なんだろうけど、僕には眠ろうとしている疲れた男を揺り起こしているようなものに思えた。静寂の中時々聞こえる誰かの咳の音。僕は朝まで眠れず、ずっと今までのことを思い出していた。「これからは、全部ひとりでやっていかんとあかんねんなあ。料理もできんし。クラブの先輩とかは、なんとかなるっていうてたけど。ほんまかいな。まあ、やるしかないよな。」こう考えてみると、一人の若者が故郷捨てて上京するドラマのような恰好ええシーンを想像してたけど、なんと情けない田舎者の上京シーンだったのである。まあ、そんなこんなで、時間が過ぎていき僕は一睡もできず、列車の外がうっすらと明るくなってきた時にそっと階段を下り通路の椅子に腰かけ出発した時のように外を眺めていた。景色は薄明かりの中で、確かに田舎とは違う都会の景色に変わりつつあり、しばらくしてお母ちゃんも起きてきた。
「あんた、ずっとここにおったんかん。寝てないんかん。」「いや、ずっとやないよ。さっき上からおりてきたんや。もうすぐ着くさか顔洗ろてくるわ」そう言って僕は洗面所へ向かった。しばらくして車内に、もうすぐ終点の東京に着くとアナウンスが流れた。僕ら親子は黙って通路の椅子に腰かけ外を見つめ到着を待った。列車は、東京駅のホームにゆっくりと入っていき僕たちは、3月末といえどまだ肌寒い東京駅のホームに降り立った。さあ、これから東京生活の始まりである。                    


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吉村 剛
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