見出し画像

『東京中野ドタバタ日記』      第四章 就職9

第四章 就職9

23歳から25歳まで帝都無線高砂店で働いた僕は、彼女と別れたころ、ちょうど移動の話があった。川崎の駅前に新しくショッピングビルが建ち、その中に新しく出店するのでそのメンバーになってほしいとのことだった。僕はそのメンバーを聞き少し考え込んだ。こいつらとは、一生仕事を一緒にしたくないと思っていた奴らばかりだった。店長からして陰気くさく自分の部下を自分の家来みたいに扱うと評判の奴だった。実際何回か以前に会ったことがあったが、こいつは噂通りだと思った。出店準備の初日に本社で顔を合わしたが、僕は「ダメだ。耐えられん。俺はこいつらと仕事できへん」とすぐに思った。もちろん社会人だから、がまんせなあかん事は分かっている。しかし、どうしてもこいつらは、がまんできない。空気が違うのだ。淀んでいる。お前の方がおかしいぞと言われるだろう。しかし僕は受け入れることができなかった。次の日僕は「すいません。申し訳ないのですが、僕は川崎店のメンバーにはなれません。すいませんが、退職させていただきます。」と辞表を出した。本社の課長はあっけにとられていたが、決意は変わらない旨話し辞表を受け取ってもらった。僕はそのまま、新宿駅に向かい中野で降りて中野公会堂の横の公園のベンチに腰かけた。「あほやなぁ、俺。明日からどうして食うてこかな。」と思ったが、そのあとは何も考えず、ベンチに寝そべって、雲の動きを眺めていた。そのまましばらく寝てしまったらしい。あたりの賑やかさに、目が覚めた。ちょうどお昼時だった。「腹減ったな。」僕は、歩いて坂本荘の近くの定食屋池田屋に向かった。「へい、いらつしゃい、。おっ、吉村君めずらしいね。今日は休みかい。」店内はお昼時で結構いっぱいだった。僕はカウンターの隅のマスターの前に座った。「池田さん、俺仕事辞めました。チキンカツ定食とビールください。」「えっ、やめたって。まあ、あとでゆっくり聞くよ。チキンカツひとつとビールね。」とマスターは奥の奥さんに伝えた。しばらくしてビールが運ばれ、そして僕の大好物のチキンカツ定食が運ばれてきた。「池田さん、やっぱりうまいです。」「当り前よ。そんじょそこらのチキンカツじゃないよ。心こもってるんよ。」見た目は普通のチキンカツなのだが、使っているスパイスや揚げ方は長年苦労した池田さんが手にしたものだ。前に昔の苦労話を聞いたことがある。かなり苦労されていた。僕はゆっくり味わった。そのうち店の客も少なくなりカウンターの中を奥さんに任せ、池田さんは僕の横に座った。「吉村君、とじうしたの。仕事辞めたって。」僕はすべて隠さず話した。「うーん。吉村君、気持ち分からないでもないが、君が変わらなければ何も変わらないよ。言っていること分かるよな。」池田さんも昔はいろんな仕事を転々としたとのことだ。しかしいつか環境じゃない。自分が強くならねばならない、と気づいたとのことだ。つまり、環境のせいじゃなく自分の心の弱さに負けているということだ。池田さんは、時々僕にもそう言っていた。僕も頭では分かっていたつもりだが、いざ本当にそういう事態になると人間は愚かなもので、忘れてしまい自分に負けてしまうものだ。「これからどうするんだ。勘当もされているんだろ。」「はい、とにかく一生懸命仕事探します。食っていかなければいけないんで。」「そうか、とにかく、頑張れよ。あっ、今日の支払いはいいよ。無職の奴から金取れないからな。仕事見つかったら払ってくれ。出世払いだ。」「えっ、すいません。ありがとうございます。」僕はその足で、中野駅まで行き就職情報を買いアパートに戻った。そして仕事を探した。ひとつの会社に目が留まった。神田にある歯科用品の会社の経理担当だった。僕は電話をし、翌日に面接を受けることとなった。その夜、高砂店の店長から電話があった。「吉村君、やめたんだって。残念だなぁ。」僕は理由を正直に話した。「そうか、俺が川崎店に推薦しなかったらやめなくてもよかったかもしれないよな。すまないなぁ」「そんなことないですよ。理由は今話したことですから。僕のわがままですし。」「そうか、他の会社いっても、たまには飲もうな。また、電話するよ。」「ありがとうございます。ぜひまた、飲みましょう。」そう言って僕は電話を切った。店長とはその後何度か一緒に飲む機会があった。今も感謝している。翌日、僕はスーツを着て面接を受けた。その翌日電話があり採用が決まり僕はその会社で働くようになった。神田では老舗の歯科用品の会社で3階建の古ぼけたビルの会社で、後で知ったのだが部長と副社長がその会社が、つぶれないように大手取引先の会社から派遣されているという会社だった。何かありそうな僕の新しい仕事での生活が始まった。    

いいなと思ったら応援しよう!

吉村 剛
よろしければ、応援ありがとうございます。いただいたチップは、活動費として使わせて頂きます。