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『東京中野ドタバタ日記』      第三章 再会5

 第三章 再会5


僕が上京し1年目と2年目には多くの再会と出会いがあった。これから書く出会いもそのひとつだ。.僕は普段は、自炊してたが、週に何回かは、坂本荘の近くの池田屋という定食屋に良く行っていた。どのメニューもうまいのだが、チキンカツ定食が僕は大好きで良く食べていた。そこで、良く1人のやせた青白い顔した青年と出くわした。彼はいつも生姜焼き定食を大盛りごはんといっしょに食べていた。ある日、結構混んでいて彼と相席になった。池田屋の旦那さんは、「赤堀君すまないね。彼と相席してくれるかな。」「あっ、いいすよ」と赤堀という青年は、ぼそぼそといった。彼が先に食べ終え店を後にした時、少し店が落ち着いた旦那さんに僕は聞いた。「ねえ、旦那さん、彼、赤堀っていうんすか。」「ああ、彼ね。赤堀俊彦くんね。彼ね、ああ見えても元プロボクサーなんだよ。ひざを壊してボクサーを断念したんだって言ってたよ。たしか吉村君のアパートの少し先の高木荘に住んでるよ。」「今度ゆっくり話すればどうかな。」「そうすね」僕は、彼が気になっていた。あの青白い顔の青年が。ある時、銭湯で彼といっしょになり「どうも。吉村いいます。」「あっ、いつも池田屋で会いますね。赤堀です。この近くですか」「そこの角の坂本荘ですよ。良かったらこの後少し飲みませんか。良かったら僕の部屋で」「ああ、いいですよ」こうして僕らは、僕の部屋で彼と酒を交わすこととなった。「突然すいませんね。ビールとウイスキーしかないですが、飲みましょう。」「すいませんね。」僕らは、缶ビールをごくごくと飲んだ。「僕は、元ボクサーだったんすよ。」突然、赤堀君が話し出した。「あっ、すいません、突然こんな話して。」「あっ、ええすよ。僕も聞きたいと思ってたんすよ。どんな人か知りたいし。」彼は、なんか訴えたい、吐き出したいという顔をしている。「静岡の出身なんです。いじめられっ子だったんすよ。中学から地元のジムに通いだし、自分で言うのもなんですが素質があったんで、中学卒業してバイトしながらジムに通い17でプロ試験受けて合格したんです。その頃はすべて順調で、プロになってからも順調だったんです。でもひざを痛めてしまったんです。手術しましたが、医者からもうボクシングはできないと言われました。泣きましたよ。でも断念しました。身も心もボロボロです。そして横浜へ出ました。バイトやってもいつもイライラしてるので長続きしません。よけい落ち込み、どん底です。そして這うようにここ中野へやってきたんです。ある日ふと池田屋へ入ったんです。そしたら、旦那さんが、「兄さん不景気な顔してるね。俺で良かったら話聞くよ」って。ビール出してくれて。今話している事全部聞いてくれたんですよ。そしてアパートも探してくれて。それで旦那さんの知り合いのレストランに明日面接行くんです。ほんと亡くなったおやじくらいの年ですが、オヤジみたいです。すいませんね。こんな湿っぽい話で。」そこまで話して、赤堀君はビールをごくごくと飲み干した。僕もカラだった。「池田屋の旦那さん、困った奴見たらほっとけんって感じのおやじやしね。ところで赤堀さんいくつすか。」「僕は、18になったばかりです。」「僕より、ひとつ下か。これからは、赤堀君やな。あっははは。アパートも近いんでいつでも遊びに来てよ。俺も部屋いってもええすか。」「ああ、ええですよ。ボクシングのグローブ未練がましいけど置いているんで今度見せますよ。」それから僕と赤堀君とは、すごく仲良しになり、今でも思い出したら涙が出るが、僕が風邪で高熱を出した時、よれよれのビニール袋に、ところどころ破れているアルミホイルに包んだ、まん丸の塩をふっただけの、おにぎりを2個、「こんなものですいません」と言いながら届けてくれた。彼も金がなく、わざわざ、なけなしの米を炊いてつくってくれたんだろう。おにぎりなんか握ったこともないんだろう。団子みたいな、どでかいまん丸のおにぎり。塩だけ。梅干しなんか買えない。僕は、その心に泣いた。うれしくて泣きながら、ありがたく口にした。赤堀君は、そんな奴だ。僕が、30歳で勝浦に帰るようになった時も、「なんで、帰るんですか。ここにいてくださいよ。」「なんで 」と男泣きに泣いてくれた奴だ。僕が勝浦に帰る1週間前に「今日は、1日付き合ってもらいます。まず、後楽園で4回戦のボクシングを見ましょう。そのあと帝国ホテルの最上階レストランの予約入れてます。今日は僕に、おごらせてください。」もちろん、僕は生のボクシングも帝国ホテルも行ったことがなかった。申し訳なかった。こんな俺のために、ここまでと、思ったが、ありがたく招待を受けた。今でも本当に忘れることのできない思い出だ。残念なことに僕が勝浦に帰ってからしばらくして彼も引っ越し連絡が取れなくなった。でもどこかで頑張っていると思う。

                                   

      


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吉村 剛
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