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『東京中野ドタバタ日記』 第三章 再会 1
第三章 再会 1
奴がやってきた。そう、あいつがだ。時は、僕の上京したころに戻る。僕のアパートは、1階に大家さんが住んでいて、ピンク電話があり、その電話が2階に住む僕ら学生の呼び出しの電話にもなっていた。僕らの誰かに電話がかかってくると、部屋のブザーが鳴り、そのブザーを押すことにより「わかりました。今下りていきます」という意味になっていた。当時は携帯も、パソコンもない時代。
僕が上京して2か月経った6月の金曜日の夕方ブザーが鳴った。僕は電話に出た。「もしもし。吉村です。」
「おう、吉村、俺や久しぶり。」聞き覚えのある声だが、誰か分からない。「えっ、誰。」「俺や、俺、西村や」西村、あっ西村か。「西村か。どうした。」「どうしたって、おまえ、東京へ行ったらまた、連絡くれよって言やったやないか。だから電話したんや」「あっ、そうやな。うん、そうや。ところで今どこな。」
「どこなって、2か月ぶりに関西弁聞いたわ。周り皆東京弁やしな。あっ、俺か、前にも言うたけど豊島区の東長崎いうとこや。池袋の近くや。」「おまえ、池袋言うても俺東京出てきて2か月やぞ、分からんよ。」「まあ、分からなんだらええわ。長話もなんやから、明日会えるか。中野までいくぞ。中野駅まで迎えに来てくれるか。」「ああ、ええよ。明日土曜日やさか、学校休みやし。何時にする。」「そうやな、昼飯一緒に食うか。そして夜泊ってもええか、酒飲もや。」当時僕らは18歳、でも酒ぐらい飲んでいた。「えっ、泊る、いきなりやな。まあええよ。12時に中野の北口でどうや。」「おう、ええぞ。うまい酒もっていったるわ。じゃあな」「ああ、じぁな」僕は電話を切り、大家にお礼を言って部屋に戻った。西村。
西村正和、この時は、この男が僕のこれからの東京での生活に一番影響を及ぼす奴だとは、誰もわからなかった。僕は、その日部屋を掃除し、ある程度のつまみになる物を近くのマルマンスーパーで買い明日に備えた。翌日、西村は、12時5分に中野北口に現れた。「かわいい彼女とデートやったら許すけど、おまえ許さんぞ。あっははっ」「すまん、すまん」西村は、どこかの酒屋の袋を見せながらそう言った。「飯くうか。」僕らはそう言って中野北口にあるサンモールという商店街の洋食屋に入った。「なかなか、雰囲気ええやんか。」西村は、あたりを見回しながらそう言った。「そうやろ、この前ひとりでぶらついていた時にみつけたんや。うまいぞ、俺ハンバーグ定食くお。おまえは。」「そうやなぁ、ここは、やっぱりオムライスにしょうかな、朝飯くうてないし。」「そうか」何がやっぱりなのか、朝飯食うてなかったらなんでオムライスなのか分からんが、「すいません、ハンバーグ定食とオムライスください、」と品のよさそうな奥さん(たぶんこの店は品のよいご夫婦でやっているみたいだ)に伝えた。しばらくしてハンバーグ定食とオムライスが運ばれてきた。「ここのハンバーグうまいんや」「そうか」と西村は、言い終わない内に僕のハンバーグにスプーンが伸びていた。スプーンで器用にひとかけらハンバークを切り、口にし小声で「うん、確かにうまいけど、新宿のアカシアいうとこは、もっとうまいよ。今度行こや」西村は、僕のハンバーグをほおばりながら、そう言った。僕らは満足してその店を出て、そのあとブロードウェイをぶらつき、サンモールの脇道にある「クラッシック」という名曲喫茶に入った。「すごいな、ここ」西村は、また、あたりを眺めながらタバコに火を点けた。「おまえ、タバコ吸いやったっけ」「いや、最近吸い始めたんや。俺、日芸行く言うてたやろ。今通いやるんやけど、周り腰まで髪のある奴や、変わった奴ばっかしでタバコ吸うやつ多いんよ。だから俺も吸うように成ったんよ」そう言いながら、西村は、マルボロの箱を差し出した。「吸うか。」「いや、俺は吸わん。」「そうか」西村はそう言って煙を吸いそして吐き出した。「それにしてもこの店すごいな。今にも崩れそうな感じやん。スピーカーもJBLやし」「JBLってすごいんか。この店もこの前ぶらついていた時に見つけたんや。初め入るとき勇気いったぞ。こんなとこ来たことないやん。まあブラバンやったからクラッシック嫌いやないからな。でもなんか落ち着くんや。静かやし。長い時間おっても何も言われんみたいやし。」「そうやろな。俺も気に入った」店の中にはフィンランディアが流れている。ブラバンで演奏したから分かる。僕らは、その後
あまり会話せず、コーヒーを飲んだ。「うまいコーヒーは、ブラックで、飲まなあかんぞ」と知っているのか、どうか分らんが、西村がそういったのて、僕らはそれ以降コーヒー飲むときブラックで飲むようになった。会話しなかったのは、その夜の再会大宴会に備えてである。そのあと僕らは坂本荘へ向かった。
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