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瘡蓋

 もうそろそろ、いいかな。
 私は左手の甲にある瘡蓋に触れた。割れたグラスの破片のような赤黒い瘡蓋は、甘噛みするような痒みを通して、私を何度も誘ってくる。
 今日こそは、と思う。今日こそは、治っている。そう信じて、親指と人差し指の間にある瘡蓋を挑むように睨みつけながら手を伸ばす。
 会いたい。ただ、それだけの理由だった。たったそれだけの理由で、大切な人を失うなんて馬鹿げている。鼻で笑いたくなるような話が、現実として、私の手元に残った。その証拠がこれだ。あれからひと月近く経つのに、この瘡蓋は、今も私の一部となって息をしている。
 さっさと治ってほしいのに。私は瘡蓋の右端を爪で剥いだ。湧き水のように澄んだ皮膚が、産声を上げる赤子のように顔を出した。
 大丈夫、今日こそは治っている。喜びに似た願いを抱きながら、少しずつ、丁寧に、瘡蓋を剥いでいく。
 初めて人に物を投げつけた。そのせいか、我ながら絵にならない風景だったと思う。とっさに投げつけた枕は、彼の体に触れるどころか、出来損ないの紙飛行機のように私の目の前に叩きつけられたのだから。
「あっ」
 思わず、声が漏れた。瘡蓋と皮膚の間から、血が出ていた。指輪に飾られた宝石のような丸い血が、しばらくすると、赤い涙のように皮膚を伝って、私は慌てて舌で舐めた。
 会いたい。それのどこがおかしいのだろう。いつ、どこで、何が起こるのか、誰にもわからないのだから、会いたいときに会わなければ、きっと後悔する。後悔したときには、もう遅いのだ。男を通して、私はそれを学んでいる。学んでいるのに、いつも同じ失敗をする。私が間違っているわけではないし、今までの男たちが間違っているわけでもない。頭を冷やして考えても、結局、答えは見つからなかった。だから同じ失敗をしてしまう。
 ただ、この傷は初めてだけれど。私はすべての瘡蓋を剥いだ。半分だけが真新しい皮膚で、もう半分は氷に垂らしたシロップのようなみずみずしい赤色に染まっていた。
 また、次か。私はため息をつきながら絆創膏を貼った。<了>

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よしとき
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