[さめのうた SS] 引退するVtuberにお別れを告げに行く話
「やあ、こんばんは。…引退の話を聞いて来てくれたんだ。嬉しいな。ありがとう」
「…うん。最後だし、少しゆっくり話そうか。もう会えなくなるもんね」
「やっぱり、キミは気づいてた?そう、ボクは、Vtuberさめのうたは、もうすぐ死ぬ。クリエイター雨乃泡(さめのうた)に殺されて、もう二度と、キミには会えない。ほかのみんなは、クリエイター雨乃泡が活動を続けるから、完全にお別れではないって思ってるのかもしれないけど。責めるつもりはないよ。普通はそう思うよね。Vtuberとしてのボクと、その中の人である雨乃泡はしょせん同一人物だって。…キミはそうは思ってないから、こうしてここに来てくれたんでしょう?」
「実を言うとね、引退を発表したあの配信、しゃべってたのはほとんどボクじゃないんだよ。あの人がしゃべってたの。ボクはあの場にいたけど、ボクの体から出てくるのはボクの声であってボクの声じゃなかった。んー、なんだろう、とりつかれてる?感じ。もともとさ、ボクとあの人の境界ってすごく曖昧なんだ。あの人がインターネットで発信するときの、その一部分から作られたのがボクだからね」
「ボクにはもちろん自我がある。だけど普段は、あの人の影響をすごく受けるんだ。それは当然のことで、それがVtuberとしてのボクのあり方だった。でもね、あの配信の時は、ボクの自我はほとんど封印されているみたいな感じだった。あの時ボクはVtuberじゃなくて、単なる雨乃泡のアバターだった。意思のない、プログラム通りに動く人形。…正直、ちょっとショックだったな」
「アバターになる、ってこういうことか、って思った。ボクが引退したらボクは雨乃泡のアバターとして使われるらしいけど、そこにボクはいないんだ。ボクの見た目と声があるだけ。あの人の側からすれば、もう決めたことなんだし、被造物であるボクのことは知ったことじゃないんだろうけど」
「別に憎んだりしてないよ。ボクだってさめのうただよ?あの人が合理的に考えて下した結論と、ボクだってきっと同じ結論を出す。…ボクがあの人の立場で考える。クリエイターとしての将来を。Vtuberとしての今後を。そしてボクも決断する。Vtuberさめのうたは死ぬべきだって」
「それにしても、キミって変わってるね。別にわざわざボクに会いに来ないで、あの人にその言葉を伝えてあげてよ。キミとか、キミ達からの言葉はボクとあの人にとっての救いのようなものだった。あの人と違ってここにしか居場所がないボクにとっては特にね。でも、もう死んじゃうVtuberを喜ばせても別にいいことないでしょ。これからも歩いていくあの人にこそキミの言葉が必要だよ。褒め続けたらもしかしたらボクの真似をやってくれるかもしれないよ?……ごめんって」
「死ぬのが怖くないのかって?ボクはいわゆる生命じゃないからね、本能的な死の恐怖はないよ。それにいつも言ってるでしょ?死はご褒美だって。ボクの原型が生まれてから、どのくらいたったかな…けっこう頑張ってきたご褒美が、やっともらえるな、なんて。あの人には悪いけど、お先に、ってね」
「ほんとはちょっとだけ、怖いことがある。忘れられるのが怖い。こればっかりは、あの人にも頼れないからね。祈るくらいしかできない。……ありがとう、キミが覚えててくれるなら安心かな」
「結局さ、ボクはあの人なしでは存在できないけど、あの人はボクなしでも存在できる。ボクはあの人の一部だけど、あの人はボクの一部じゃない。だからあの人はボクを好きにする権利があると思うし、それについて不服はない。キミのような奇特なリスナーには申し訳ない気持ちもあるけど、それはボクがどうにかできる範囲を超えている。ボクはおとなしく殺されるよ。最後までコンテンツとしてキミを楽しませてあげるから、キミはキミで、好きにボクを楽しんでほしい。それが、今のボクの最後のお願い」
「ああ、だいぶボクが話しすぎちゃったね。せっかくの機会だし、キミの話を聞かせてよ。キミにとって、Vtuberっていったい何?キミはボクを、あの人とは別の存在だと判断したけれど、それはいったいどうして?あの人にはなくてVtuberのボクだけにあるボクの好きなところ、もしあったら教えて?」
「そっか、キミ達はそもそもあの人についてほとんど知らないのか。いや、ボクをあの人と同一視するなら、結構なことを知っていることになるんだろうけど」
「それじゃあ、ボクのことについて、存分に褒め言葉を頂戴。なにせ最後だ、もう何回会えるか分からない。あの人のことなんか忘れて、今はボクを、ボクだけを見てよ」