[さめのうた・夜宙ルク SS] 特に理由はない異能力バトル

「ご主人様、準備はいいですか?」
さめのうたの召喚獣、もずが主人に声をかける。うたは魔法陣の中心で目を瞑って立っている。腰に下げた剣の柄に軽く左手を置き、右手は脱力して下げている。呼吸は静かで、乱れは見られない。
「まさかルクを斬ることになるとはね」
転送先は討伐対象の夜宙ルクが待ち構える宇宙船、"宙船"アストリアだ。馴染みの人物を斬ることに対する躊躇はうたの様子からは見て取れない。既に和解の道はないことは、うた本人が一番分かっていた。
「もずが着いていけたらよかったのですが…」
「大丈夫。代わりに転送陣の方を頼むね。勝った後、宇宙に取り残されるのはごめんだ」
うたがもずに微笑む。もずは、はい!と返事をして、再び魔法陣をコントロールする魔導書に目を落とす。
「では、転送を始めます」
魔法陣が急激に輝きを増していく。緑色の光がうたの周りを包む。光が収まると、うたの姿は消え去っていた。

**

うたが目を開ける。無機質な室内は地球上の建築物とは異なる思想で作られていることは明白だった。疑似重力装置が働いているためか、地球と変わらない動きができる。呼吸にも問題はない。ルクが宇宙人とはいえ、地球人と近い生態を持っていることをルクの友人であるうたは痛いほど知っていた。

周りには人の気配はない。転送即包囲銃撃も覚悟していただけに、この静けさが不気味だった。うたは周囲を警戒しながら慎重に歩を進める。一旦の目的地は中央制御室だ。事前調査で得た情報を更新しながら捜索を進める。妙だ。誰もいない。

ついにうたは中央制御室に通じる大部屋の前まで来ていた。中央制御室を守るならここが守りの要だ。すぐに反撃に移れる体制を整え、扉に手をかざす。扉が音もなく開いていく。部屋の中にいたのは、夜宙ルクただ一人だった。

「やっぱり君が来たか。ようこそ、宙船アストリアへ。待ってたよ、さめくん」
ルクは穏やかな声で告げる。その穏やかさが、もはや交渉の余地がないということを端的に示していた。
「投降してくれないかな、ルク。キミを斬りたくはない」
「俺の方が強いのに、投降する必要ある?」
「ボクの方が強いよ」
「はは、昔を思い出す」
二人が距離を取って対峙する。どちらも動こうとはしなかった。どうして道を違えてしまったのか。そんな問いに意味がないことは、この場にいる二人が誰よりも分かっていた。
「じゃあ、ここでさよならだね、ルク」
「君がいなくなるなんて寂しいな」
「いなくなるのはボクじゃない」
うたの周りに冷気が漂う。氷塊があっという間に実体化しルクめがけて射出される。うたが一歩踏み込む。
「キミだ」
細身の剣を鞘から抜いてルクへと斬りかかる。戦いが始まった。

**

ルクは飛んでくる氷塊を光の障壁で防ぐと、そのまま両手を前に出しうたの剣を障壁で受け止めた。うたの細身から繰り出される斬撃は魔術によって常人を一撃で斬り刻む威力になっている。ルクの障壁はひずみはしたがその斬撃を正面から受け止めた。二人の顔が近づく。
「ルク、意外とやるね」
「さめくんってこんなに弱かったかな」
「守り一辺倒の人に言われたくはないけどね!」
うたは絶えず氷塊と氷の刃を生成し、ルクを包囲するように浴びせ続ける。ルクは障壁を広げそのすべてを防ぎ続けていた。防御の薄いところを狙って斬撃を入れると、ルクは位置取りを変えながら手の障壁を使って斬撃を防ぐ。広く展開する障壁とは別に、手をかざすことで展開する障壁は耐久力が桁違いだ。それでも障壁にダメージは入っているし、相手のエネルギーはけして無尽蔵ではない。もちろんそれはうた自身もだ。

ルクの周りに浮かぶ星々が輝きを増し、うたの方に射出される。うたは難なくそれを躱す。
「俺も攻撃に移らせてもらうよ」
うたが躱した星々は消えることなく部屋を回り始めた。一定間隔であらゆる角度から再びうたを狙ってくる。ルクを中心とした楕円軌道を描きながら、ルクが操作することで軌道を変えて向かってくる。うたは攻め手を止めることなく軌道を読み、最小の動きで星を躱し、再びルクを斬りつける。ルクがうたの前に手をかざす。今度こそ障壁を叩き割る。うたの目が小さな違和感を捉える。これは障壁ではない。

ルクの手から一筋の閃光が迸る。高密度に圧縮されたエネルギーが光となって通り道を焼き尽くす。避けれない、と判断したうたが氷で盾を張り、その後ろにさらに分厚い氷塊を作り出す。光の奔流は氷塊に閉じ込められる。うたの背後から迫る星をうたは見落とした。星が左肩を貫く。焼けるような痛みが左肩から響く。作った氷塊はほとんど溶けて大きな水たまりを作った。

「諦めなよ、さめくん。今降参するなら殺しはしない」
星での攻撃の手を緩めずにルクが告げる。肩を凍らせて止血し応急処置をしたうたの攻めは鈍い。
「一撃入れたくらいで余裕じゃないか」
焦りがそうさせるのか、うたの斬撃は大振りになっている。ルクは障壁を張るまでもなくそれを回避した。
「当てることすらできなくなってるよ」
「うるさい!」
二度、三度と躱され、それでもなお踏み込み続ける。
「そんなに殺してほしいなら――」
ルクの意識が攻撃に偏る。その隙を突いて、うたが上段から剣を振り下ろす。しかしルクはそれを読んでいた。わざと作った隙に誘い込んで躱し、背後からの攻撃で仕留める、はずだった。足が動かない。ルクがとっさに障壁を張るが、間に合わなかった。うたの剣が障壁ごとルクの体を縦に斬り裂いた。ルクの足が凍っている。

「いつの間に……」
ルクが呟きながら傷を押さえる。障壁が間に合ったおかげで致命傷と言えるほど深くはない。かといって決して無視できる傷でもない。守りを固めながら弱い閃光で足の氷をとかすと、うたから距離を取った。
「あの時の氷塊か…」
閃光を防いだ時に溶けた水をいつの間にか踏んでいたらしい。ということは、うたの大振りの斬撃もこの場所に自分を誘導するためのものだったということだ。
「追い詰められたな…まさかさめくんに後れをとるなんて」
うたは氷の魔術で牽制しながら距離を詰めてくる。ルクが宇宙船の操作パネルに触れる。危機を察知したうたがリスクを承知で距離を詰めて斬りかかる。しかし振り下ろした剣はルクには届かなかった。
『重力フィールドヲ停止シマシタ』
機械的な音声が流れる。うたはバランスを崩して宙に浮いた。

**

攻守が逆転した。うたは無重力下で思うように動けない。何より思ったように距離を詰められない。一方のルクも、無重力下で動きが鈍っているのは同じだが、ルクの攻撃は星と閃光が主体で体勢や距離の影響が少ない。剣撃が重要な攻撃手段であるうたはそれを封じられ、ルクの攻撃を避ける難易度も上がり、氷の魔術を防御に使わざるを得ない状況になっていた。
(このままじゃまずい…何とかして近づかないと…)
うたが近づこうとする動きをルクは最優先で潰してくる。閃光も連発はないが避けれなければしっかり防がないと致命傷だ。意識を接近と閃光に割きすぎると軌道が読みにくい星を読み逃す。星や閃光が体をかすめ、その部分が焼け焦げただれている。

「ほら!さめくん!受けに回っても勝てないよ!」
「…これならどう!?」
うたが足元に氷塊を作り、その氷塊を足場に跳躍する。無重力化での身のこなしに慣れ、まっすぐ慣性的に体が動く。しかしその動きは、重力下でのうたの動きと比べると止まっているように見えるほど遅い。
「いい的だね!」
ルクが閃光を放つ。左右から星が遅いかかる。うたはそのすべてを的確に防御した。
「やるね…でも、もう一個あるんだ」
天井付近から大回りした星がうたの背後に突き刺さる。衝撃でうたの体が吹き飛ぶ。投げ出され、苦痛で歪んでいるはずのうたの顔には、笑みが浮かんでいた。
「ルク、ワンパターンはよくないな。悪い癖だ」
うたは被弾箇所を氷で覆い、星を受け止めていた。その衝撃を推進力として距離を詰める。足元に氷塊を作り、それを蹴って加速する。残りわずかだった距離を詰め終わる。
「ルク、覚悟してね」
「こっちの台詞だよ」
至近距離でルクが閃光を放つ。うたの動きを読んだ不可避の一閃は、うたが体勢を崩したことでうたの脇をかすめた。うたの腹部には自身が作り出した氷塊が突き刺さっている。ほとんど感覚のない左手でルクの襟をつかんだ。うたの剣が引かれる。
「これはレイピアなんだ。斬撃より刺突の方が強いよ」
うたの剣が二重の障壁を破りルクの脇腹に突き刺さる。ルクの体から力が抜ける。引き抜いた剣の鮮血がうたの服を汚し、血しぶきが無重力下で宙に浮く。ルクの体が、ふわり、と浮いて、それからわずかに残った重力に引かれてゆっくりと地面に崩れ落ちた。

**

「それで。この船、ルクを殺したら自爆したりする?」
「…するよ。もちろん」
「定番だね」
倒れているルクを見下ろしながらうたが問い、顔を苦痛にゆがめてルクが返す。
「自爆装置はどこ?」
「さめくんには解除できないと思うよ」
「黙って答えて」
うたが剣を首筋に突き付ける。
「強情だね。そのまま斬ってくれればいいのに」

「もず、終わった」
うたが右手を右に当ててつぶやく。
『はいはーい。うた様、戻しますね』
うたの足元に魔法陣が展開する。
『自爆マデアト30秒』
無機質なアナウンスが室内に響く。非常事態を示す赤いアラートがあたりを照らしている。足元の魔法陣が光に満ちる。光と共に部屋から生きた人間がいなくなった。

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「もず、あとはよろしく。ボクは休んでくる」
「もう、うた様ってば。アストリアは自爆。夜宙ルク討伐の指令は完了として処理されています。…バレたらどうするつもりですか?」
「バレたら考えるよ」
「自分の怪我ちゃんと自分で直してくださいね!」
「はいはい」
うたが部屋を去っていく。もずは怪我人を治すべく、せわしなく準備を始めるのだった。




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おまけ
夜宙ルクが勝った場合のIFエンド(バッドエンド注意)

https://fusetter.com/tw/Fvz77VsU#all


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