[さめのうた 看取りSS] 死への7日間

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「こんにちは。はじめまして。この度立会人を務めます、さめのうたです。お医者様からも散々言われているとは思いますが、改めて私から、これから私があなたと時間を共にするにあたっての確認事項を説明します。気になる点があったらご自由にご質問ください。あらかじめ言っておきますが、あなたの視界と手足は自由にはなりません。私とのコミュニケーションは会話のみが許されています。」

「あなたは丁度1週間後の24時に、薬物による安楽死処置を受けることになっています。これから7日間かけて、安楽死処置をより安全に、苦痛なく行えるように様々な物理的、精神的なサポートが提供されます。物理的には、様々な薬品により、主に苦痛や欲求についての感覚を鈍らせていきます。そして精神的には、立会人である私が、一日に一度、あなたの元を訪れ、あなたの死への旅路に立ち会います。そして最後の時間まで、あなたの人生を見届けます。今回、ご指名をいただき、あなたの死に立ち会えることを嬉しく思っています。」

「何度も言われていると思いますが、ここでも改めて申し上げます。あなたはご自分で決定した7日後の死をいつでも取りやめることができます。死の直前であっても例外ではありません。取りやめた際の様々な手続きはここでは割愛しますが、私たちに関するルールだけは改めてここで説明します。もし、死を取りやめた場合、あなたは今後一切私へ関わろうとすることを禁じられます。また、私にもあなたに関わらないようにする義務が生じます。これは、立会人への情により死ぬことを取りやめるケースと、その後のトラブルが頻発したために定められたもので、私の存在をあなたの生きる意味としないようにするための処置です。この点だけはご了承ください。」

「説明は以上になります。何かご質問はございますか。……はい。ということで説明終わり。規約だから丁寧に話したけれど、ボクにとってはこっちの話し方のほうが馴染みがあるね。改めて、さめのうたです。よろしくね。ちなみに最後の関わらない義務については、ボクが配信者をやっている都合上、匿名でファンとしてやり取りする分には問題ないみたい。ただ、発覚した場合キミには罰則があるし、ボクもキミと極力関わりを絶たなくならなければなるから気を付けて。」

「じゃあ、早速話そうか。最初のルール以外、この時間をどう過ごすかは特に決まりはないから、どう過ごしたいか、希望があったら教えてね。もし何も思いつかなかったら普通にお話ししよう。キミはボクのリスナーだって聞いてるから、ボクについてはある程度知っていると思う。まずはキミのことを聞かせてくれないかな。キミはどんな人で、どんな人生を送ってきたのか。どうして死のうと思ったのか。そして今、死を目の前にしてどう思っているか、なんてことをね。」


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「やあ、こんばんは。元気にしてた?なんて、ベッドに縛り付けられて元気もなにもないか。なにより君はあと6日の命だし、多少体に違和感があったとしても、薬で無理やり麻痺させて動かしても何ら問題ないわけだ。昨日の話で、キミのことは何となくわかったし、今日はもう少し、キミの深い話を聞いてもいいかな。もちろん、嫌だったら答えなくて構わないよ。」

「まずは、そうだな。キミの幼少期から大人になるまでの話を聞こうか。キミはいつから死ぬことを考えていた?それまでは将来についてどう考えていたのかな。」

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「そっか、辛かったんだね。その辛さから逃れることは、やっぱりできなかったのかな。……そっか。そうだよね。でも、キミだって全く楽しみがないわけではなかったんでしょう?そのために生きることは考えなかった?……うん、なるほど。その気持ちは、ボクも少しは分かるかな。前に配信で言ったかもしれないけれど、ボクも一度は死ぬことを真剣に考えたことがあるからね。生きる意味を探すのは、もう諦めてしまったの?……うん。そっか。最後に一つ聞いていい?今もまだ、辛い?……よかった。」


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「こんばんは。死が近づいてくる感覚はどう?実はね、立会人としての仕事はキミが初めてなんだ。だからキミの話はとっても面白いよ。世の中の人は不謹慎だ、とか言うんだろうけど。でもキミはボクの配信を見てボクを指名してくれたんだ、ボクがこういう人間なのは想像の範疇だろう?……よろしい。じゃあ、今日もお話ししようか。」

「……今日はボクの話?正直照れ臭いな。キミはもう覚悟を決めているのかもしれないけど、ボクはこれでも自分の深いところをさらけ出すのには抵抗があるよ。まあ、でも、キミがあれだけ洗いざらい話してくれたんだ、ボクも少しは話さないとね。まずは何が聞きたい?最初はボクが初めて死を考えたときの話をしようか――」

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「思ったよりも自分の人生と向き合うのは辛いね。多分今日ボクがこんなに素直に話せたのは、相手がキミだからなんだと思う。死を決断したキミの前で話すのはむず痒いというか、キミがとっくに通り過ぎた場所をうろうろしているように思えて気恥ずかしいんだけれど。ボクはキミを尊敬するし、その決断を尊重するよ。キミの決断はまだ揺らいでいない?……そっか。それならまた明日、ここで会おう。」


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「来たよ。今日も変わりないようで何より。死が近づいてきたけれど、怖くなってきたかい?……そんなことを言われると恥ずかしいな。でも、ボクたちの関係はあと4日で終わる。キミが死ぬとしても、死なないとしても。だからこそこの関係は成り立っている。それを忘れないでね。」

「今日は、そうだな。神様の話をしよう。それから人生について。キミは神様の存在を信じる?……まあ、そうだよね。キミが神様に出会えていたら、キミがここにいることは無かったのかな。宗教の機能のひとつは、人々に生きる意味を与えることだとボクは思うんだ。だから例えば、何かの信仰を得られていたのなら、人生に意味を見出すことができていたんじゃないかと思って。」

「人生の目的、生きる意味。ボクたちのことについてはもう話したけれど、ボクは常々疑問に思っているんだ。世の人たちはいったいどんな風に考えて生きているんだろうって。それこそ、宗教とかなのかな。幸せ、というものをみんな持っているのかな。キミとボクで話したって結論は出ないだろうけど、ボクたちのような間でしか話せないものね。」

「今日も話に付き合ってくれてありがとう。本当はボクがキミに付き合うべきなのに、なんだかキミを付き合わせているようになってしまったね。……それならよかった。この時間を楽しんでいるのはボクも同じだよ。あと3日で終わってしまうけれど、それまでよろしくね。」


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「ごめん、少し遅れちゃった。時間はしっかり確保していたんだけど、交通機関のトラブルだけはどうしようもなかった。なんて言い訳だね。キミの時間はもう取り返しがつかないんだから、ボクは立会人として、キミの終わりに立ち会う義務を遂行するよ。キミさえよければ、遅れた時間分は終了を延長しよう。」

「キミは死ぬのが怖くないの?今更かもしれないけれど、直前になって、改めてどうかなって。……そっか、やっぱりそういうものなんだね。キミはすごいね。ああ、もちろん、やっぱり死なない、という決断を下すこともまた、勇気がいることだと思う。今のは良くなかった。キミの死はキミ自身が決めることだ。他者の評価なんて関係ないと思うよ。」

「根源的な死の恐怖の他にも、忘れられる恐怖、っていうのはない?やっぱり人間は身近な人に自分のことを覚えてもらいたいと思ったり、何かをこの世に残したいと思ったりするみたい。キミはあまりそこに関心が無いように見えるな。よくあることらしいんだけど、死を選ぶ人の中には立会人に罵倒を浴びせたり、感情をぶつけることが少なくないんだって。立会人の中に、消えない記憶を刻みたくなるんだとか。でも、キミはどこか淡々としている。ボクに覚えてもらいたいとは思わない?いや、答えなくていいよ。ボクはキミを忘れるから。」

「ボクがこの仕事をするのは初めてだ、って言ったよね。それでも、人の死に関わる仕事だから、それなりに覚悟を持ってこの仕事に臨んでいる。ボクにとってこれは仕事だ。ボクはキミに同情しないし、生きていてほしいとも死んでほしいとも思わないし、キミのことはこの時間が終わったら忘れる。ここにいるのは単にそれがボクの仕事だからだ。冷たいと思うかい?でも、それがこの仕事における誠意だと思うんだ。」

「残された時間はあと2日。キミには、徹頭徹尾キミ自身の選択を貫いてほしい。ボクはたまたまそこに居合わせた人間に過ぎない。人間が出合ったら、そりゃ会話もするだろうけれど、ボクはキミの人生の通行人でしかない。ボクに人生を左右されてはいけない。それを、やっぱりはっきり伝えたくて。キミが後悔のない時間を過ごせることを願っているよ。」

「とはいえ、通行人と楽しく会話してはいけないという理由もないからね。残り少ないけれど、今まで通り気楽にいこう。それじゃあまた明日。今日は遅くなってしまったね。おやすみなさい。」


- 01 -

「やあ。いよいよ明日だね。体調はどう?薬とかで、だいぶ体の感覚が違うんじゃないかな。キミの体は確実に死を迎える準備をしている。心の方はどうかな。」

「今日は何か話したいことはある?……そう、じゃあ、無理に話さなくてもいいかもね。最後の夜…明日は、朝が来ないことが確定している眠りだから、朝を迎える前の夜としては今日が最後だ。最後の夜くらい、静かに過ごそうか。」

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「起きている?喋らないのも悪くないね。」

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「キミは今何を考えているのかな。うん。ああ、別に話さなくてもいいよ。」

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「穏やかだね。もっとお通夜みたいになるかもと思ったけど。」

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「そろそろ時間だけど、本当に話したいことはない?……そう、じゃあ、時間まで、もう少し。」

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「じゃあ、今日はこれで。これを言うのも今日で最後だね。また明日。」


- 00 - 

「いよいよだね。残り2時間。今朝説明があった通り、キミの右手にあるボダンを押せば、すぐにでも処置は中止される。死を撤回する人の7割は死の直前にそれを決断するみたい。だから今日が一番生きたくなる可能性は高いというわけだ。なんだか不思議な話だね。」

「それにしても、最後に話す人間がボクで本当に良かったのかい?……よかった。この7日間で期待外れだと思われたら、と思うとちょっと怖かったんだ。」

「すごい時計だね。死へのカウントダウン。残り1時間と20分。大学の授業くらいの時間かな?誰かが大学の授業を居眠りしている間にキミは死ぬ。人生っていうのは全く不平等だね。」

「1時間。3600秒。それだけ数えたら終わり。今、何が思い浮かぶ?走馬灯っていつから見えるのかな。まだ見えていない?急に心残りを思い出したりしていない?」

「あと30分だね。あと30分で今日と、キミの人生が終わる。計画された死は最も不自然で最も幸福だ、とボクは思う。」

「10分を切った。キミとはもう10分でお別れだ。ボクはボクの日常に帰る。キミは…10分後、どうなっているんだろうね。」

「残り5分。緊張してるのはボクだけ?キミは薬で脈拍を抑えられてるんだっけ。でなければ緊張に耐えられないという理由でボタンを押してしまいそうだ。」

「3分。もうほとんど喋れないかな。ボクの声はまだ聞こえているだろうか。キミの顔はとても安らかに見えるよ。」

「1分。決断の時だ。答え……たかい?君の…断を祝福し……。…30秒。いよ…よ…ね。10びょ…。9.…ち、7.…」

「…ご、………ん、…………い……、」


「おやすみ」

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