[結目ユイSS/暴力的描写あり] 兎の幼女を監禁しました
「香り」を自宅に忘れてしまった。
僕としたことが情けない。代わりに鞄に入っていたのは今日の朝一で検品結果を送らなければいけない薬品だ。もちろん持ってくる必要はあったからそれが入っているのはいい。でも僕にとってはいつも持ち歩いている香水がそこにないことの方が問題だ。
この薬品には呪いでもかかっているのか。取扱注意なのは重々知っていたが、昨日は直接嗅いだだけで気を失ってしまい、気づいたらもう朝だった。直接嗅いでしまったのも事故のようなものだ。おかげで検品作業は進まず、こうして朝早く出社して作業の続きをすることになった。密閉した部屋の中では揮発した薬品の匂いがまとわりついていて、僕はたまらず換気扇を回して急いで部屋を出たのだ。その結果がこれだった。
夜が明けたばかりの街に人はほとんどいない。これからあの香りなしで1日仕事をしなければならない。昨日のうちに片付けておけばよかった、と思わなくもないが、大好きな配信者の配信を優先するのは僕には当然の判断だ。おかげで昨日は幸せだったが、幸せのあまり薬品をこぼし、そのツケが今日に回ってきた。自分でも思考が少しおかしい気がする。今日いちにちが本当に不安だ。
会社の近くの公園を通りがかる。もう少しで会社だ。この時間は多分誰もいないだろう。早くもあの香りが嗅ぎたくなってくる。そう思っていると、幻覚か、いつも嗅いでいるあの香りがほのかにあたりに漂っている気がする。いや、むしろいつもよりいい香りがする。ついに鼻がおかしくなったか、と思って顔を上げると、信じられないものが僕の目に飛び込んできた。
公園のベンチに、兎の耳をつけた可愛らしい少女が座っている。ここからは後ろ姿しか見えないが、間違いない、何度も動画でその姿を見た、あの香りの持ち主だ。その少女は幼女といってよいほど幼い見た目をしていて、僕にとってここ数ヶ月の生き甲斐であり、僕にとってなくてはならない存在だ。誰かと待ち合わせだろうか、一人で座っている彼女は、うとうとと船を漕いでいた。
僕にとってのその彼女は、いつも画面の向こうの存在だ。いつも僕に向けて笑顔をくれる、でもそれは僕に向けてだけのものではない。一度だけディスプレイ越しに話したことがあって、その時の笑顔は僕にだけ向けられたものだと思っているけれど、それきりだ。彼女をイメージした香水を手に入れてからは、彼女を香りで感じることができるようになったけれど、それでも本物には程遠い。そんな彼女が目の前にいる。手を伸ばせば触れられる。
でも僕は知っている。僕は決して彼女に受け入れられることはないだろう。僕を受け入れてくれる女性なんて一人もいなかった。これまでも、そしてきっとこれからも。僕の思考は興奮と、眠気と、きっと昨日の薬品のせいであろう妙な不快感でぐちゃぐちゃだった。昨日の薬品。いっそ受け入れられないのなら。手がとどく。同じ場所にいる。他には誰もいない。僕の生きる理由。僕の手は古ぼけたハンカチに伸びる。薬品のふたが開く。ハンカチの色が一点から広がるように変わっていく。気づかれないように。彼女は依然うとうとしている。あの香りが僕の鼻をくすぐる。あと少しで触れられる。手にしたハンカチを僕は
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「彼女」は今僕のデスクの下にいる。声を出さないよう口にはガムテープを貼ってある。手足はタオルを巻いてその上から紐で縛ってある。オフィスにはものが雑多に転がっていて、デスクの下に何があっても周りの人は気にしない。気にする余裕も多分ないだろう。はじめのうちは声を出そうとして、体を動かそうとして暴れていた彼女も今ではもうすっかりおとなしい。僕が時折デスクの下を覗き込むと、彼女の怯えた表情と、涙を浮かべた瞳が見える。この表情は僕だけのものだ。僕だけが知っている。
「あれ、尊さん今日香水忘れたんすか?」
後輩が僕のデスクを通りがてら声をかけてくる。
「そうなんだよ、いや、参ったね」
「その割になんだか機嫌良さそうっすね。昨日の配信がそんなによかったんすか?」
「まあ、そんなとこ」
そんなやり取りをして後輩はせわしなく去っていく。僕がある配信者に入れあげていることも、その香りをいつも持ち歩いていることも、うちの部署では皆知っている。その配信者を追うためだけに退職を申し入れた時には正気を疑われたが、そのことが逆に僕の本気度を職場に対してわかりやすく示すことになった。もちろん僕はいつだって正気だが、確かに稼ぎがなければ彼女を応援することもできないのだと気づいて、結局職位と業務量の調整というところに落ち着いた。これからは応援するだけでなく養っていかなければならないのだ、と思い、仕事をする意義が増えたことを喜ばしく思う。
夜になり、オフィスには人がいなくなった。今日はノー残業デーだから皆すぐ帰ってしまった。しかし僕はノー配信デーなので残って仕事をする。逆に配信がある日は周りがどれだけ残業をしていようと帰る。
ちょうど人がいなくなったので、デスクの下の彼女を抱き寄せ膝に載せる。こんな幸せな仕事があっていいのだろうか。彼女は怯えきった様子で一切抵抗せず僕の膝に座っている。今すぐにでも家に連れて帰ってご飯をあげたい。でも今はまだ外に人通りがあるからあまり良くない。今週分の仕事は全て片付けてしまおう。そうして今週は定時で帰って彼女との時間をめいいっぱい過ごそう。
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家に帰ると彼女を使っていない狭い部屋へと運ぶ。かつてハマっていたとある魔法少女のアニメのグッズや同人誌が所狭しと置かれている部屋だ。しばらく触っていないせいで少し埃っぽくなっているそれらをどけて彼女を置いた。
次に手足を縛っていた紐を手錠に変える。これで少しは動きやすくなっただろうと思う。念のため手錠をテーブルの足と結んでおく。そして口に貼っていたガムテープを剥がす。
「ああ、口の周りが赤くなっちゃったね、ごめんね」
彼女の口の周りを優しく指でなぞる。彼女は声にならない叫び声を上げた。彼女の涙はとても美しい。瞳から溢れたそれを指で拭って、それからその指をそっと舐める。
「ご飯を持ってくるから待っててね」
彼女のためにご飯を用意する。もちろん彼女の大嫌いなミックスベジタブルだ。きっととてもいい表情を見せてくれると思う。
彼女にご飯を与えると、僕の今日の仕事は終わりだ。僕は身だしなみを整える。僕が僕でなくなっていく。
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私が部屋のドアを開ける。思ったよりも大きい音が鳴る。部屋に手錠で繋がれた彼女は、怯えたように私の方を見た。そして私が誰だかわかると、恐怖で歪められていた顔が嬉しさで塗り変わっていく。
「ゆいちゃ…ゆいちゃ…助け…うう……」
それだけ言うと彼女は泣き出してしまった。私は彼女を抱きしめて頭を撫でてやる。
「よしよし、怖かったね。ごめんね、遅くなっちゃって。今私が助けてあげるからね」
しばらくそうしていると彼女はようやく落ち着いてきたようだ。私にすがるように擦り寄りながら、いつもの笑顔の面影の見える表情で喜びを伝える。
「だけどごめんね。今すぐにこれを外してあげるわけにはいかないの。しばらくしたらあの男が戻ってくる。それまでは一緒にいようね。私が隙を見て、ここから出してあげるからね」
「だいじょうぶ…?ごめんね、もしかして危ないことさせてる?」
一番辛い状況にいるというのに彼女の口から出たのは私を気遣う言葉だ。この優しくて愛らしい少女を私はずっと大切にしていきたい。
「そろそろ行かなくっちゃ。明日も多分来れると思う。それじゃあまたね。辛いと思うけど、もう少しだけ辛抱してね」
そう言って部屋のドアを閉める。寂しそうな彼女の様子に私はすぐにでも彼女を自由にして存分に愛でたいという気持ちに襲われる。
でも、私の時間は今日はもうおしまい。部屋から離れる私から、私がどんどん剥がれ落ちていく。他の女の子たちは今日もきっと配信している。
ここからは「僕」の時間だ。