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【特集】ものかげからきゅうにとびだしてひとをおどろかせるときにはっするこえ

閄との出会い


物陰から急にこんにちは。
みなさんは「ものかげからきゅうにとびだしてひとをおどろかせるときにはっするこえ」をご存知ですか?

もしあなたがいにしへのインターネットの住人の方なら一度は見たことがあると思います。


そうです。この字が本日の主役「ものかげからきゅうにとびだしてひとをおどろかせるときにはっするこえ」です。
名前だけでも覚えて帰ってください。

音読みはコク・ワク「33文字の長い訓読みを持つ珍しい漢字」として一昔前のネット上で広まった漢字です。
今でいうインフルエンサーみたいなものです。

この漢字が広まった起源は諸説ありますが、情報サイトで多く取り上げられているのは卑屈Pさんのボーカロイド曲『なんだかとっても!いいかんじ』の歌詞です。

閄(ものかげからきゅうにとびだしてひとをおどろかせるときにはっするこえ)に
ビックリして辺りを𥇛(きょろきょろみまわす)
䁶(まばたきしない)まま何度も

 『初音ミク Wiki』より引用

僕が最初にこの漢字に出会ったのは小学生の頃。『漢字部屋』というサイトを読み漁っているときに発見しました。

漢字部屋』より引用。
まだこのサイトが現存するという事実に嬉しさが止まらない。

当時の僕にとってこのサイトに載っている漢字は衝撃的で、特にこの「ものかげからきゅうにとびだしてひとをおどろかせるときにはっするこえ」に関しては呪文のように唱えていました。

今となっては省略して「MQH (Monokage kara Q ni tobidashite Hito wo odorokaseru tokini hassuru koe)」と呼んでいます。以下この記事でもMQHと呼ばせていただきます。MK5と形式は同じです。

MQHを変換したらが出るように設定しておくと絶対に便利です。

閄をめぐっての争い


しかし最近ではMQHはあくまでも意味であり、「」と書いてMQHと読むわけではないという意見もネット上で多く見られます。

というのも、出典元として併記されることが多い『大漢和辞典』では字義(文字が持つ意味)として掲載されており、閄をMQHと読む用例については記載がないのです。

そのことから現在では「」についてメディアで紹介する際、「MQHはあくまでも意味であり、読みではない」という注釈がつけられることが多くなりました。

閄はMQHと読むのか?


では「閄の訓読みはMQHである」という説は正しいのか?という問いについて考える場合、「訓読みとは何か?」という議論に立ち返ることになります。

これについては先人たちが多く論を述べていますが、あえてそれらを大まかに分類すると以下の4通りになります。

①文化庁が定める「常用漢字表」に「字訓」として掲載されている読み方。公用文書や放送などに断りなく用いてもよい。
ex. 暁(あかつき), 政(まつりごと), 陵(みささぎ) など

②日本漢字能力検定協会が出版する辞書『漢検漢字辞典』に「訓読み」として掲載される読み方。漢字検定における出題の対象となる可能性がある。
ex. 鸛(こうのとり), 鏖(みなごろし), 蔘(ちょうせんにんじん) など

用例が十分にあり、世間的に訓読みとして定着している読み方。近年読みとして普及した物も含む。
ex. 酷(ひど)い, 𩸽(ほっけ), 蕺(どくだみ) など

④日本語における、字の意味に基づいて訳した読み方。「訓読」の辞書的な説明に基づく解釈。
ex. 粼(せせらぎ), 鉨(にほにうむ), 閄(MQH) など

①は社会通念的に最も理にかなっている、いわば「十分正しい」読み方と言えます。

出典を明らかに提示できるという利点から、クイズ番組やメディアにおいてはよく①〜②に該当する訓読みが取り上げられます。

以上の4定義に基づくと、MQHは④の定義においては「訓読み」と呼べるが、①〜③の定義において「訓読み」とは呼べないということが分かります。

・・・訓読みの定義は人や媒体によってまちまちですが、適切な注釈を用いずに「閄の訓読みはMQHである」と言い切ってしまうのはやや不安といえると思います。

閄を人に教えたい


ヤバい金八先生のイメージ画像

コンテンツにおける正当性というのはいつでも大事で、誤った情報を広めてしまうことは信頼の損失につながります。
しかし極度に正しさを追求してしまうとコンテンツそのものの面白さを狭めてしまうことになりかねません。

それは漢字においても同じことで、真偽があやふやな知識を伝えるときは場合をわきまえ誤解のないように伝える必要があります。

そこで「」について説明する場合どのような文章表現にすれば良いかを考察します。

○ 十分正しいと言える説明


  • 」という漢字には「物陰から人を驚かす声」という意味がある。

  • 」という漢字の訓読みは「MQH」であるという俗説がインターネット上で密かに話題となった。

△ 誤解を招くおそれがある説明


  • 」には「MQH」という長い訓読みがある。

  • 」を「MQH」と読むことはできない

  • 」の訓読みは、33文字である。


学術的文章など、厳密な正しさが常に求められる局面もあると思います。特に人に伝える場合はある程度の正当性が必要となるでしょう。

しかし漢字というのは本来自由なものです。奥深い漢字の世界をひとり存分に楽しむためなら、たまには正当性の線引きを乗り越えてみるのも悪く無いかもしれません。

閄の仲間たち


つい堅苦しい話になってしまいましたが、最後にMQHのように大漢和辞典に載っている面白い字義の漢字をいくつか紹介します。

砉 : ほねとかわがはがれるおと

これも二番手ぐらいに有名。「然(けきぜん)」の「」です。

䄈 : まつりのそなえもののかざり

」と同率。索引に掲載されています。
褐(じゅかつ)」のに似ていますが、別字です。

㚔 : ぬすみがやまない

治安が心配。

漤 : しおづけのくだもの

嫌すぎる。

冟 : ふできのめし・よくできためし

出来の悪いご飯・出来の良いご飯の二つの意味があります。
個人的には「ふできのめし」の語感が好きです。

他にもこのようにユニークな字義を持つ漢字はたくさんあります。
おもしろ字義漢字のLINEスタンプがあったら欲しいですね。


以上、YOSENABE特集記事でした。
最後までお読みいただきありがとうございました!

執筆者:大久保(管理人)



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