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小説

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一次創作の小説をまとめました。
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2023年9月の記事一覧

短編小説『万華鏡をみているみたい』

短編小説『万華鏡をみているみたい』

 万華鏡をみているみたい。初恋はそういう、魔法だ。

 使い古した有線イヤホンをして、再生ボタンを押す。つくりものの声がつくりものの恋を歌う、それなのにどうしてか私のこころは揺らぎ、今日も生き生きて痛みを感じている。

 初夏の湿り気に項垂れながら立ち寄ったコンビニ、覗き込んだ色とりどりのアイスたち。あのころ鮮明にみえていた世界と今私が眼差す世界は、なにか変わってしまったのだろうか。不意に引き戻さ

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短編小説『ファインダー越しの背中』

短編小説『ファインダー越しの背中』

 高校二年生の夏休み。所属している写真部は、箱根へ一泊二日の撮影旅行へ出かけることになった。風景を撮るもよし、人を撮るもよし。自由に撮影をして、夏休み明けに学内展示を行うことになっている。

 三年生の先輩方はこの旅行をもって引退する。佐良先輩と過ごせる時間は残り少ない。写真部はもともと小規模で、今回の旅行に参加するのも六人。二年生の女子部員は私だけで、一年生は不参加。

「箱根、たのしみですね」

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短編小説『一等星の彼』

短編小説『一等星の彼』

 最大15000人を収容できる大きなアリーナのステージを、3階席最後列、いわゆる“天井席”と呼ばれる、ステージからもっとも遠い座席から眺める。ここから見える彼は豆粒サイズで、高機能の双眼鏡を使うかメインステージ横のモニターを見なければその表情を確認することはできない。物理的距離は確実に100m以上ある。1階のアリーナ席にいるファンのことは羨ましいけれど、この席に不満はない。わたしは今、彼と同じ空間

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