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Happy Birthday
そのライオンのたてがみは燃えていた。
燃え上がる炎はいつでもライオンにまとわりついた。地面を転がりまわっても、大雨に打たれても、その炎が消えることはなかった。
炎は周囲のすべてを焼き尽くした。草木も、捕獲した動物も、一瞬で黒焦げにしてしまう。ライオンは仕方なく、焦げた黒い塊を食べた。味はしなかった。
あらゆる生き物がライオンを恐れ、離れていった。ライオンはいつでも孤独だったが、そんなことはどうでも良かった。ライオンは喉が渇いてしかたなかった。喉の渇きを潤し、ふかふかの草の上で眠ることがライオンの望みだった。
ある時ライオンの目の前に、一人の人間が姿を現した。その人間は燃えさかるライオンのたてがみを恐れることもなく、ゆっくりと近づいてきた。
それは青年だった。その瞳は吸い込まれそうなほどに青く澄んでいて、白く滑らかな肌は思わず触れてみたくなるほどであった。金色の美しい髪が、草原の風になびいていた。
青年は静かに言った。
「君はもう充分だ。」
目はまっすぐにライオンを見つめている。ライオンはたじろいだ。
「君は幾度もその炎で身を焼かれてきた。もう充分だ。」
青年は表情を変えることなく、静かに、だがはっきりと聞き取れる声でそう言った。悲しんでいるようにも、怒っているようにも見えた。
青年とライオンの距離が縮まる。ライオンの燃えるたてがみの火の粉が青年の服に届いた。青年は見る間に炎に包まれていく。だが青年は身じろぎひとつしない。
美しかった金色の髪はあっという間に焼かれ、滑らかな肌は黒く焦げていく。肉の焼ける匂いが鼻を突いた。
『……君は……もう充分だ…真実を……見る時だ…』
ライオンの炎に焼かれ黒い塊となった、かつて青年だったものがそう言った。
ライオンは腹が立った。焼かれてもなお言葉を発するその喉笛を噛み切ってやろうと、体勢を整えた時だった。黒い塊が何かを差し出した。
手のひらほどの銀色の四角い物を、青年だった黒い塊がひらくと、眩い光が一瞬、ライオンの目を射した。ライオンは思わず目を閉じた。
目を開けると、銀色の四角い物体の中から、こちらを見ている者がいた。
その者の瞳は青く澄んでいて、触りたくなるほど滑らかな白い肌をしている。金色の髪が、草原の風に美しくなびいていた。驚いた表情で、こちらを見つめている。
ライオンはこの時、生まれて初めて、鏡で自分の姿を見た。