「九州のアンダーグラウンド音楽シーン」のごく一部について、私が補足できること

先日Bandcamp Dailyに九州のアンダーグラウンド音楽シーンを取り上げた「Tracing the Pulse of Kyushu’s Underground Music Scene」という記事がアップされ大きな話題となりました。ありがたいことに、長崎の項では私も(親交のあるAkito Tabira、Tetsu Nagasawa、Yutaka Sakamotoと共に)取り上げていただいています。

記事は九州の音楽シーンから、まず中心となるいくつかのヴェニューを見出し、それによって描かれる星座、そこに蓄積された歴史に触れながら、関りのあるミュージシャンを取り上げるといった流れで、そこに記されている存在なり繋がりは九州で活動している身からすればある程度既知なものではあるのですが、これらの情報は外部の方にとっては現状かなり掴み難いものだと思いますし、それこそ県を跨いで、アーティストや音源も示しながら一挙に辿ることができるこういった記事は他にないので、情報の取っ掛かりとしてもアーカイブの一つとしても価値のある記事になっているのではないかと思います。

ただ「九州のアンダーグラウンド音楽シーン」というのはなかなかに広い括りなので、ここに挙げられているヴェニューやアーティストはその極一部、一面であるということは念頭に置いてほしいです。記事の流れを見ていても、ヴェニューを起点に紡いでいったものという理解は一応できるものの、この地方でこれを取り上げるのならばこちらでは彼らを取り上げたほうが自然ではないか?というような、人脈だったり活動領域や音楽性の面でのちぐはぐさを感じてしまう部分もあります。
ただ九州を拠点にインディペンデントな音楽活動をやっていると、例えば何らかの音楽的な方向性で「シーン」と呼べるようなまとまりを形成するというのは、単純に演者やオーディエンスの数の面でなかなか難しく、故にそれぞれに大きく異なる音楽性や思想を持ちながらも近い距離感で活動するといったことが起こりやすいです。なのでこの「ちぐはぐ感」は、外部から「シーン」としてこの地域の蠢きを捉えようとした時に不可避的に生じる率直かつ誠実なものとも捉えられます。

また、主に私の拠点でもある長崎の項については、情報の古さや手薄さを感じるところもありました(もちろんここに載っている情報をまず知っていただけるだけでもとてもありがたいです)。
他にもこの人たちは取り上げるべきだとか、あそこについての情報がないだとかは、特に九州で活動している当事者の方々には挙げればキリがないほど思い浮かぶかと思います。

そこで今回は、記事に取り上げていただいた中でも私がよく知る長崎のごく一部の音楽家について情報の補足を行い、+αで紹介しておきたい九州の音楽家についても書いていきます。Bandcamp Dailyの記事のついでに読んでいただけると幸いです。


長崎のシーンを知るには、古いブログ記事と壊れたURLからバンドVelocityUTのキャリアを追うのが一番だ。 1993年に5人組としてスタートしたバンドは、70年代のノーウェーブ、ジャパニーズ・パンク、ブレイクコアからの影響を吸収し、今でもこの地域で影響力を持つサウンドにたどり着いた。 バンドは現在も活動を続け、彼らのパーティーELECTLOCALは長崎と九州のアンダーグラウンドな音楽とアートのプラットフォームであり続けている。 2015年、創設メンバーの山下大輔は、市郊外にある築100年の古民家を利用した福祉施設「すみれ舎」を立ち上げた。 この場所は2021年には、福岡のアートスペーステトラでも開催されたパンク・ミュージックに関する巡回展の会場のひとつとなった。 最近では、長崎県立美術館や旧香港上海銀行長崎支店記念館のような施設が、実験音楽やジャズの重要な場として機能しており、仏教寺院の円立寺や063FACTORYのような小さなギャラリーでも、時折アンビエント・ミュージックの集会が開催されている。[拙訳]

Tracing the Pulse of Kyushu’s Underground Music Sceneより




・VELOCITYUT

X(旧Twitter):https://x.com/ELECTLOCAL
まずは上の引用でも真っ先に名前が挙げられているVELOCITYUTについて。活動歴が非常に長く、私が知っているのはせいぜいここ6~7年くらいですし、ライブ観たのも数回程度ですが、楽器編成から楽曲の構成、サウンドまで、全てに捻りがあるかなり風変りなパンクバンドです。彼らは(録音は時折行っているようですが)リリースをあまり行わないので、ネット上でも情報は掴み難いと思いますが、つい最近サブスクに音源がアップされたりしてますので今はチェックする絶好の機会かと思います。

あとやはり機会あったら是非ライブを観てほしいバンドです。情報はXのアカウント(https://x.com/ELECTLOCAL)がチェックしやすいかと思います。
それと、メンバーの山下さんが運営されている福祉施設「すみれ舎」についても少し紹介しておきます。ここは福祉施設としての機能に加え、様々な文化を通した交流の場としての活動も非常に活発に行われる場となっていて、特にコロナ禍以前に「菫夜講(スミレヤコフ)」と題して定期的に開催されていたイベント(様々な社会的議題についての講話と、音楽家によるライブによる二部構成)には私も度々足を運び様々な刺激を受けました。現在はあまりアクティブではない状態なのですが、近年の長崎のアンダーグラウンドな音楽シーンを語るうえではその影響は絶対に無視できないです。



・Akito Tabira

X(旧Twitter):https://x.com/aribatotika
Instagram:https://www.instagram.com/akito_tabira/

テクノやハウスのDJを出発点に、トラックメイキング、アンビエント的な音楽性への接近、イベントのオーガナイズ、そして上掲のVELOCITYUYへのサポートメンバーとしての加入など、マイペースながら手広く活動されているTabiraさん。私も結構付き合いが長く、共作EP『Sprout and Phantom - 芽​と​幻』を制作したり、デュオとしてライブをやったりとお世話になっています。Bandcamp Dailyの記事では最新作の『escape scape』が紹介されていて、私としてもこの作品をまずは強く推したいところですが、他に紹介しておかなければならないものとして東京のアンビエント系カセット・レーベル梅レコードからリリースされた『Radio Tower』があります。この作品は長崎県佐世保市の針尾無線塔にTabiraさんと私が遊びに行き、塔の内部で様々な楽器を鳴らしたセッションをベースに制作されています。

更に付け加えたいのが、今年リリースされたVIDEOTAPEMUSIC『Revist』へのリミックス「Nomozaki​(​Akito Tabira Remix)」での参加です。この曲は原曲「Nomozaki」で長崎出身の角銅真実さんのリィーディングがフィーチャーされており、リミックスでもそれが丸々使用されています。あと余談ですがリミックスには私もシュルティボックスの演奏で参加させていただきました。

TabiraさんはSNSなどそれほど積極的には更新されていないのですが、ライブやリリースなどがあればXのアカウント(https://x.com/aribatotika)やインスタ(https://www.instagram.com/akito_tabira/)で告知はされると思うので、その辺りフォローしておくといいんじゃないかと思います。



・Tetsu Nagasawa(長沢哲)

HP:https://www7a.biglobe.ne.jp/~tetsu-ngsw/
X(旧Twitter):https://x.com/tetsu_nagasawa
Instagram:https://www.instagram.com/tetsunagasawa/

福島出身で1990年代から東京で音楽活動を開始し、特に即興演奏の分野で地道な探求を続けられている打楽器奏者の長沢哲さんは、2015年に長崎に移住されて以降は九州での活動がメインとなっています。他者との共演やソロ演奏、楽器の組み合わせや自身のドラムセッティングの在り方、そして会場の音響の具合や当日の天気など周りの環境まで、あらゆることに即興演奏という表現で向かい合う故ライブ活動をとても重視されている方なので、活動歴に比して音源はそれほど多くないですが、Bandcamp Dailyの記事で紹介されているベーシストの阿部真武さんとの共演ライブ録音『Live at Ftarri, April 19, 2023』と合わせてチェックしてほしいのが渾身のドラムソロ作である『a fragment and beyond』です。この作品は長沢さんが長崎に越して来られる直前に、いわばそれまでの東京での演奏活動の区切りとして制作された一枚で、演奏のバリエーションとそこに通底する胸のすくような音色の美しさが素晴らしい音質で捉えれられています(録音はGOK SOUNDにて近藤祥昭さんが担当)。

『a fragment and beyond』はCDのみでのリリースで、現状購入手段は長沢さんのライブ物販で直接購入するなどに限られますが、SNSやHPなどから問い合わせればもしかしたら通販もしてもらえるかもしれません。

長沢さんの演奏の魅力や特徴については書こうとすると文字数がとんでもないことになるのでここでは深くは触れませんが、氏の音楽活動の根幹といえるソロ演奏に関しては、スネアドラムを用いず音程をしっかりと調整されたタムをかなり多く(場合にもよりますが最大でおそらく8つとか)並べた非常に風変りなセッティングで演奏されること、それによる整ったサウンドが空間に光の筋が立ち上がるように伸びる音色というか音の「かたち」の美しさは特筆すべき魅力の一つだと感じています。キャリアや演奏への向き合い方などについてはJazzTokyoでの齊藤聡さんによるインタビューが詳細な内容なので是非ご一読を。

2015年以降の九州での活動では長崎の旧香港上海銀行長崎支店記念館で主にソロ演奏を、そして福岡の箱崎水族館喫茶室や北九州市のDELSOL cafeで他者との共演を継続的に行われています。また年に1、2回は関東や関西でいくつかの会場を巡る演奏ツアーを行われているので、九州以外の方が身近なところでその演奏に触れる機会もきっとあるかと思います。以下のHPのライブスケジュールを是非覗いてみてください。

長崎に移られてからも演奏活動は精力的に行われている一方で、その録音が現状リリースされていないことは近いところで活動している身としても残念なところではありますが、ここについても現在策を練っているところなので、何らかのかたちで成果をお聴きいただく機会があるかもしれません。



・Shuta Hiraki

X(旧Twitter):https://x.com/yorosz
Instagram:https://www.instagram.com/yorosz/

私です。リリースはだいたいこちらにまとめています。

最近新作が出たばかりなので是非ともチェックしてください。

リリース、ライブ予定、執筆などはX、インスタ、そしてこのnoteにでもだいたい告知はしますが、Xが一番よく使ってるのでそこ見てもらうのが早いかと思います。



・Yutaka Sakamoto

HP : https://emusikjp.studio.site/
Instagram : https://www.instagram.com/yukatashb/

長崎県出身、2002年から作曲を始め、2009~2019年は主に実兄であるMakoto Sakamotoとのテクノ・ユニットSub Human Bros.としてベルリンを拠点に精力的に活動されていたYutaka Sakamotoさんは、2019年に帰郷して以降、ソロでS.V.N.S.(Synthetic Virtual Nature Soundscape)を用いた活動やインスタレーションの制作など空間的な表現へと積極的に取り組み、音楽性の面でもアンビエントへの接近など新たな動きを見せ、活動の幅を広げています。制作、ライブ双方でモジュラーシンセを多用されていることから、東京や関西などではそれだけでイベントなどが組めるほど盛り上がっているモジュラーシンセのシーンと通じるものは要素としてはあると思いますし、そういった視点から聴いても楽しい音楽家だと思いますが、他方でYutakaさんはそれを用いて全く他ジャンルの音楽家や(例えばダンサーなどの)アーティストと共演するといったことにも積極的で、その辺りがユニークといえるかもしれません。Bandcamp Dailyの記事には執筆のタイミング上間に合わなかった感じですが、Yutakaさんは10/16に初となるソロアルバム『sch​ö​n』のリリースを控えているので、これを是非ともチェックしていただきたいです。私は帯へテキストを提供させてもらった関係から既に耳を通していますが、Yutakaさんの展示、音楽作品などのどれにおいても感じられる「音作りの精度の高さ」が存分に発揮された、音響的充実感が素晴らしく高いアンビエント作品に仕上がっています。

https://mediummusiclabel.bandcamp.com/album/sch-n

しかもリリースは傑作アンビエント・コンピ『Medium Ambient Collection』で大きな話題を呼んだMasanori Nozawa主宰のMediumから!



他にも長崎には面白いアーティストがいます。なのでここでは私が演奏を観たことがあったり、親交があったりする方々から、追加で何組か紹介したいと思います。

・synergie

X : https://x.com/synergie10
soundcloud
 : https://soundcloud.com/synergie-1

長崎には旧Orbから現Betaへと続くクラブシーンがあり、その中でも継続的に動いているのがFlowerなどのテクノパーティーに関わるDJやミュージシャンたちです(Akito Tabiraさんはこの辺りと関りが深いですし、Yutakaさんも帰郷されてからはまずこの辺りのシーンが活動の基盤になった印象です)。
私はこの辺りのパーティーには数回行った程度なので深い関りはないのですが、その少ない経験で接した中でも、ここで紹介しておきたいのが2014年に活動を開始したAkinobu IwamotoとNaoya MasakiによるライブユニットSynergieです。
彼らが2019年にBetaで披露したライブはAutechreなどのIDMからModern Loveなどの2010年代のインダストリアル~テクノサウンドまで抱合するような見事さで今でも印象に残っています。

また私は現場には行けなかったんですが、同年のMirrorballVillageでのライブはアンビエント色が濃くなっていてこれもめっちゃいいです。


・collerror

Instagram : https://www.instagram.com/collerror/following/

私も詳細は把握できてないんですが、おそらくSynergieの別名義として2020年頃から動いているのがcollerrorです。bandcampにいくつか作品がアップされていて、Synergieに比してアブストラクトな印象が増したサウンドがこれまた非常にかっこいい。それこそIDMというタームを抜けた後のAutechreのライブ音源を想起させる部分も。



・KURAYAMI

X : https://x.com/kura__yami
Youtube : https://www.youtube.com/channel/UC7hsF_5g9LqxJuFzzIBulzQ
note : https://note.com/gatearray/n/n23e3e545a16b

テクノパーティー”秋葉原重工”の役員、Fumiaki Kobayashiによるソロ・プロジェクト。音響プログラミングやライブコーディングといった特殊なソフトウェアと、リズムマシンやガジェットシンセなどのハードウェアを組み合わせて生み出す、抽象的な電子音響やノイズ、インダストリアルなサウンドを特徴とする。電子音響による独創的で幅広い表現を探求し、ライブパフォーマンスやトラック制作を行っている。秋葉原重工の社員(オーディエンス)からは、企業理念を象徴するサウンドと評されており、17年には同パーティ発のレーベルから、初のソロアルバム”Phonocatalyst”をリリースした。

https://note.com/gatearray/n/n23e3e545a16b

その名の通り東京、秋葉原を拠点とするテクノパーティー「秋葉原重工」の役員として活動されているKURAYAMIさんは、2022年5月に長崎県の島原市に移住して来られました。以降は生活基盤や制作環境の整備を進めつつリミックスやコンピレーションへの楽曲提供を行われています。今年の夏には島原市内で引越しをされ、それに伴い自宅スタジオもアップグレードされていて、これからの彼の存在、動向はまず私にとってとても楽しみなのは言わずもがな、長崎や九州の音楽シーンにとっても注目しておいて損はないのではないかと思います。ちなみに先日リリースした私の新作Shuta Hiraki『Lyrisme M​é​t​é​orologique』ではマスタリングを担当してもらっています(素晴らしい仕上がりです!)。
KURAYAMIさんのこれまでの活動でまずチェックしていただきたいのは、やはり2017年に(レーベルとしての)秋葉原重工からリリースされた初ソロアルバム『Phonocatalyst』ですね。それこそEmptysetやDownwardsの中でも実験的な作品が好きって人には強くオススメしたい、インダストリーな音響作品として極上の出来。彼にマスタリングを頼もうと思ったのにはいろいろと理由があるのですが、最大の要因は本作のサウンドが素晴らしかったから、というところです。

本作は既にリリースから7年が経過していることになるのですが、今の耳で聴いても全然音ヤバいなと思えます。そしてそれ故に、拠点や制作環境の変化を経たうえで、いつかこの先のサウンドを聴かせてくれることが楽しみでなりません。



続いて長崎以外の九州の音楽家で、私が補足できたり、追加で紹介しておきたい方々について書いていきます。

・peeq (Yoichi Ichikawa)

X : https://x.com/n_peeq_t
Instagram : https://www.instagram.com/peeqeep/

peeq (Yoichi Ichikawa)さんはBandcamp Dailyでは熊本の項の導入文でNavarroを中心としたこの地のシーンを語る人物として登場し、メンバーとして参加されているK Trioの作品が取り上げられていますが、peeqさん自身のソロ作品や活動については掘り下げられていなかったため、ここに書いておきます。peeqさんは意外と(?)関心や興味の手広い方なので、こういう音楽家と明言するのは難しいのですが、少なくとも継続的に試みられていることの一つとして、私たちが普段慣れ親しんでいる音楽の構造(例えば調律の面では十二平均律、楽曲構造ならヴァース→コーラスや一定のビート、より細かくいえばグリッドに沿った音配置など)の外側で何かしらの音楽語法を構築するというのがあるのではないかと思います。
実際の作品を挙げるなら、ラ・モンテ・ヤングのメソッドを用いて作られた独自の純正律で構成されたドローン作品群(中でも『Sea that has Become Known』と『Sea Of Solaris』はおすすめです)はそういった思考が、非常に整ったかたちで表れた一例と捉えられます。

そして今年、自身も運営に携わられているレーベル「時の崖」から ‘’自分なりのポップアルバム'' という触れ込みでリリースされた『oblique fold』も一見非常に抽象的な音響が飛び交う仕上がりであることから、おそらくは自身が感じる「ポップさ」を何らかのサンプルから一旦取り出し、一般的にはあまり「ポップさ」と結びつかない響きに何かしらの面で適用しているのではないかと想定されます。これをいわゆるポップミュージックの、先に挙げたような音律や楽曲構造の面での自明な特徴以外で、「ポップさ」を成立させている何かしらに目を向けてみるような思考が埋め込まれていると解釈するならば、本作にもまた「慣れ親しんだもの」の外側への希求が嗅ぎ取れるのではないかと。




・fendoap

X : https://x.com/seitokisoukari
Instagram : https://www.instagram.com/y.o.fendoap/
note : https://note.com/ysuie_o

Max/MSPの高度な使い手(Max/MSPウィザード!)として知られ、他にも自作ノイズボックスなどのDIY/ハンドメイドな機器の探索、Volca Drum一機(+Ableton Live)での圧倒的な演奏Ableton Liveのピアノロール画面に動くMIDI絵を描く(?)みたいなある種ハック的な発想の共有など、一気に紹介しきれないほど次々にユニークな活動をされているfendoapさん。Bandcamp DailyではPlain Musicの思考、コンセプトを自らによる64曲もの実例で提示した『Plain Music: Exploring Methods and Concepts』が紹介されていますが、fendoapさんの活動のユニークさは正直「音源を聴く」というだけではカバーしきれない感があるので、様々なアイデア/試行/実作がハイペースでばらまかれる上記のSNSの投稿なども是非チェックしてみていただきたいです。また、Plain Musicについては先に挙げた自らによる宣誓となるアルバムと合わせて、そのコンセプトに興味を示した方々の作をまとめた『Plain Music Compilation』もお聴きいただきたいところです。

Max/MSPの扱いや、DAWに対するハック的な試行の数々など、fendoapさんの活動には技術的な高度さを感じられる方も多いと思いますし、もちろんそこが凄いポイントでもあるのですが、一方で彼の活動には様々な思考やその実践の道筋を、できる限り「誰でもできる」状態で開示し、置いておくこと(フラットな状態?)へのこだわりがあるように感じています。そしてそのある意味両極の試行の、ともすれば相克を生みかねない関係性の中を泳いでいくのが、氏のユニークさの結構大きいポイントなんじゃないかと。一見非常に ''優しい'' または ''柔らかい'' 印象の「Plain Music」のコンセプトも、背後にそのような相克を見ると、また違った見え方があるんじゃないかと。
あと『Plain Music Compilation』についてはまだまだ先がありそうな気がしていて、例えば次の段階としてここに、既にある程度作曲を試みた経験があったり、なんならしっかり音楽家としてキャリアのある方だけでなく、そこに全く初めて足を踏み入れたような方がもっと加わると、コンセプトが真の意味で輝くのではないかと思っています。



・koji itoyama

X : https://x.com/itoyama13
Instagram : https://www.instagram.com/kojiitoyama/
HP : http://kojiitoyama.info/

佐賀や別府を経て現在は福岡を拠点に活動されているkoji itoyamaさん。Bandcamp Dailyの記事では2020年にHidden Vibesから発表されたアルバム『I Know』が取り上げられていますが、itoyamaさんはそれ以降の活躍が更に目覚ましいためここにざっとまとめておきたいと思います。氏の近年の音楽活動においてまず語らなければいけないのは映画音楽への深い関りでしょう。リリースとしての最新作にもあたる近浦啓監督作品「大いなる不在」の劇伴は、そのサウンドの完成度からいってもまずチェックすべき一作かと思います。

またサントラが音楽作品として向き合いにくいと感じられる方には、同じく今年リリースの『受難曲 Passion -Clanio』が大変おすすめできます。先に挙げた『大いなる不在』にもいえることかもしれませんが、itoyamaさんの作品は一聴すると音数はそこまで多くないように聴こえるところ、耳のフォーカスをうまく逃れながら、しかしサウンドの一部としてしっかり機能する音の配置が巧みで、’’音を敷いたり周到に配置することで説得力のある「間」を作り出す'' ことに非常に秀でたものを感じさせます。『受難曲 Passion -Clanio』でもメインとなるオルガンの音の周りに、時にはレイヤーとして沿うように、また時には不規則に漂うように様々な音が配置されていて、ドローンミュージック的といえる構成であることや各楽曲が十分な尺を持っていることも合わさり、そういった作曲家としての特性が観察しやすい作品になっているのではないかと思います。

また、上掲の『受難曲 Passion -Clanio』は現在のところサブスクのみの作品であるようですが、itoyamaさんはこれまでにCDアルバムなども複数リリースされており、2023年の『ecto / region』は自身が設立したSiggi Recordingsからのリリースという渾身の一作。



・Ghark

bandcamp : https://gharklisyun.bandcamp.com/
X : https://x.com/Ghark_
福岡を拠点に、音源制作などをメインに活動されている印象のGharkさん。作品リリースのペースはゆったりで寡作といってもいいかもしれませんが、出された作品をどれも独特な魅力を持っており、特に音像の不思議さはどの作品においても非常に耳を引きます。音楽性としてはアンビエント~エレクトロニカに悪夢的もしくは挑発的なコラージュが入り混じったものといった印象ですが、この「入り混じる」感覚を音像が見事に際立たせているというか。制作の手順や使用機材などとても気になる…。
Gharkさんはちょうど今年の5月に久々の新作『死刑』をリリースされていますが、個人的にはまず2019年のアルバム『METAPHORA ⠍​⠑​⠞​⠁​⠏​⠓​⠕​⠗​⠁』をおすすめしたいです。この作品については奇しくも同じ2019年リリースのmeitei『Komachi』に近しいサウンド、音楽性がsci-fi的世界観を描き出すものとして鳴っているような印象を持ちます。




福岡の音楽シーンについて


九州最大の都市だけあり、福岡にはアンダーグラウンドという風に焦点を絞ってもなお簡単に捉えきれない様々な音楽シーンが混在しています。
私は長崎の人間で福岡に遊びに行くにはそれなりに時間がかかるので、よく遊びに行っていた2010年代中盤~後半辺りに限っても、知っているシーンや音楽家は本当にごく一部でしかありません。しかしながらそこで訪れたり観たりしたあれこれは、私個人は言うまでもなく、これまで挙げてきた、多くは電子音楽やアンビエントに近しい音楽家にとって(例え直接的な関りがなくとも)地盤を作っていてくれた存在として影響があるように感じます。
単純に、私が九州の音楽シーンについて書くにあたって、これらの存在について触れないのは居心地が悪いので、情報は断片的にならざるを得ませんが、書いていきます。


・popmuzik

HP : https://popmuzikrecords.com/

元々はCDやレコードを扱うミュージック・ショップであったpopmuzikは、私が知った2015年頃には既にレーベル運営とイベントオーガナイズに活動を切り替えており、私は主にイベントに伺ったりレーベル作品を聴くなどでいろいろな経験をさせていただきました。アンビエントだったり電子音響などという決して規模の大きくない音楽にとっては、こういった場や運営者がいるというのはとても大きいことで、私が把握しきれていないところまでその影響はあるのではないかと思います。関東や関西にライブや遊びに行った際に、そこで知り合った音楽関係の方から九州の音楽シーンの話の流れでpopmuzikのことを聞かれるなんてのもこれまで度々ありましたし、影響の大きさを感じる次第です。レーベルとしては活動はとてもスローペースで、現在までにリリースは4作のみですが、そのうちの一つであり福岡のアーティストNAKAO Shoのアルバム『The Lost View』はとても美しい逸品なので是非ともチェックしていただきたいです(bandcampでデジタル版買えますが、LPのデザインなどが本当に素晴らしいのでできればフィジカル入手してほしいところ)。



・duenn

X : https://x.com/duennjp

近年はナカコーさんと共に「HARDCORE AMBIENCE」としての企画、活動がメインとなっている感のあるduennさんですが、2010年代にはカセットレーベルduenn labelやライブイベントシリーズ「ex」の開催などで、福岡でかなり存在感のある活動を展開されていました。私も「ex」には何度か伺い、おかげで様々なアクトを観ることができ、感謝が尽きません(特にOvalとTaylor Deupreeを観られたのは大きいです)。いち音楽家としても地道に様々な音楽家と交流を持ちながら活動されていて、bandcampで「duenn」と検索してもらえればわかるのですが、ソロ作だけでなく多彩な音楽家とのデュオ作品が次々に出てくるというのが、その特徴的な在り方をわかりやすく示しているように思います。そんな作品群の中でも最も知られているのはやはり岡田拓郎さんとの『都市計画』でしょうか。

他にもRyo Murakamiさんとの「moire」、satomimagaeさんとの「境界 KYOKAI」なども印象深い作品です。

もちろんソロ作も精力的にリリースされていて、bandcampで聴けるものだとLINEからの『BGM』なんかは最初の一作としていいんじゃないかと。

bandcampにはないんですが、個人的にはソロ作の『A message』という作品が好きでよく聴きました。現在は中古で買うしかないようですが、それほど入手は難しくないと思うので是非探してみてください。



・T.B. (Ozaki Koichi)

X : https://x.com/otonohatb
Instagram : https://www.instagram.com/otonohatb/?__d=1

Keith Flackで長年催されているテクノパーティー「otonoha」の主催であり、長崎のクラブシーンとも交流が深く、福岡だけでなく九州の広い範囲で活動されている印象のT.B.さん。これまで紹介してきたアンビエント寄りのシーンにおいても、Ozaki Koichi名義でそういった傾向の強い作品をリリースされていたり、時にはゲストを招いてライブイベントを企画されたりと少なからぬ関りをもたれています。




・Art Space Tetra

HP : http://www.as-tetra.info/

その名の通りアートスペースとして運営され、展示からライブまでその時々によって大きく異なる表情を見せる場となっているArt Space Tetra。私は興味のあるライブイベントの際に訪れるといった場合がほとんどなので、場としての器の大きさは決して把握し切れていませんが、しかしそれでも印象に残る経験がいくつもあり、福岡を拠点に活動されていてこの場所に所縁も深い中村勇治さん、Shayne Bowdenさんの演奏はこの場を思い出す時にすぐに頭に浮かびます。

バスクラなどの木管楽器での即興演奏をメインにソロやいくつかのユニット/バンドなどで音楽活動をされている中村勇治さんですが、今年突如として電子音楽作品をリリースされています。


Shayneさんは2003年にイベントオーガナイズや作品リリースを行う団体deterraを立ち上げ、継続的に活動されています。上掲の音源もdeterraからのリリース。



・COPYCONTROLL

福岡の音楽シーン(特にロック)において欠かせないライブハウスである「UTERO」。この場所についてはBandcamp Dailyの記事でもごく手短ながら触れられていますし、私は福岡へは電子音楽やジャズを観に行くことが多かったため追記できるようなことはないのですが、UTEROに関わりの深い音楽家であるSCREAMING CAR SHOW(Vo, SamplerのイズミハルナとPanic Smileとしての活動で最もよく知られる吉田肇によるユニット)と建築写真(UTEROにも縁深いSSWイフマサカとマルチ奏者ナカムラユウスケによるユニット)が固定アクトとなりそこに様々なゲストを迎えるかたちで運営されていたイベントシリーズCOPYCONTROLLは、私自身ライブで呼んでいただいたこともあり面白い動きだったと思うためここに記しておきます。UTEROに縁深い音楽家が主導となりながらも、そこではない場所で、そこではあまり演奏している姿が想像できないようなアーティストにも積極的に声をかけるなど、かなり独特な色を持ったイベントだったかと。UTEROという強力な存在感を持つ場に紐づきつつも、そこからこういう風に派生や混交が生まれ得るのが、地方の音楽シーンの面白いところといえるかもしれません。


・freq

九州大学大学院芸術工学研究院にて、准教授でありアーティストでもある(先掲のCOPYCONTROLLに出演されたりもしています)城一裕さんが主導するかたちで年に何度が開催されているイベント「freq」。これまで紹介してきた福岡の音楽シーンの動きの中でも近年の企画の面白さで一際目に留まる存在となっている感があります。

以下は筆者による昨年11月の「freq」のレポートです。

「freq」はPeatixでチケットを販売している(無料なことも多いですが定員があるため申し込みは必要です)ので、開催情報などをこちらをフォローしておくと便利です。


追記

主に九州でDJやオーガナイザーとして精力的に活動され、私よりも何倍も九州の様々な現場を知っているPOLYPICALさんもBandcamp Dailyの記事への応答となる文章をアップされています。こちらにも是非目を通していただければと思います。



以上になります。紹介している音楽家についてはなるだけ最新の情報を載せている一方で、言及しているイベントや場所などについては現在はあまりアクティブではなくどちらかというとアーカイブ的な意味合いとなってしまう情報がそれなりに多くなってしまっているので、「現在」を知るには中途半端な記事かもしれませんが、私に書けるのはこの辺りまでです。
なるだけ慎重に書いたつもりではありますが、事実の誤りや認識違いがあるかもしれません。訂正や疑問などあれば遠慮なくよろしくお願いいたします。

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