私ががんばって自分をよくしてたから、好かれてたわけではなかった
昨夜、これを書いて
「明日は少し自分を許せてるかもしれない」
と書きました。
朝起きて、自分言葉の量や感情の重さに対して
少し肯定してるような自分がいました。
しかし、不安感や過去に感じた寂しさ、
「お母さん、お母さん」と泣き叫ぶ小さな自分を体の中で感じながら。
感情に寄り添っていくと、少しずつ癒されてきたのか
自分が人に嫌な気持ちを与えていたと気づいた
私の言葉と感情。
しかし、
今まで、ずっと仲良くしてくれてる友達のネガティブな面を感じても
「それでも好き」
でいた。
あの子もそう、この子もそう、あの人もそう、この人もそう
と、思い出していました。
あんなに「もう一生友達として交わらないかも」と思っても
「好き。」
次、会えば許してる自分がいる。全然忘れてる自分いる。
あぁなんだ、それでよかったじゃん。
人ってそんなもんじゃん。ネガティブな面を出されても好きじゃん。
と。
「そしたらさ、私の言葉の量と感情の重さ。これでちゃったじゃん。だけど、これも私でさ。それでも好かれるじゃん。てか、好かれてきたんじゃないの??こんな私が出てしまっても。」
と、自分のネガティブだけど、自然に出てしまったエネルギー、それも自分、だけど、愛されてきたじゃないか。
そういえば、20代は、悩んだら、友達にだらだらと、失恋したことや、仕事の愚痴を話してた。
それでも、その友達たちは、今でも繋がりがある。
私の出る言葉の量と重いエネルギーを当時もずっと感じてたと思うのに
それでも、私と繋がってくれてる。
私は、ネガティブなどんな私でも、すでに愛されてきてたね
じゃぁ、これからも愛されていくね
って気づきました。