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なぜAIを信じるのか

𝑡𝑒𝑥𝑡. 養老まにあっくす

 自分語りで恐縮だが、むかし小さな広告代理店に勤めていたことがある。小なりと言えども広告業界の端くれだったわけだ。それで、当時われわれ広告屋を悩ませていた問題は何かというと(それはいまでも同じなのだが)、もう誰も広告なんか見ていない、ということだった。
 私が扱っていた広告は雑誌広告だったが、雑誌というのは基本的に広告収入で成り立っている媒体である。だからあんなにたくさん広告が載っている。ところが、読者は全然広告を見ていない。なぜそれがわかるかというと、反響がないからである。問い合わせの電話すら一本もかかってこない。広告主からそう叱られる。
 なぜ広告は嫌われるのか。それは嘘だからである。自分で作っていたからよく知っている。私が広告制作の仕事でいちばん嫌だったのは、自分が良いと思えないものを、さも良いものであるかのように見せなければならないことだった。これがもっとも精神的に堪えた。だったらどうするか。自分の意見を消すのである。私は電博(=電通と博報堂)の人間は原発に賛成でも反対でもないと思っている。そういう意見は仕事の邪魔になるからである。もし東京電力が脱原発に転換したら、彼らは臆面もなく一八〇度反対のことを言い始めるだろう。それがこの業界の処世術なのである。
 ともかく、広告というのは巧妙な嘘である。嘘だから嫌われる。それでハタと気づいた。なぜAIはこんなに人気があるのか。
 若い人のあいだでMBTI診断というのが流行っている。正式名称を「マイヤーズ=ブリックス・タイプ診断」という。93の質問に答えることで、性格を16タイプに分類する。これ自体はAIではないが、機械的に質問に答えていくだけなので、インターネットで誰でも簡単に診断することができる。昔からこの手の性格診断はあるわけだが、なぜ人気が出るのか。それは、コンピュータつまり計算機が嘘をつかないからである。人間が診断すると、善意か悪意かはともかく、嘘をついている可能性がある。しかし、コンピュータによる診断なら、そのプロセスに嘘が入り込む余地はない。このことにもっと早く気づいていたら、いまごろ私はきっと広告会社で出世していただろう。残念ながら、考える時間が長過ぎた。
 「サイコパス」という近未来アニメがある。AIが高度に発達した社会が舞台になっていて、そこでは政治から日常生活まで、あらゆることが人工知能によって決定され、コントロールされている。当然人々の職業もAIが決める。主人公は御託宣に従って犯罪捜査官になる。自分の一生を大きく左右するかもしれないのに、AIの言うことに「はいわかりました」と従うのか。私はそう鼻で笑ったが、笑いごとではなかった。就活生がAIを使って自分に合った仕事を探す世の中は現実のものになっている。
 AIはときどき間違ったことを言う。これをハルミネーションと言うらしい。しかし、彼らは嘘をついているのではない。AIはただ計算をしているだけで、答えが正しいかなんて知ったことではない。だが、その点にこそAIが信用される理由がある。たとえば、私のところにもよく保険屋の営業が来る。別に保険に入りたくないわけではない。しかし私は世間知らずだから、うっかりするとセールスマンの口車に乗せられて、いりもしない商品を買わされるのではないか。これがAIだったら、そういう心配はいらないのである。
 この半世紀で人間の信用はガタ落ちした。それは身近な例を見てもわかる。私が小さいころ、子供が父親のお使いでタバコを買いに行くのは普通のことだった。タバコ屋もそれをわかっていたから、「偉いね」などと言って売っていたのである。それがだんだん年齢確認が厳しくなって、いまでは私のようなおっさんがコンビニへ行っても、「20歳以上です」というボタンを押さないとお酒やタバコを買うことができない。要するに、人間は嘘をつくからダメだという。最近はどこへ行っても本人確認証を求められる。銀行へ行っても運転免許証を忘れたら手続きができない。たとえ本人だとわかっていてもである。本人が目の前にいるのに本人確認が必要って、それじゃあ本人って誰のことなんだ。それくらい生身の人間は信用されていない。
 人間の人間に対する人間嫌いについてはこれまでにも書いたことがある。しかし、AIへの無条件とも言うべき信頼に対する、この釈然としない気持ちはなんだろう。そう思っていたら、それが氷解する出来事があった。先日の兵庫県知事選挙の結果を巡っては、ネットでもメディアでも大きな波紋を呼んだ。しかし気になったのは、もっともらしいことを述べ立てている人たちのほとんどが、兵庫県に住んだこともなければ、選挙中に兵庫にいたわけでもなさそうだということである。私が探した限り、実際に自分の目や耳で見たり聞いたりしたことをもとに何か書いている人は、たったの一例しか見つけることが出来なかった。みんな誰かが書いた二次情報から、無責任に分析したり論評したりしている。AIがやっているのは、要するにあれと同じである。ネットの海に散らばる膨大な情報から、演算によってそれらしい答えを算出する。その答えが合っているかどうかは関係ない。
 結局AIは、確からしいことは言うが現実と接地していない。AIが藤井聡太に勝っても、将棋について何か知っているわけではない。MBTI診断を星占い程度に楽しむのは勝手である。だが、あなたのMBTIがどのタイプだろうと、それは私の興味を引かない。私が興味あるのは、私が知っている実際のあなたである。ときに嘘をついたり悪いこともしたりする、現実のあなたである。

𝐶𝑜𝑣𝑒𝑟 𝐷𝑒𝑠𝑖𝑔𝑛 𝑏𝑦 𝑦𝑜𝑟𝑜𝑚𝑎𝑛𝑖𝑎𝑥

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養老まにあっくす
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