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ムーン・パルサー

 足を止めた瞬間、ここが“果て”だという絶望に喉首を締め上げられた。
 視界がブラックアウトする。
 ずっとそうだったように、すべてが死に絶えていく。……
 汗、鼓動、呼吸――躰がその機能を総動員して諦観を排出しようとしていた。その律動に便乗するようにして、何とか振り返った。
 今さらのようにその光景に慄然とする。
 降り注ぐ灼熱の陽光、全天に拡がる空虚、どこまでも続く黒白の大地。
 剥き出しの摂理が支配する、月の曠野であった。
 ……そこに、日時計みたいに影を伸ばす一つの立像。
 あの微睡みの一瞬で、もうここまで近づいていたのだ。
 そいつが顔を上向ける。モノクロームに抗うかのような紅い石が煌めいた。
 瞬間、おれは目を覚ました。福音じみた戦慄が躰を駆け抜ける。自然と抜刀し、臨戦態勢を取っていた。
 福音の余波を一息に鎮め、黒い切っ先を敵に据えた。〈アカメ〉はすでに刀を構えていた。――よく観れば、先のコロニー襲撃に際して、一番にこちらの防衛線に切り込んで来たヤツだった。
 二人の兵士の意志が、真空になお完全な静謐をもたらす。
 月でおれたちを生かす死の衣は、わずかな動揺や呼吸の乱れをその沈黙の中に覆い隠してしまう。
 だから、契機きっかけはなかった。
 おれは跳んでいた。
〈アカメ〉は一歩引き、迎撃の構えに移行していた。
 おれは跳ぶ、飛ぶ――月の無関心で優しい重力に身を委ねる。
 そうしながら、己が得物を掻き抱く――その酷薄な虚無が炸裂する瞬間を待ち望む。
 それはきっと敵も同じだった。
 おれは〈アカメ〉が仰のくほど舞い上がった。そこが、臨界点だった。
 敵の刃がほんのわずかに黒く放電した。――刹那、〈アカメ〉は凄まじい速度で天に跳ね上がった。重力圏からの離脱も辞さない鮮烈な一挙。
 ……その時、おれは砂を巻き上げ、着地していた。
 斬られたのは自分の方ではないかという恐怖をねじ伏せ、渾身の力で残心する。
 天を見上げた。
【続く】

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