迷宮に眠るは夢の原盤
五つの頃、父が都市の闇に消えて行ったのは、生まれ変わりの秘儀を求めてのことだった。
「――あんたは何に変わりに来た?剽悍な猟兵?美貌の姫君?それとも才気溢るる貴族様か?」
問いはカンテラの火で照らされた暗渠の煉瓦壁に虚しく反響した。
後方に客人は一人。革装束で全身を覆っている。暗闇をナメくさった連中とは違う。
「願いを口にするのは大事だぜ。場合によっちゃ他人様の魂に押し入るんだ。ちゃんと脳みその中でも答えられるように練習しとかにゃ」
「……おまえの方こそ、どうしてこんな商売を?」革マスク越しに、剣呑な声が発された。
「フフン。――別に選んだわけじゃない」
歩を進めるたび、ゴミや虫の死骸が浮いた下水がゴポゴポと音を立てる。
「必然の道だった。この臭ェ汚水が低い方へ、低い方へと流れて行くようなもんだ。――そして、だからこそおれはこの地の案内人たりうるのさ」
ここを通る度、あれからの人生の崩壊が否応なく想起される。そして、脳髄を断裂するその諦念のクレバスが迷宮の道行きと相同し、おれを導く。……
「さぁ、ついたぜ」
曲がり角に灯りを差し出し、うやうやしい動作で客人を促した。客人が慎重な足取りで前へ出る。
「これが……」客人が灯りを掲げた。
そこには、肉襞の隧道とでも評すべき、冒涜的な孔が広がっていた。
「これこそ暗渠の胎盤にして邪神の子宮。生まれ変わりの秘儀の入り口でござい……」そう言いながら、そっとカンテラの灯りを消した。
「――ッ」
客人が恐るべき俊敏さで振り返った。――気付かれた。だが、こちらが一手先んじる。ブラックジャックを抜き放ち、客人のカンテラを砕く。
火炎が下水に零れ散る――刹那、銀光が閃き、顎を掠めた。
――なるほど。やっぱりか。
濃密な闇の向こう側で、客人は身じろぎ一つしない。おそらく、丁々発止の捌き合いとはいかない。あちらも必殺を狙っているはずだ。
……ボチャ。
下水の淀んだ水面に、波紋が生じた。
【続く】