見出し画像

蝗の王国

 工期は一年、国家を普請せよ。
 無茶な計画だった。だが、それは現実に駆動して、恐ろしい軋みを上げ、夥しい鮮血を滴らせながらも、すでに三か月目を迎えていた。
 また一つ、空の彼方から輸送船が到来したのを見届けると、園村は仮設住宅に入り、瓶ケースを地面に下ろした。
「そら、“戦利品”だ!」
 部下たちが歓声を上げて群がり、すぐにビール瓶を投げ渡していく。
 グラウンド・ゼロの廃墟には無数のドローンや家畜じみた重機が跳梁し、キャットウォークや電線、配管が密林を形成している。ビールは、この建築現場に密かに存在する密航者コミュニティから手に入れたものだった。
 現場の混乱や、上層部の責任の押し付け合い、横行する大小の犯罪の中から、奇妙に析出されるこれら戦利品を手に入れることにかけて、園村ほど目端しが利く者はいなかった。
 その時、外から、息せき切って大石が現れた。
「……園村さん!外にニンマリ氏がいらっしゃっています!」
 ピリッと部下たちの間に緊張が走った。視察の予定は入っていないはずだった。
「――オーケー。大丈夫だ。みんなは愉しんでくれ!」
 園村はビール瓶を掲げると、仮設住宅を出た。
 歩きながら、端末にインストールされた複数の工程管理アプリを並列して確認する。この時間、ニンマリは暫定政府の会議に参加しているはずだった。
 ニンマリは帝国の宣撫官で、作業現場に好意的な態度から、彼女の部下にも慕われている。とはいえ、戦利品が見つかることはまた別の問題だ。
 ニンマリがそんなことを気にする人物ではないことを園村だけは知っている。……その道化じみた仕草やおどけた笑みがまったく外面的なものでしかないことを知るのも、おそらくは園村だけだ。
 あの灼熱の瞬間に園村は立ち合った。思い出すと、今でも背筋が凍る。
「……園村さん」園村は思わず跳び上がった。「こっち、こっちィ」
 煌々とした作業灯の死角の暗闇から、ニンマリがゆっくりと出て来た。
【続く】

いいなと思ったら応援しよう!