弁護士の遺言作成支援業務
かつては数ある業務の一つだった遺言作成が、最近は主要業務の一角を占めるようになっている。それだけ遺言そのものと弁護士に遺言作成を依頼することが普及してきているということだろう。
士業向け遺言作成支援AIソフトが出始めた頃には、遺言作成業務を大量受注して事務員さんに基本作業をお願いすれば効率的に事業化できるのではないかと考えたこともあった。しかし遺言作成の依頼を受ける機会が増えて思うのは、一つ一つの相談や依頼に悩むことが多く、なかなか簡単にはいかないということ。
遺言作成を考えているという相談を受ける。どうしてそう考えたのか、どのような相続をしたいのかヒアリングをする。そうすると遺言作成を相談に来られた方のうち僅かではあるが、「あなたは遺言を作成する必要はありませんよ」と回答するケースがある。考えておられる相続は民法で定められた法定相続分通りであり、相続人間の関係も良好というケースである。
本人が希望されているのだから定型の遺言を作成してお代をいただけば利益率の高い受注となるが、本人にとって不要な商品を売りつけるような真似をすることは弁護士倫理に反する。遺言作成の相談であっても、その相談者にとって本当に遺言作成が必要かどうか見極めるところでまず一定の作業を要するし、悩ましいケースもある。
なお自分は、遺言の相談に来られた方には必ず、遺言を作るなら公正証書遺言にしてくださいと伝えている。自分で作成する自筆証書遺言という方法がある。それを自分で作成する前提で相談に来られる方も少なくはない。世間に流通している情報を参考にしたり、弁護士の助言を得て作成したものなら、形式を外した無効な遺言となる危険は高くないかもしれない。しかしそれでも自分はより確実性を重視して、公証人というプロの法律家に遺言作成を依頼する方法を薦めている。弁護士に依頼した上で公正証書遺言を作成するなら、2種の法律家が作成に関与することになるので、より確実性が上がる。
また公正証書遺言は原本が公証役場に保管されるので紛失の危険がないし、作成後に受領する正本や謄本が失われても、何度でも正本や謄本の発行を受けることが出来るメリットがある。
遺言を作ろうというからには、ある程度の資産があるのが通常だろうから、そこの費用は惜しんで欲しくないと伝えている。
ただしご本人の資産状況によっては、弁護士を省いて、公証役場に直接相談に行って下さいと促すこともある。本人の希望する遺産配分が法定相続分通りではないから遺言作成の必要はある、しかしそれほど複雑な配分ではないから本人が公証人に伝えても十分意図は伝わるし適切な遺言を作成して貰える、そして遺産そのものはそれほど大きくはないというケースの場合限定ではある。
受任すれば下書きや公証人との事前調整を行うので本人にとってもメリットがあるし、自分がいただく弁護士費用はその利便性とサービスに見合ったものだという自負はある。とはいえ、そのサービスを購入しない選択肢もあり得る人にそれを告げないで仕事を受注することは、やはり専門家としては出来ない。
遺言を作成した方が良いか、作成するとして弁護士に頼んだ方が良いか、この2つのチェックを通過したケースについては、ぜひ自分に作成を依頼して下さいということになる。
相談を受けた結果、遺言作成の依頼を受けるのは、①ある程度の資産があり、②法定相続分通りではない遺産配分をしたいというケースになる。最近は②について、相続人以外に資産を承継したいという依頼が増えている。
前述の通り、自分が受任するのは公正証書遺言の作成である。資産内容、親族関係、本人の要望などを聞き取り、ご本人の意思を第一に優先しつつも、弁護士としてベストだと考えられる遺言案を検討する。この段階で生前贈与や生命保険、信託の活用など遺言以外の相続手法も検討する。ご本人が遺言作成の相談に来ていたとしても、その要望の根本部分を把握し、それに応える回答を出すのが専門家の仕事だからだ。
ここでいう「弁護士として」とは、法律の専門家であることに加えて、紛争の予防・解決の専門家としてという意味もある。当初ご本人が言われるままの内容を遺言にしてしまえば、相続人間の紛争を生じさせる或いは激化させかねないこともある。自分が亡くなった後にお子さんたちに苦労させるのは本意ではないでしょう?、であればこうした方が良いと思いますよと助言してこそ、弁護士が遺言作成を引き受ける意味があると自分は考えている。世の中の紛争予防に資することも弁護士の使命だからだ。
とはいえ、ひとつひとつがケースバイケースで、いざ作成に取りかかると悩みはつきない。いったん完成した後に考え直して作り替えることもあるし、複数の案を依頼者に示してご本人に選んで貰うこともある。そうして選んで貰った後にまた別の課題に気付いてそれを説明し、また変更することもある。依頼者にとってのベストを考えて考えて考え抜く作業は、弁護士が受任する全ての案件に共通することではあるが、他の案件と同様、遺言作成ひとつをとっても決して簡単ではない。
自分が遺言作成の依頼を受けたときの大まかな流れは、以下の通り。
1)ご本人からヒアリング
2)遺言案の検討と作成
3)遺言案を本人に説明し了承を得たら、それを公証人に送って事前相談
不動産がある場合は必要に応じて法務局登記官や司法書士にも相談
4)公証人案が返ってきたらご本人にそれを説明
5)公証人案につきご本人の了承を得たら公証役場に行く日の日程調整
6)弁護士が同行して公証役場にて公正証書遺言作成
依頼者から遺言とは別にエンディングノートも書いておいた方がいいですか?という質問を受けることがある。書いておいた方が良いですよと答えている。遺言はあくまで資産の分配方法につき故人の遺志に対し法的効果を持たせるものであり、基本的にその範囲のことを記載するもの。しかし人の日常生活には資産以外のことも様々関わってくるので、亡くなった後に故人の身の回りの始末をする人のことを考えると、柔軟に様々な事柄を記載しておけるエンディングノートは利便性が高いからだ。