弁護士視点からの「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」解説〜第4話

グラミの父親が長兄と次兄に押し切られて著しく不利な贈与合意書にサインさせられる第4話。ヨンウとグラミが親友になったいきさつも、本エピソードで明かされます。

「民法110条によると詐欺や強迫による意思表示は取り消せます」
また出ましたね、法的に正確な表現の台詞。
そして、これまた日本民法と同じ制度です。日本民法では96条ですから、条文の位置まで近いんですね。朝鮮が植民地時代に日本民法の適用を強要された影響のようです。

大阪大学・法曹新職域グランドデザイン
【2007年度 韓国・嶺南大学法科大学校 朴洪圭教授特別講義原稿】
http://legalprofession.law.osaka-u.ac.jp/pdf/event/koria/korea_chapter8.pdf

私たち弁護士は、この冒頭部分のやり取りを観ただけで「証拠は?立証はどうするんだろう?」と気になり始めています。司法の現場において証明こそが難関であり、中でも詐欺や強迫の証明は最も難度が高いものの一つだからです。

「兄さんたちを告訴することになるのか?」
「”告訴”は刑事事件です。この場合は”訴えの提起”です」
これもまた出ましたね、一般人にありがちな言葉の誤りをヨンウが訂正するていで、視聴者に制度を伝えるパターン。

「私はハンバダで14年働いてる」(ミョンソクけっこう若いんですね…)
「そんな私がてこずるのは何だと思う?」「依頼人が既にサインした書類です」
「証拠は?」「欺瞞と強迫の証拠だよ」

別シリーズの記事ですが、司法の世界で「証拠」と言えばテキストなど客観証拠のことであり、テキストの中でも最強なのが契約書などの合意文書であることを以前に書きました。一般にあまり知られていないからこそ書いた記事ですが、それをストーリーの中にきっちり入れ込んでいるところが本作の魅力です。

ミョンソクの温情と機転でヨンウは一時的に弁護士復帰することとなり、舞台は一気に法廷へと飛びます。一段高い証言席に座っているのは、グラミの父親を騙した長兄。

グラミの父親が言われたままの詐言をストレートにヨンウは長兄にぶつけます。長兄はそんなことは言っていないと否定。当たり前ですね。当事者が自分に不利なことを法廷で認めるはずがありません。否定されるのが分かっているのにまっすぐぶつけてしまう稚拙な尋問手法を、我々の業界では「ぬりかべ尋問」などと呼んだりします。壁の厚みを増して相手の証言を固め、自ら不利になってしまう尋問だからです。

焦ったヨンウは「真実を話さないと偽証罪に問われますよ」と長兄を威迫します。追い込まれた未熟な弁護士がつい言ってしまう、日本の法廷でも見かける定番の負けフラグです。
相手の弁護士が突っ込みます。
「当事者の被告に証人の能力はないため、偽証罪には問われません」
そうなんです。証人とは、原告や被告などの当事者ではない、第三者のみがなれる立場です。第三者である証人は、自らが体験した真実を述べる義務を課せられ、意図的にウソを述べた場合は偽証罪に課せられます。真実を述べると宣誓をした証人が法廷でウソを言うことは犯罪です。それに対し訴訟の当事者である原告と被告は、自分の利益を守るために必死になるのは当然なので、本当のことを話すことをそこまでは強制されていません。第三者である証人と異なり、原告と被告が法廷でウソをつくことは犯罪ではないのです。
ここでも韓国法が日本法と同じであることが分かります。
「当事者でもウソをつけば罰金を科せられます」
この罰金のことを「過料」と言います。この点でも両法は共通しているようですね。

「詐欺や強迫による意思表示を証明するためには資料が必要です」
「証拠を持ってくるように」
自分も若いときに法廷で裁判官から似たことを言われた経験があります。
退廷後、ミョンソクが何か証拠はありませんか、目撃者でもいいんですと話しかけます。そこでグラミの両親がひらめきます。あのとき屋根の修理に来ていた村長のジニョクが盗み聴きしていたかもしれないと。村社会で幼馴染みの性格や行動様式まで把握しているウェットな人間関係は如何にもアジア的で、日本で暮らしている我々にもすごくよく分かるところですよね。

結局ジニョクは裏切り、法廷でウソの証言をします。
証言に頼る立証方針の不安定さを見事に表した、弁護士実務のリアルに則したストーリーです。

「証拠のヤツめ!作れたらいいのに」
悔しさのあまり飲み過ぎて酔っ払ったグラミが慟哭します。
”証拠がなければ作りゃいいんだよ”
20数年前、自分がまだ司法修習生の時にある先輩弁護士が言った台詞です。正攻法ではない奇策の類いです。しかしその本意は、証拠がないからといってすぐに諦めるな、依頼者のために何か出来ることがないか考えて考えて考え抜け、それが弁護士の仕事だということにあります。

「請求原因を変更するのですか」
「詐欺や強迫による意思表示の取り消しを維持しつつ民法第556条第1項第1号による取り消しを主位的請求原因として追加します」
この意味を解説し出すとものすごく長くなるので省きますが、やはりここでも用語の使い方が正確なんですよね。しっかり専門家による法律監修を受けていることが見て取れます。

最後にヨンウの決め台詞がバッチリ決まります。
「証拠はありますか?」

裁判における勝ち負けとは証拠の有無のこと。そして証拠にはヒエラルキーがあり、人の記憶や意図に左右される証言の地位は低く、テキストや録画などの客観証拠が上位にあります。第4話ではグラミ父娘のケガとそれを長兄及び次兄の暴力に起因することを証する診断書やカルテが客観証拠となります。
裁判における証拠と立証を、ここまで実際の実務に則して徹底してエンターテイメントとして描いた作品がかつてあったでしょうか?

勇気を出して正式にハンバダへの復帰希望を伝えに来たヨンウ、第3話冒頭では一拍置くだけでミョンソクの執務室に入れるようになっていたのに、ここではまた指を一つ二つと折ってから入室しています。微に入り細に入り、演出の細かさに感動します。


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