弁護士視点からの「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」解説〜第11話
2話連続で重苦しい刑事事件が続いた後、第11話は宝くじの話です。一転してまたヨンウの機転でミラクルを起こす軽やかなストーリーかと思いきや、どっぷり弁護士倫理がメインテーマでした。
オシドリ夫婦が法律相談に訪れます。こういう慎ましい暮らしをしている人たちがどうやってハンバダのような高額フィーの法律事務所に辿り着いたのでしょうか。
ミョンソクが問います。
「当選金を分けるというのは口約束ですか?」
「約束内容と書面に残したり録音したりは?」
「約束の立証が難しいかと」
また本作お約束の立証エンタメ展開ですね。
「3人はどういったお知り合いで?」
これは、何か取っ掛かりになるものがないか、依頼者に有利な情報を探索するための質問です。
「夫のギャンブル仲間です」
”ああ、今回は公序良俗違反の論点か”と弁護士なら思うところです。しかしこの壁をヨンウがどうやって乗り越えるのか、この時点では全く想像がつきません。
約束自体が無効になるとミョンソクが説明し、ヨンウが条文を披露。自然な流れで視聴者に法制度を伝える、いつも通りの展開です。ヨンウによると、公序良俗違反は韓国民法では103条とのこと。日本民法では90条なので、やはり配置が近いようですね。
「(ギャンブルの)掛金で買ってないと言えばいい」「友達と口裏を合わせて」
第5話の解説で、クライアントから虚偽事実を主張して欲しいと依頼された場合の対応を書きました。まあ国境を越えて、弁護士あるあるなんでしょうね。
ここでこの夫婦がハンバダに相談に来られた理由が明らかになります。ミョンソクはこの妻にとって「叔母の友達の知り合いの息子さん」。ミョンソクからすると「母の知り合いのお友達の姪」。これだけ遠くても紹介は紹介なので、大事務所のパートナー弁護士と言えども、ミョンソクがとりあえず相談を受けざるを得なかったのは何となく分かります。かつて大阪の街の小さな案件を、日本を代表する大事務所のミョンソクと似た立場の極めて有能な弁護士と共同で取り組んだときのことを思い出します。
法廷シーンが始まります。本作では初めての女性裁判長です。
被告側代理人弁護士はまず宝くじ配当金を3等分するという約束の存在自体を否定、その上で仮にそんな会話があったとしても軽い冗談であって法的な約束とまで言えないと主張します。論理的に先に来るべき主張(これを主位的と言います)とその次に来るべき主張(予備的と言います)をまるで外堀と内堀のように並べるのは、訴訟における防御の基本です。最終にして最強のカードである公序良俗違反をまだ出さないのは、自分のクライアントが別途刑事訴訟で賭博罪を追及されるリスクを回避ないし最小化させるためでしょう。そのカードを出さないで勝てるなら、それに越したことはありません。また、証拠となる書面やテキストが存在しないことを攻めるのは、王道中の王道です。これも以前に解説しました。
圧倒的に不利なことが分かっていながら他に打つ手もないので用意していた証人が、トンズラしてしまいます。「在留資格のない朝鮮族で送還を恐れているようです」とのこと。なるほど、韓国と中国の間にはこういう課題もあるのですね。
依頼者のシン・イルスが「別の証人を見つけてきます」と宣言。もうここで嫌な予感がしますよね。こういう人は弁護士が虚偽主張に同意してくれないとなれば、証拠を捏造します。
他方、ミョンソクはヨンウに対し、当選金を分配する約束(約定と言います)の法的有効性が争点だから、不法原因給付と不法行為について調べるようにとの指示を出します。不法原因給付は公序良俗違反の逆バージョンみたいなもので、違法な約束に基づいていったん物やお金を相手に渡してしまった人は、あれは違法な約束だからそれを返せとは言えないという原理です。不法行為はその名のとおり、不法な行為で他者に被害を与えた場合に、その損害を賠償する義務を負うという法理です。前者については約定の有効性の限界事例を、後者については約定つまり契約構成で攻めきれなかったときのためのプランBとして不法行為構成を採る余地を探るために、それぞれの判例等を調べておくようにと指示したのではないかと思われます。
第2回期日で、被告代理人が公序良俗違反を主張します。追加の予備的主張でしょう。しかしここまで原告側のアタックが全く成功していないのに、どうしてこのタイミングでこのカードを切ったのでしょうか。事前にヨンウら原告側が少しでも不利な状況を挽回すべく詳細な事実関係の主張を提出して、もはや被告側としては隠しておく意味がなくなったのかもしれません。
ヨンウが引用する最高裁判決は、おそらくミョンソクの指示通り不法原因給付の判例を調べていて見つけたものでしょう。これに被告代理人が金融機関による風俗業者に対する貸付契約が公序良俗違反となった事例で対抗しますが、おそらくこれは合法風俗業者ではなく違法な売春業者のことでしょう。
前話ラストでテ・スミが置いていったパンフを見ながらグァンホが悩んでいます。米国は以前も紹介したテンプル・グランディン博士のように自閉症者であることを公表している成功者もいる国ですから、韓国ナンバーワン法律事務所のテサンがバックアップすると言われたら、父親として悩むのは当然ですよね。
特別なミラクルがあるわけでもなく、裁判所は原告の請求をあっさり認めます。違法な博打場でした約束とはいえ、宝くじの購入は合法なのでその約束自体は違法なものとは言えないし、お金に色はついてないから購入代金が違法に入手したお金とも言えないでしょう。ということでクジラが登場するまでもなく、不法原因給付の壁もやはりあっさり乗り越えてしまいました。1話あたり約70分なのに、この時点でまだ40分強しか経っていない。あれれ?って展開。
お礼に現れたイルスがヨンウに、離婚した場合は宝くじの当選金は財産分与の対象になるかと質問します。メイン事件のついでに他の案件について相談されること自体は、よくあることです。ヨンウは財産分与の対象にはならないと答えます。このあたりの法運用も、日韓は共通しているようですね。
なお、財産分与の対象にならない財産のことを「特有財産」と言います。「特有財産」という言葉は次の食堂シーン、弁護士同士の会話になってから使われます。依頼者との会話では平易な表現に努めますが、弁護士同士なら専門用語で会話した方が正確かつ端的な議論になるので、これまた本作特有の自然な描き方です。
食堂でスヨンから宝くじ事件の依頼者のことかと問われ、守秘義務があるから答えられないと言います。大人数を抱える大事務所では”チャイニーズ・ウォール(万里の長城)”と呼ばれる情報遮断措置を採っていると言われますが、ヨンウとスヨンは同じチーム所属なので、互いに相談や情報交換をしても守秘義務違反にはなりません。仮にそれが守秘義務違反になるとすれば、そもそもお塩君と胡椒ちゃんと醤油弁護士と架空キャラを設定したところで、この3人の中では誰のことを想定しているか明らかなので、義務違反を回避したことにはなりませんね。
「離婚事件も結局証拠の確保が肝なの」とスヨン。そうですね。タンス預金状態にしていた現金を持ち逃げされて財産分与の対象とすることが出来ないなんてのも、まあ割とある話です。
「証拠がなければ判事の同情を誘ったもん勝ちよ」
この点は何とも言えませんね。離婚含む家事事件にはそういう面がなきにしもあらずですが、財産を巡る争点に関してはごく一部の例外を除いて客観証拠の勝負です。
いずれにせよ、醤油弁護士ことヨンウは、胡椒ちゃんことイルスの妻ソン・ウンジに何ら助言は出来ません。一般論の体裁を取った会話とはいえ、既にお塩君ことイルスから離婚に関する相談を受け、弁護士として助言してしまっているからです。ヨンウが自分の良心に従い、ウンジに助言してしまうと、イルスの利益は損なわれます。イルスは離婚に関しても既に1度ヨンウにとってのクライアントになっているので、ヨンウがクライアントであるイルスの利益に反する行動を取ることは利益相反となり、弁護士倫理に反します。イルスが離婚の相談をしてきたことをウンジに話すだけでも、守秘義務違反となってしまいます。
ヨンウは第5話の経験から、自分の良心に反する仕事はしないと決意しましたが、良心に従って弁護士倫理違反の行為を積極的にするかと言えばそれはまた別の話です。自分の良心と弁護士倫理の狭間の、またもや苦しい立場に追い込まれました。
すっかりDV夫になってしまったイルス。
「人というのは金が絡むと変わりますね」
序盤でのイルスのセリフがここで回収されます。いつもながら伏線の張り巡らし方が細かい。
ここでようやくクジラが登場。ヨンウとジュノがわざとらしく、ウンジに聞こえるように例え話をします。まあしかし前述のように、これでは弁護士倫理違反は回避できませんよね。誰がどう聞いたってウンジとイルスの夫婦のことを話しているのだから、実質的にはウンジに対する法的助言であり、利益相反行為です。ヨンウとイルスとの会話内容についても喋っているので、守秘義務違反にもなるでしょう。それが分かっているからヨンウは後の場面で、このときのわざとらしい会話がミョンソクにバレないよう誤魔化しています。
やや脱線しますが、ヨンウがイルスと離婚についての会話をしていなければ、もう少しやりようがあったかもしれません。ヨンウらがイルスから依頼を受けたのは当選金の分配についてであり、ウンジとイルスの離婚は全くの別事件だからです。ただ別件でもあっても弁護士は、以前の案件で知り得た情報をそのかつての依頼者に対して使うことは禁じられているので、本件でもその点が綱渡りになるでしょう。
ミョンソクもイルスから依頼を受けていた前件が「この事件(離婚)と密接に関わるので」と言って、ウンジからの相談を途中で打ち切ってしまいます。代わりに離婚専門の弁護士を紹介すると提案します。
自分はかつて、利益相反の恐れがあり自ら受任することが出来ない場合は、別の弁護士を紹介することも避けていました。別の弁護士を紹介することすらその人に対する助力であり、自分の元あるいは現クライアントに対する利益相反になるという厳格な解釈を採っていたからです。しかしそのやり方を貫いたがため、最悪の結果を招いたことがありました。それ以降、自分が受けられないときは可能な限り他の弁護士を紹介するようにしています。それで懲戒処分を受けるのであれば甘んじて受けよう、今はそう考えています。
パニックに陥ったとき、外部から身体を締め付けることでストレスに対応する方法も、HBOドラマ「テンプル・グランディン」に出てきます。自動ドアが苦手な描写同様、本作はあの米国ドラマを参考にしているのではないかと改めて思いました。が、ジュノがフランスの椅子の話をしたように現在では世界中で共有されている知見だから、自分も思い違いかもしれません。
結局、本話ではヨンウの天才的機転ではなく、イルスの交通事故死という偶発的出来事により相続が発生し、離婚に伴う財産分与もヨンウの弁護士倫理上の問題も解決されてしまいます。第10話までとはかなり様相の異なる力業ストーリーながら、イルスが交通事故を自ら招く人格変容は丁寧に描かれています。本作としては異色ながら、本作のプラットフォームからははみ出していないのが第11話でした。