弁護士視点からの「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」解説〜第5話

新規クライアントであるイファATMのファン・ドゥヨン部長はハンバダの弁護士たち、ミョンソク、ミヌ、ヨンウにライバル会社クムガンATMの製品販売停止を求めます。
ファン・ドゥヨン部長とミヌ、ミョンソクは、兵役の話で盛り上がります。クライアントと共通の話題でアイスブレイクするのは日本の弁護士でもよくあることですが、韓国では兵役経験がその定番なのだろうと思いました。兵役に行っていないヨンウは会話から置いてきぼりです。
女性ビジネスパーソンが男性同士の雑談から事実上押しのけられることは日韓問わず何処でもありそうだけど、本作があえてこの場面を作ったのは、兵役の雑談がこのように機能することが韓国では珍しくないからではないかと想像します。

腹黒策士ことクォン・ミヌがヨンウに対し、ハンバダは1年契約だから生き残りを賭けた競争だと言っています。日本の大手法律事務所でも似たような話は聞きますが、流石に1年契約は聞いたことがありません。現実の弁護士業務に忠実なのが本作なので、きっとこれが韓国大手法律事務所の実際なんだろうと想像しました。
新人弁護士は有期雇用契約なのか、それとも業務委託契約なのか。第3話の最後でヨンウがもともと有給休暇はありませんと言う場面も気になっていたのですが、彼女らとハンバダの契約は労働法の適用がない業務委託契約なのかもしれません。他方で雇用契約を前提とする「無断欠勤」て言葉も使ってて、このあたりはやや偽装請負的な気配を感じます。そこも日本の弁護士業界に似ています。

「債務者代理人、追加資料がありますね」
法廷シーンが始まった冒頭、裁判官の第一声はこの台詞。ここで喜んだ弁護士はきっと僕だけではないでしょう。
当事者の呼び方が「被告」ではなく「債務者」。これでこの手続が訴訟手続ではなく民事保全手続であることが分かります。
法廷ドラマとはいえ、訴訟ではなく保全を正面から取り上げている、しかもちゃんと台詞も翻訳も「債務者」と正しい法律用語を使っている。被告と被告人すら区別できてないドラマや映画に慣らされているだけに、こんな細かいところまで正確に精密に作られていることに嬉しくなってしまうのです。

これに対する債務者クムガン代理人弁護士の台詞、
「イファに実用新案権を取る資格がないことを疎明します」
はい、これも完璧。訴訟では「証明」ですが、民事保全では「疎明」なのです。こんな細かいところまで法律用語が正確。堪りませんね。

本件の争点となっている技術を韓国で最初に導入したのは倒産したリーダース社であったと、クムガン社長。それを疎明することは出来ますかと問う裁判長に対し、クムガン代理人弁護士は、リーダースの製品を探したけど見つけることが出来なかったのだと説明します。
ここから、クムガンの弁護士が社長と入念に打ち合わせし、争点を正確に予想した上でリーダースの製品を見つけることが出来たら強力な武器になると判断し、それを探す努力までした上で審尋当日を迎えたことが分かります。真摯に仕事をする弁護士なら当たり前のことではありますが、こういう台詞の端々に現実の弁護士実務のリアルな反映があるので、われわれ日本の現役弁護士が視聴していてもストレスがないのです。

人の反応から真偽を見極める方法をジュノに試すヨンウ、
「イ・ジュノはウ・ヨンウが好き。本当ですか?」
クライアントが自分の弁護士に嘘をついているときにそれをどうやって見破るのか、そもそもそれを追及すべきなのかという実務アルアルかつ非常に難しい本エピソードのメインテーマを、こうやってラブコメの王道に乗っけてくる本作脚本の超絶技巧。
ところで実際の法廷では使われることがないのに、日本では何故か小槌が裁判を象徴する定番アイテムとなっています。本エピソードでの使われ方を見ると、韓国でも同じなのでしょうか。ジュノとヨンウのラブコメシーンで小槌を使いたい→実際の裁判では使わない→じゃあグラミとヨンウに「あっち向いてホイ」をやらせて自然に登場させよう、という思考で脚本が作られたんじゃないかと想像しました。

元従業員からリーダーズ製品はもうこの世に残っていないと聞き、テーブルの下で密かにガッツポーズをとるミヌ。第1話は因果関係、第2話は損害、第3話は死因第4話は欺罔行為と、裁判弁護士実務の中核である「立証」をエンタメとして視聴者に届ける手法は、第5話でも健在です。

争点となっているATMカセットの開発経緯を確認するべく、ヨンウとジュノがイファ社に乗り込みます。
ヨンウは自身のクライアントを疑っているのであからさまに詰問調になっていますが、弁護士は自分の依頼者の弱点をつぶさに聞き取りその対策を立てるのが仕事なので、実は気をつけていないと詰問調になりがちです。ここではジュノがそのような質問をしている理由を説明してフォローしますが、これも弁護士実務ではよくあることです。ファン・ドゥヨン部長が言います、
「先生はこちらの味方でしょ?」
ああやっぱり韓国の弁護士たちも自分のクライアントからこれ言われるんだな、ここも我々と同じだなと思いました。

「今回は仮処分事件なので用語が独特です。原告ではなく債権者、被告ではなく債権者、証人ではなく参考人です」
言葉の正確性にこだわり、ついつい説明してしまうヨンウのキャラクターを活用して自然な形で法律用語制度を視聴者に届けるのが本作の定番手法とはいえ、法廷シーンの前後にむりやりそのような場面を入れてしまうと、ストーリーが陳腐になってしまいます。あえて離れた場面でこれを入れてくる脚本の妙技に脱帽です。

クライアントに有利だが倫理的に問題ある手法をアドバイスするか否か。多くの弁護士が悩むところだし、そのスタンスは弁護士によって様々です。
「参考人は宣誓をしません。つまり偽証しても罪に問われません」
それまでの動揺とミヌへの競争心や焦りから、ヨンウが一線を超えようとしてしまう流れには説得力があります。

再び審尋の法廷シーン。元舞台俳優で、参考人となったペ・ソンチョル研究開発部チーム長が脚色を付けて、朗々と開発物語をしゃべります。会社での打ち合わせでジュノが「具体的な話であれば信ぴょう性が高まる」と言ってましたが、こういうストーリーの具体的な肉付けが証言の信憑性を高めるのです。
細かいことですが本作、法廷シーンで当事者や関係者が感情的になって発言してしまうと、裁判長がいちいち嗜めて注意します。法廷ものドラマではここからルール無用の討論合戦が始まったりすることが多く、われわれ弁護士は続きを観る意欲を失ってしまいます。こういうところのディティールが、本作は違うんですよね。
クムガン社長はいつも通りのジャンパー姿。社長と言えども決して大きな会社ではなく、技術者からの叩き上げなのかなと想像が膨らみます。感情的に不規則発言をするときの仕草一つ一つにいちいち説得力があり、きっと韓国では名のある俳優さんなのでしょう。ディティールに拘りつつテレビドラマとしての分かりやすさに妥協しないところも、本作の魅力です。

「ウ・ヨンウ弁護士、まだ真実うんぬんですか」
ミヌのこの台詞はある意味、弁護士実務の核心を突いています。
そもそも裁判は、真実を明らかにするための制度ではありません。民事裁判は申し立てをした側の主張に理由があるか否か、刑事裁判は検察官が起訴したとおりの犯罪が成立するかを審理する手続です。その手続において事実の認定が不可欠であるため真実が何であるかも関係はしてきますが、いずれも真実追究そのものが目的ではありません。特に民事訴訟では、原告がAという主張をし、被告がBという反論をして、裁判官がCが真実であると思っても、裁判官はCという判決を書くことは法律上許されていません。真実がなんであれ、裁判官は原告のAという主張が通るかどうかだけ判断することを民事訴訟法で義務づけられているのです。
ですから弁護士は、自分の依頼者に不利な事実は裁判の場には出しません。その結果、真実が明らかにならなくても関係ありません。弁護士が倫理上負っている第一の責務は自分の依頼者の利益を守ることであり、真実を世に明らかにすることではないからです。
では、依頼者の利益になるからと積極的に虚偽の主張をして良いかと言えば、これはまた話が違います。依頼者に不利な事実を出すべき責務はないにせよ、虚偽を主張する権利まではありません。この限りでは弁護士の言動も、真実による制約を受けます。
クライアントから虚偽であることを告げた上で、それを主張してくれと頼まれることもあります。事実と異なる虚偽主張はどこか穴があるものだし、今は気付いていないだけで将来的にボロが出る可能性があるので、虚偽主張にならない代替案を提示することで自分はクライアントの納得を得てきています。
自分の弁護士に嘘をつく人たちもいます。
「依頼者に騙されるのも弁護士の仕事のうち」
自分は師匠にそう教えられました。人間誰しも人に言いにくいことはあるものです。弁護士相手にだけは何でも本当のことを喋れというのは、酷なときもあります。前述のように説得力のない主張だとかえって本人の不利益になったりするので、必要な質問と聞き取りはします。弁護士が本人を信じて一生懸命やっていれば、「先生、実は〜」と話してくれることもあります。
問題は、この第5話のように、クライアントが最初から弁護士を利用するつもりで近付いてくるときです。

辛く重苦しいシーンに続くのは、本作を代表するあの名場面です。
あだ名を自分にも付けてと言うスヨンにヨンウは言います。
「あなたは、春の日差しみたい」
「あなたは明るくて温かくて思いやりにあふれた人なの。春の日差し チェ・スヨン」
オリジナルは”봄날의 햇살 같아”だそうです。この圧倒的な言葉の力の前では、法律解説なんてどうでも良くなります。

「ただ今より事件番号2022カ合1547知識財産権侵害禁止仮処分の異議について検証を始めます」
事件番号の付け方も日本とほぼ同じなんですね。これもやはり植民地時代の名残でしょうか。ただ日本の場合は頭の「2022」の部分が「令和5年」等の年号です。日本の植民地支配からの独立を果たした韓国が日本の年号を使っていないのは当たり前ですが、日本司法も不便な年号を使い続けるのをもう止めて欲しいです。

リーダース社製品が発見されたことで、クムガンの逆転がほぼ確定します。自分はこの場面で、ヨンウは助かったなと思いました。
クライアントの言ってることは明らかに怪しい。けど、それが嘘だという証拠はない。違和感があっても雇われ弁護士には仕事を断る権限はないし、たとえ権限があったとしても断るだけの根拠もない。そうすると弁護士はクライアントの利益のために邁進さぜるを得ない。その結果、相手企業に壊滅的打撃を与えてしまった。このまま行けば倒産するかもしれない。依頼者の利益と弁護士倫理、さらに自分の良心との間で板挟みになり、その葛藤のプレッシャーは最高潮に達します。
ところが裁判手続で逆転されたため、何ら努力を要することなく、その苦境から脱することが出来たのです。

しかしヨンウは「私は気付いていたように思います」と自分を責めます。気付いていたのに制止せず、法と自分を都合良く利用することをクライアントに許してしまった。自分の良心とは相容れない目的のために利用されてしまった。再び同じ過ちを繰り返さないために、ヨンウはクムガン社長からの手紙を弁護士倫理綱領が飾られた額の裏に貼り付けます。
第1話から第4話までは、多様なケースを扱いながらも、要は優れた弁護士がその技術と能力を駆使して苦境を打開し、視聴者にカタルシスを提供する物語。ところがこの第5話は完全に様相が違います。
自分はこの第5話こそが、本作シーズン1前半の白眉だと思います。

最後に日本法ではありますが、弁護士法第1条を引用しておきます。
第一条(弁護士の使命)
1.弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。
2.弁護士は、前項の使命に基き、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない。

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