弁護士視点からの「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」解説〜第1話
どの分野でもそうだと思いますが、業界ものドラマは実際にその業界の人には評判良くないのが常だと思います。弁護士ドラマもその例に漏れません。
しかし昨年、同業者たちが熱烈に支持するドラマが突如現れました。韓国ドラマ「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」がそれでした。
日本の弁護士たちがこの韓国ドラマにハマったのは、その弁護士実務の描き方がかつてないほど精巧でリアルだったからだと思います。もちろんテレビドラマ特有の誇張は本作にもあるのですが、しかし実際に事件を取り扱っている弁護士に丹念に取材をした上でなければ絶対に描けない場面や表現が、そこら中に散りばめられているのです。
それに加えて自分が本作にハマった理由は、主人公ヨンウがその天才性ゆえに気付いた思いついたように表現されている機転が、実はクライアントに徹底して寄り添った弁護士なら古今東西を問わず、必ずその思考に行きつく普遍的なものとなっていることです。そのための伏線もエピソード前半に必ず提示されています。つまり、「特殊」な弁護士が活躍する物語でありながら、弁護士業務の普遍的かつ核心的な部分を毎回描いていたドラマなのです。
各エピソードを視聴するたびに毎回感動して、その解説をSNS等で発信したいという欲に駆られました。が、それはどうしてもネタバレを伴うので、ブーム真っ最中は自粛しました。そういやウヨンウのネタも殆どSNSに上がって来ないほど沈静化してるな、今ならネタバレ解説しても大丈夫なんじゃないかと先日ふと思い立ち、このシリーズを書くことにした次第です。
さて早速、第1話の解説です。
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久しぶりに視聴すると、オープニングソングを聴くだけで気分が高揚して来ます。テレビドラマでこんな感覚になるのは「ビッグバンセオリー」以来です。
第1話の冒頭、お父さんが就職祝いにと用意してあげたスーツのタグを切ってあることや、お父さんの表情別顔写真にそれぞれが喜怒哀楽どのような感情を示すものかを書いてある表情一覧表など、自閉症者特有の暮らしを示すものが多数描かれているのに、それらをわざわざ言葉で解説しないところから、もう既に良質のドラマであることを感じさせます。
さて本題です。直属の上司となったチョン・ミョンソク弁護士から殺人未遂事件の刑事弁護を任されたヨンウは、被告人の気の毒な状況と経緯(これを司法用語で情状といいます)を強調して執行猶予判決を取れと指示されます。しかしヨンウはいきなり空気を読まずこれと異なる方針、傷害罪判決獲得を目指すプランをミョンソクにぶつけます。序盤ながらここは胸を打つシーンです。
というのも自分にはミョンソクの思考がよく分かります。被告人が気の毒だという感覚は、人としても弁護士としても持っています。だからこそ殺人容疑でありながら確実に執行猶予を取ってあげたいと考える。しかしながらプロボノつまり慈善事業である公益刑事弁護活動は、自営業者であり営利事業者である弁護士に何らの金銭的利益ももたらしません。被告人自身が容疑を否認している分かりやすい無罪主張事件でもないので、無意識に効率の良い弁護活動に誘引されて思考が狭まります。視野が狭くなり、刑事から民事まであらゆる法分野に通じているはずの弁護士でありながら、情状刑事弁護の枠に自らはまり込んでしまうのです。自分も思い当たる経験があり、視聴しながら胸が痛みます。
そこを超人的な記憶力を有しているという設定のヨンウが、新人でありながら殺人未遂で有罪判決を受けてしまうと、民法の規定によりたとえ執行猶予であったとしても被告人は夫の財産を相続する権利を失い、将来的に困窮することに気付くというストーリーはとても自然で、素晴らしい展開だと思います。
さらに素晴らしいのは、ミョンソクを新人からの指摘を受け入れられない狭隘な人柄にするのではなく、その場で自分の過ちを認められるキャラ設定にしているところです。ドラマ展開としてスピード感がある上に、彼が自分のプライドよりもクライアントの利益を優先させる弁護士魂をしっかり持った人であることが描かれています。加えてこの場面で、ミョンソクがヨンウを「普通の弁護士」でないと言ってしまったことを直ちに気付き謝罪することで、彼が弁護士としても人としても誠実であることが強調されており、その後の展開への期待も膨らみます。
ヨンウの初法廷。傍聴に来てるお父さんと気持ちがシンクロしてドキドキします。第2回期日、ミョンソクの発案で被害者である被告人の夫を証人として召喚します。弁護士は、自分が机上で考えたことを証人にそのまま喋らせようとしてしまいがちです。あえて夫を法廷で暴れさせ、短期で傍若無人な人格であることをそのまま裁判官の前で顕出させる手法を思いつくところで、ミョンソクが非凡な弁護士であることが分かります。ただし、部下であるヨンウにすらその方針を隠し、だまし討ちのようなやり方で強行するのはいただけませんね。
クライアントのためと思って遂行したことが、逆にクライアントに予想外のダメージを与えてしまう結果となる。これはもう立ち直れないくらい落ち込みます。「うまくやりたいと思うばかり、欲張りすぎました」。自分も身に覚えがあるので、ヨンウの台詞が突き刺さります。ただよく考えると、この戦術はミョンソクが考案してヨンウに知らせずに実行したものだから、ヨンウに責任を問うのは酷ですね。
第1話のクライマックス逆転劇のタネは非常に分かりやすく伏線として登場していたので、被告人の硬膜下出血が外傷性ではなく元来の疾患性由来であることを証明して殺人罪の無罪を勝ち取るのであろうことは、見る人が見れば前半で気付くストーリーでした。医療事故や交通事故、過労死など事故系事件にある程度経験ある弁護士なら誰もが気付いていただろうと思います。
担当医に対するヨンウの尋問は、ドラマとして分かりやすくするためにやや稚拙で、しかし敵性証人から「はい」という回答をひたすら引き出す基本はギリギリ守っており、何度見てもヒヤヒヤする場面です。
この段階で追加の書証(書面の証拠)を提出することが韓国刑事訴訟法で許されているかどうかはやや疑問ですが、いちかばちかの反対尋問に賭けるのではなく、3人分もの医師意見書を事前に用意していたところは、クライアントのために全力を尽くす弁護士の姿としてとてもリアルだと感じました。
ヨンウの決めゼリフ
「だとすれば被告人の傷害と被害者の死亡には因果関係がありません」
周辺的な部分はドラマ特有の誇張があっても、一番大事なところは法的に正確な表現を使っている点が、この作品の魅力的なところです。
ヨンウが判決の結果を、オフィスでカン・ジュノから報告を受ける場面はやや疑問です。韓国法のことは全く知らないのですが、他のエピソードを見る限り韓国の法制度は日本のそれと似ているところがとても多いので、刑事訴訟で弁護人の出廷なしに判決が言い渡されるようには思えないのです。
(追記:判決言い渡し時に弁護人が同席していないことは、韓国の刑事訴訟ではよくあることのようです)
韓国の国民参与裁判のことは、この作品で初めて知りました。日本の裁判員制度や米国の陪審制と比較して色々思うところがあったので、それはまた別エピソードのときに書くつもりです。
被告人であったチェ・ヨンナンがお礼に訪れ、思わずヨンウを抱きしめるシーン。自閉症者であるヨンウが自分の体を他人に触れられるのが苦手なことを前半で示しつつ、ここでそれを我慢できるようになる様子を分かりやすく、しかし余計な解説などなく描いているところもまた自分が本作を愛する所以の一つです。
ちなみに僕自身の初公判は、殺人既遂事件でした。