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途上国ベンチャーで働いてみた:マーケティングと事業ライセンスの壁(通算20日目)

2019年7月、ようやく現場で行われている業務内容がつかめてきた。

「バングラ人向けの健康診断サービス」

この事業のために、8名ほどの医師、臨床検査技師(受付その他チームマネジメントの役割含む)、放射線技師、が健診センターに常駐。
また、臨床検査室にも専門の臨床検査技師が4名いた。
その他、マーケティング(市内外の薬局、フィットネス/サロン、Uber)やコールセンター(FBマーケ含む)の担当が合わせて8名ほどいた。

皆それぞれ真面目に、家族的な関係性の中で楽しそうに働いていたが、前回の投稿で書いたように各部門の実態を数値化してみると、業績は停滞していた。マーケティング担当がルーティン営業で薬局、フィットネス/サロン、Uberを回っていたが、目立った顧客獲得には至っておらず、新たな打ち手を考えられずに閉塞感を持て余していた。

日本人に対する大げさな程の好感と信頼感は、世界中を見てもバングラほど高い国などないのではないかと思う。
それほどのアドバンテージがありながら、なぜユーザーが増えないのか?
考えられる理由はいろいろあった。

1.ターゲティングができていない
獲得したいユーザーは誰なのか、という視点よりも、いま利用してくれている顧客がどのような人か=誰に刺さっているのか、という視点で分析を試みていた。しかし、”日本人によるサービスと聞いて信頼できると思った”、”(その割に)安い”という声以外に、これといったフィードバックは得られずにいた。逆に、"日本人によるサービスと聞いてもっと立派な施設設備を期待していた""もっと良い機材を使うべき"といった声も見られた。

調べていくうちに、信頼できるサービスを受けたい、というニーズは誰しも持っているが、お金を払ってでもよりリッチな顧客体験を求める層と、少しでも安くサービスを受けたい層の間に大きな隔たりがあり、自分たちのサービスがそのどちらにも刺さっていないことが浮き彫りになってきた。
お金を払ってでもよりリッチな顧客体験を求める層は、市内中心部の大きな民間病院で相応のサービスを受けることができており、それでさえも待ち時間の長さ、一人あたり問診時間の短さ、そして医師の知識技術レベルへの不信感をもち、タイやシンガポールにわざわざ健診を受けに行く程であった。
そのような層にとって、我々の安すぎる価格提示は信頼性を損ねており、逆に安価を求める層にとってはまだまだ高い価格設定だったのだ。

施設設備にお金をかける、という発想は、初めから事業のコアをそこに定めていない限りベンチャーにとっては難しい決断である。また、施設設備への投資で勝負できる競合の病院や検査センターはダッカ市内に既に複数存在していた。彼らと正面から競う覚悟は持てず、いずれオンラインサービスへ軸足を移す予定、施設サービスはあくまでも仮事業、というスタンスでいたことが変革への大きな足枷となった。逆に、オンラインサービスにコアを置くつもりなら、始めから施設サービスを提供している事業者と資本業務提携を模索するという手もあったように思う。自らの事業コアをどう定義するか、ということの重要さを学んだ。

2.健康診断の認知度不足
日本では年に一度、企業ないし学校で健診が義務化されているため、若いうちから意識しなくても当たり前のものとして存在する健康診断だが、バングラでは比較的富裕層が自費で受診する、またはNGOが無償/安価で農村部で提供するものであり、都市部の中流層が定期的に受けるサービスとしては未だ拡がっていなかった(民間保険サービスも同様)。都市部の中流層を獲得したいのであれば、健康診断の重要性に対する意識喚起と、リッチな顧客体験の提供をセットで行う必要があった。
いくつか方策はあると思うが、健康診断に拘るのであればいずれにしても一定の設備投資をする覚悟と、富裕層を意識したサービス開発をする意思決定が必要だったように思う。そして、実はとても重要だったであろうことは、顧客体験の質をあげることに注力するための人的・時間的リソースを確保すべきであったことだ(とはいえ、採用の難しさはまた別の機会に...)。

3.事業ライセンスの壁
なにより障害となったのは、外資企業が事業運営を行う上での事業ライセンスが取れていないという事実だった。取れていない=今後も取れる可能性が無い、ということなのか、取るのに時間がかかる、ということなのかが曖昧なまま月日が過ぎており、現地の個人事業主によるサポートの下で事業を継続していたものの、公に日本人がマネジメントしていることを透明性をもって伝えることができないことは、マーケティングにおいて大きな障壁となった。

途上国ビジネスにおける壁は、行政許認可を得るまでの明確な手続規程が無い、ないしはあっても守られず属人的に運用されており、人間関係とお金によってのみ物事が進むところである。特に外資企業は目を付けられやすいため、下手をすると理不尽な理由で許認可を得られないこともあり得る。
とにもかくにも、一つ一つの手続きに落とし穴が数多く存在し、それぞれに合理的な理由というものを求めるだけ無駄な世界だということを痛いほど感じた。

2年が経ったいま振り返れば、始めから正規のアプローチを諦めずに進めておけばよかった、お金に糸目をつけず、事業基盤を固めるために必要な支出や投資は最初に思いきるべきだった、と思えるが、当時の私にはそういった土地勘やリスクを負いましょうと進言できる自信もなく、自身の存在さえうやむやにしながらなんとも歯切れの悪いマーケティングがなされている状況を変えられずにいた。

もう一つ、日本人によるマネジメントという推しポイントを大々的に広告できなかった理由は、2016年に起きた邦人殺害事件に対する恐怖心が尾を引いていたからでもある。日本人が存在していることを公に知られることで、テロのターゲットにされるのではないか、という不安を、バングラに長年暮らしてきた現地CEOでさえ抱いていたことは、営業・マーケティング方針を定める上で悩ましい課題であった。

そんな中、それまで健診センター&オフィスを置いていたダッカ市郊外から、より多くの中流~富裕層が住まう市内中心部へとオフィス移転兼新店舗オープンを実施することが決まった。

(続)

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