【愛しの女子たちへ】『めぐりあえた人たち』 ②「情熱の人―細川佳代子」
1964年10月10日、東京オリンピック開会の日のあの快晴の青空をよく覚えている。あれから57年、先日、2020年東京オリンピック・パラリンピックが行われた。
私はオリンピック・パラリンピックだけでなくスペシャルオリンピックスのことを忘れないでほしいと思う。
えっ、スペシャルオリンピックスって何か知らない? うーん、そうかも。私も細川佳代子さん(※1)に出会うまでスペシャルオリンピックスのこと知らなかったもの。
これは知的発達障害のある人の自立や社会参加を目的として、日常的なスポーツプログラムや成果の発表の場として競技会を提供する国際的なスポーツ組織のこと。
これを細川佳代子さん流に説明すると…。
彼女は当時、夫の細川護熙氏が熊本県知事で、熊本に住んでいて、ある日、朝刊を開いたら「熊本に住んでいるともこちゃんという8歳の女の子が世界大会で体操の演技で銀メダルをとったという記事があったのね。すごい、たった8歳の女の子がってびっくりして」
そうしたら、ちょうどその直後に、そのともこちゃんを指導した先生の話を聞く機会があった。
「ともこちゃんは知的障害の上、耳が聞こえない。そこで音楽が鳴ってもわからないから、先生が手を下ろすのを合図に演技をスタートすることになっていたのが、アメリカの世界大会の会場では、ともこちゃんからは先生が見えなかった。だから、音楽が始まってもずっと床の端でともこちゃんは立ったまま。それに気づいた観客の人たちが足で床を踏み鳴らし、手を振り下ろし、必死でともこちゃんに合図した。やっとともこちゃんが先生を見つけて演技を始めたけど、既に曲は終了。予選失格。ところがスペシャルオリンピックスのすごいところは、最下位同士の決勝にともこちゃんを入れてくれ、そして決勝で銀メダルをとれたの」
誰が一番速いか上手いかよりも、それぞれの能力の場でベストを尽くす。だから誰もが入賞できる。少しずつ能力を伸ばしていき、自信を持つ。スペシャルオリンピックスと複数を示すS(ス)がついているのは、日常的にスポーツをし発表するからで、それをサポートするボランティアもいるというわけです。
このともこちゃんに感動した細川佳代子さんは、さっそくスペシャルオリンピックス熊本を立ち上げるのです。そして、各地にボランティアを組織し、知的障害の人たちのスポーツ振興を促し、2005年には冬季スペシャルオリンピックス世界大会の長野招致まで実現させるのです。
それだけでなく、彼女は「able(※2)」、「believe(※3)」など、知的発達障害への認知度を高めるための映画もプロデュース。
ワクチン不足で年に4,000人もの子どもたちが世界で死亡していることを何とか防ぎたいと「世界の子どもにワクチンを」の運動も彼女は続けていて、毎年ミャンマーへワクチンを届けてもいます。
「やっぱり知事夫人だったり総理夫人だったりして、時間もお金もあるからできるのよね」
そういう人がいます。私も最初はそう思っていた!
「知的障害の人への差別をなくしましょう、世界中の子どもたちを病気から救いましょう」といくら理想論を唱えたって、人は資金を出してくれない。支援の輪は広がらない。
佳代子さんは、どこにでも飛んでいき、人に会い、説得し資金組織づくりに奔走してきたんです。
「細川家18代のお殿様の奥様なんだからもっと優雅にのんびり暮らせるでしょうに」と、ある時失礼にも聞いてみました。
「何言ってるのよ、円さん。私が細川と結婚した時は、最初の選挙で落選した時で、私は以後ずっと熊本県内をお正月でもまわり続けたのよ」
行く先々でお酒を注がれる。飲んだ盃になみなみと注がれたのを見ると、他人の口から出た食物のカスが入っていたりする。
「えっ、それでも?」
「当然よ、飲まないで返すなんてできないのよ」
殿の美しい若い夫人を、有権者はけっこういじめたんじゃないかな。候補者に対する有権者のパワハラみたいなものだと思うけど、佳代子さんは夫を勝たせるために頑張ったんだねえ。
それにしても、結婚前には海外で営業活動していたような自立した女性。じっとなんてしていられないんでしょうね。差別をなくすことや社会を変えることに情熱を傾けるのは当然のこと。
私は時々、へこたれそうになる時、佳代子さんの情熱と行動力を思い起こすんです。すると元気が湧いてくる。
そう、佳代子さんって、ともこちゃんのように元気をくれる不思議な人なんです。
<脚注>
※1 細川佳代子(1942年 – )
神奈川県藤沢市出身。元内閣総理大臣細川護熙夫人。1966年上智大学英文科卒業。卒業後、日本企業の欧州駐在員として勤務。71年細川護煕氏と結婚し一男二女の母となる。認定NPO法人スペシャルオリンピックス日本名誉会長。女性のための政治スクール名誉校長。
※2 able
アメリカのアリゾナに住むキャサリンとマーク夫妻が知的発達障がいのある日本の青年2人をホストファミリーとして受け入れ、ともに過ごした数ヶ月の日常を追ったヒューマン・ドキュメンタリー作品。監督・製作:小栗 謙一 製作総指揮:細川 佳代子
※3 believe
知的発達障がいのある男女9人が、2005年2月に長野で開催されたスペシャルオリンピックス冬季世界大会を取材する姿を追ったドキュメンタリー。監督・製作:小栗 謙一 製作総指揮:細川 佳代子