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そのときわたしたちは-その12
なんと4年ぶり!に息子の部屋に入れてもらった。
入学してすぐの頃に行ったきり、絶対に入室を許可してくれなかった禁断の部屋。一体どんなことになっているのかと思ったら。
ものすごく散らかった男子の部屋だった。
入り口に積まれた段ボール。廊下とキッチンに乱雑に置かれた買い置きの日用品や食料。部屋干しの洗濯物。
そして息子の趣味のものがいっぱいの部屋。
どうしてパソコンが3台も4台もあるの?これは電子バイオリン?エレキギターも?キーボードもバイオリンもアコースティックギターもあるのに。
まあ全部息子が稼いだお金で買ったものだから別にいい。ただ。
ポストが広告でいっぱいだったので、全部開けさせたら間から出てきた年金の督促状の山!
学生支払い免除の申請が途中で切れていたようで、広告督促広告督促広告。。と何枚も入っていた。
他のことはいいけれど、郵便物は毎日きちんと確認しなさいって言ってるでしょう?!
あー今日は怒りたくないのに。こんなに大きくなっても大事な時に怒らせるのか君は。
みんなで手分けして広告の山から郵便物を探し出し、チェックした。他は全部DMでよかった。
でもこれからは長女の大学のお知らせも息子のところに行くので、再度郵便をこまめに確認することをお願いした。
なぜか長女の大学は、国内に住所がある人でないと保証人になれないと言う。海外にいる親ではダメなのだ。それで息子が長女の保証人になると言うおかしなことになってしまっている。学費の振り込み用紙も息子のところに届くので、支払ってもらわないといけない。口座引き落としにはしてくれないという不自由なシステム。
就職活動も始まるし、きちんと確認して対応しないと。
部屋を改めて見渡すと、家を出るときに持たせたものも残っていてなんだかホッとした。まだ自分の子供でいてくれているような不思議な感覚。
息子の部屋にいる間に、子供たちに今後のことを説明した。ビザの発行が一時停止されること、航空便が次々とキャンセルになっていること。この状態は当分、多分1年か2年続くこと。その間私たちはおそらく日本に戻れないこと。。
「とにかく体に気をつけて。手洗いうがいマスク必須。体調に異常があったら早めに病院に行くこと。不必要な外出は控えて、食料や生活用品は出来るだけ買いだめするように。あと、テレビの情報を全て鵜呑みにしないで。」
息子がわかっているという風に頷いた。
「うん、海外のメディアや大学が発信しているニュースやレポートも見てるから、それと照らし合わせてる」
娘は実際に外出禁止を体験しているから、じっと考え込んでいた。いつになく真剣な顔で。
「お母さんと次女ちゃんは明後日帰らないといけないから、くれぐれもよろしくね。二人で連絡を取り合って助け合って。次はいつ会えるかわからないけど、連絡はちょうだいね。心配しているし待っているから。できるだけのことはするからね。」言っても言っても足りない気がして仕方がなかった。最後に、私が持ってきておいた不織布マスクの残りと縫った布マスクを二人に渡した。小瓶に小分けして持ち込んだ消毒液も。
なんの足しにもならないかもしれないけど、よかったら使って。マスク無しで出歩くよりマシでしょう。
二人ともありがとうと言って受け取ってくれた。それだけで満足だった。
預けておいた長女の荷物を持って、息子が駅まで送ってくれた。改札に入る前に、思いっきり抱きしめた。本当に本当に気をつけてね。コロナなんて気にせず働け、とか言われたらバイトもやめなさいね。学校でもきちんと手洗いうがいして。毎日熱測ってね。
うんうんと言いながら息子はずっと抱きしめられてくれていた。ガリガリの体は昔からだけれど、ウィルスを寄せ付けそうで心配で心配で、まいにちお肉食べなさい、仕送り増やしてあげるから、と言うと、お肉くらい自分のバイト代で食べられますと笑った。横で長女が、だったらその分私の仕送り増やしてー、とチャチャを入れる。次女がお母さん泣いてるの?と聞いた。
うん、泣いてるよ。息子くんが大好きだから、お別れの時はいつも泣いちゃう。と答えると、お母さんには私がいるでしょ?世界の宝ちゃんが。と笑った。
次女が赤ちゃんの時からの呼び名。世界の宝ちゃん。
そうだね、世界で一番かっこいい21歳も、世界で一番かわいい18歳も、世界で一番かわいい12歳も全部大事な宝だね。
うちの子もうちの子じゃない子もみんなみんな元気に楽しく暮らせますように。
電車を待つホームの上で、夜空を見上げながら祈った。