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【長編小説】星風紀行 第一章 二節 邂逅Ⅷ

 
 イーシリオンの咆哮で吹き荒れる烈風を背に受けながら、舞い散る草葉とともにマチルダは走り出した。
 
 森が左右に割れ、空を覆う枝葉はアーチ状に湾曲し、石畳から先の新たにできた緑生い茂る道へと足を踏み入れる。
 
 イーシリオンの言葉に従い、決して振り返らず背負った木籠と長い若草色の髪を揺らしながら一目散に駆け抜ける。
 
 追い風を背に受けて身体が浮かび上がる感覚に襲われている内に周囲の景色が暗くなったと思えば枝葉から覗く景色は星空になり、しばらく走るとまた昼のように明るくなっていった。

 やがて木々の隙間から夕陽が差し込んで来ているのが見えた矢先、いつの間にかマチルダは茶色い落ち葉で埋め尽くされた道なき道の上を走っていた。

 あまりにも急な景色の様変わりに驚き、勢い余って両手を広げ、立ち並ぶ大木に抱き着くように衝突する。

 顔を思い切り堅木かたぎにぶつけ、「痛~い」といたわるように鼻をさすっていると、

「わっ、びっくりした!って、一体どこから出てきたんスか!?」

 マチルダの声を聞いて駆け付け、頭に白い布を巻いた若い男は発見するなり素っ頓狂な声をあげる。

 マチルダは背負った矢筒を見て狩人だとわかると、目に涙を溜めて足にひしと抱き着いた。

 狩人の男は困惑しながら、

「どこに行ってたんスか!?ランドさんがこの辺りにいるって言ってずっと探してたんスけど、今の今まで全然見つからなったッスよ!?お~い、ノット君!マチルダちゃんいたッスよ~!」

 ノットはガサガサと茶色い落ち葉を踏み、背負った矢筒に入った矢をガタガタと躍らせ、息を荒げ駆け寄ってくる。

「バカマッチ!お前どこに行ってたんだよ!皆心配してたんだぞ!」

 聞き知るノットの声を耳にしたマチルダは、号泣しながらノットに抱き着き、その勢いでノットの手から弓が零れ落ちてしまう。 

「ノットぉ……。怖かったよう、ホントに怖かったんだよぉ……」

「おま、服に鼻水付けんなって!もう大丈夫だから、大丈夫だから!」

 若い狩人はおいおい泣くマチルダを横目に、

「……若者の時間は邪魔しちゃダメッスね。俺は皆に見つかったって教えてくるッスから、ノット君ははぐれないようにちゃんと連れ帰ってくるッスよ!」

 「ありがとうスペットさん!」とノットは返事をすると、泣いていたマチルダの腹の虫が鳴る。

「……お前、飲まず食わず寝ず・・だったろう?早く帰ろう。皆が収穫後のご馳走をたくさん作って待ってくれてるぞ」

 スンスンと鼻を鳴らしながらマチルダはこくこくと頷き、もういなくならないようにと、ノットに手を引かれて都へと帰還した。


 夕暮れ時にも関わらず都の賑わいが壁越しに聞こえてくる。

 背の低い宿陽樹しゅくようじゅ(夜でも発光する木)の枝先に皿型の蠟燭立てを吊るしたものが都に点在し、昼間の様相を呈していた。

 ノットに手引かれて門をくぐると、ジルフィスときのこの採集方法を指南した老婆が門の傍の見える位置に立っていた。

 「マチルダくん!」と手を振るジルフィス、そしてマチルダを見つけるや否や老婆は両手を曲がった腰の後ろに回すと素早く駆け寄ってきた。

「アンタ、大丈夫だったかい!?」

「あ、あの時のおばあちゃん。……うん、私は平気だよ」

 老婆はわなわなと唇と瞳を震わせ、

「あの時北西へ行くように言わなければこんなことには……!もしもアンタの身に何かあったら私が殺したみたいで、死んでも死にきれなかったよ……!」

「……心配かけてごめんなさい、ありがとうね、おばあちゃん……」

 マチルダはまた泣きそうになるが、

「マチルダくん、涙は使い切らない方が良い。たくさんの人が君を心配してくれたんだ。……都の集会場に皆集まってる、早く行って安心させてやってくれ」

 安堵の表情をしたジルフィスは光溢れる都の中へ埋もれて行った。

 次の瞬間、歓喜の声が光の中で沸き立つ。

「……きっと俺達が都の真ん中を通ると足止めを食らうから、マッチが帰って来たことを伝えてくれたんだ。おばあさんも一日遅れ・・・・の収穫祭に行ってくるといい。出迎えてくれてありがとう」

 老婆はかぶりを振り、目に涙を溜めながら、

「あの時、私も一緒について行けば良かったんだ。自分目線で物事は考えちゃいけないね。この年になって気付かされるとは。……とにかく生きててくれてありがとう!」

 深々と頭を下げる老婆にマチルダももう一度「心配かけてごめんなさい、ありがとう!」とその場を後にした。


 都の集会場はマチルダが見つかったことで大騒ぎになっていた。

 「あれだけ探しても見つからなかったのに……」
 「北西だろ?そこは全部見て回ったぞ!」
 「そもそもあの小ささでそんな遠くまで走れるとは思えない」
 「ガハハ、見つかったならなんでもいいじゃないか!収穫祭を始めようぜ!」
 「蓄えまで喰うなよ、おっさん!」

 様々な会話が飛び交う中、アーチェスも部屋の隅の椅子に腰かけ、そわそわと落ち着かない様子でいた。

「本当に俺が見つけたから大丈夫ッスよ!今頃ノット君が連れて来てくれてるッス!……でもランドさんは報告を聞きつけるなりすぐに例の獲物・・・・を捌きに行くだなんて、ちょっと薄情ッスよね。……そりゃまぁ料理は皆楽しみにはしてるッスけれど……」
 
 不意に集会場の大扉が開き、鮮やかな若草色の髪の少女がおずおずと入ってくる。

 少女の目元は泣き腫らして赤く染まっていた。

 その姿を目にした大柄な狩人たちから「おおっ」とどよめきが上がる。

 「帰って来たぞー!」
 「どこに行ってたんだ、心配したぞ!」
 「酒持って来ーい!」
 「子どもに飲ますな!」
 「そういえば弟くんは!?」

 大人たちがざわめき、部屋の隅にいたアーチェスに視線が一斉に注がれる。

「……呼ばれてるッスよ」

 スペットに言われると椅子を飛び降り、ダダダダと木の床を大きく踏み鳴らしながら入口の大扉へと走り出す。

 その勢いに気圧けおされ、狩人たちが自然と道を開ける。

「アーチェ!ごめ……」

 言葉を言い切らないまま、正面から飛びついてきたアーチェスにマチルダは床へと押し倒される。

「マッチのバカ!丸一日・・・もどこに行ってたの!」

 最愛の弟の涙が頬に零れ落ちてくる。

「ずっと一緒だって、約束したのはマッチなのに、勝手に一人でいなくならないでよ!皆だってこんなに心配してくれてた……!」

 マチルダに仕舞っていた涙が再び溢れ出す。

「ごめんなさい、本当にごめんなさい……!私、強くなるから……!私が怖がりで逃げ出しちゃったからこんな……」

 「お、おい……」と心配した狩人の一人が声をかけようとするが、仲間が制止する。

 アーチェスは袖で涙を拭き、鼻水をすするとマチルダの手を掴んで立ち上がらせる。

「姉を探してくれて本当にありがとうございました!」
「皆ごめんなさい、本当にありがとうございました!」

 「いいってことよ!」と狩人たちが声音で喜びを表現している中、

「とにかく無事で良かったッス!一日遅れ・・・・の収穫祭を始めようッス!」

 スペットのその発言に疑問を感じたマチルダは、

「ねえねえ、私を見つけてくれたお兄さん?一日遅れってどういうこと?」

「へ?文字通りッスけど。僕はランドさん達と別件に行ってたッスけど、昨日は・・・君がいないって総動員であちこち探してたッスよ?君も丸一日飲まず食わず・・・・・・・・・でお腹ぺこぺこじゃないんスか?そういえば夜はどこで寝た・・・・・・・んスか?」

 マチルダは言ってる意味がわからずきょとんとする。

「一日ってどういうこと?さっきまで皆で狩りをして、それから採集をして―」

「さっき?それは昨日・・じゃないッスかね」

 マチルダは理解が追い付かず、「え?え?」と頭を抱える。

「ついさっきまで昼で……あれ……?あっ、そうだ!トラ!おっきな虎さんと話したんだよ!」

 それを聞いた狩人たちは大口を開けて笑い出した。

 「長いこと猟師やってるが虎なんて見たことねぇよ!」
 「虎ってあれか?都の像の?あんなの見たことないぞ」
 「ワハハ、動物が話せるわけないだろう!」

 憤慨したマチルダが「本当だもん!」と反論する。

 アーチェスとマチルダの後方でガチャリと音がして大扉が開いたかと思うと、

「……うるさいぞ野郎ども」

 二人がよく耳にする、威厳のある一声をもって一瞬にして場の声という声を滅した。

「マーサ!?下まで降りてくるなんて珍しい!」

「誰のせいだと思ってるんだい。心配かけさせやがって」

「……ホントにマーサの影響力ってすげぇんだな……」

 白いローブを身に纏った青髪の老婆サマンサと黒髪の少年ノットがそこにはいた。

「ノット!突然一人にしたと思ったらマーサを呼びに行ってたのね!」

「……で、さっきのバカ笑いはなんだい?」

 先頭に立つ狩人に問いかける。

「マーサは信じられない話でも、嬢ちゃんが言ったことならなんでも信じられるか?」

「質問に質問で返すんじゃないよ。……と言いたいところだが、マッチが言うことなら何だって信じるさ」

 サマンサとマチルダの視線が自然と合う。

「森でおっきな虎さんに会ってお話したんだよ!」

 サマンサは眉を片方だけクイと上げる。

「虎だぁ?今はこんなところに・・・・・・・・・居るわけないだろう!」

「「「「えー!!」」」」


「ひどい!」

 場にいた一同とマチルダはそれぞれ別種のショックを受ける。

「何でも信じるんじゃなかったのかよ!」

 狩人の真っ当な指摘にサマンサは哄笑こうしょうし、

「アンタたち、像でしかその姿を見たことないだろう?居はするさ、遥か東方にね。まともに東方へ足を運んだこともないヤツがほとんどで、実物を見たこともないアンタたちに本当に居るかどうかなんて判別できないだろう?」

「それは、そうだけどよ……」

「……大昔にこの辺にいた虎は東の山に移動させられたって話だったが、ごく少数の生き残りがいた可能性がある。お話をしたってのはまぁよくわからないが、人語を話せるやつがいても不思議じゃないさ。……この世界にはアタシみたいなの・・・・・・・・がいるくらいだしな」

 狩人たちが息を飲み、老齢に似つかわしくない青髪が照明の下で揺れる。

「信じてくれる……?」

 上目遣いで尋ねるマチルダにサマンサは「ああ、信じるとも」と微笑み応じる。

「虎の話を聞きたきゃセレイラにでも聞くんだね。あの子の方がアタシの知識よりも新しいだろうからさ」

「とか言って~本当は全部話すのがめんどくさいだけだろ~?」

 狩人の一人が茶化すように言うと、サマンサは静かな声で、

「ノット、ほうき持ってこい。ここの舐めたゴミどもを都の外にき出さなきゃならなくなった」

 「ひぃっ」と狩人たちは血相を変えて、

「さ、さぁ嬢ちゃんも見つかったし、収穫祭を楽しもう皆~!」

 どたばたと扉の前に立つ4人を避けながら大男たちは夜の都へ繰り出して行った。


 狩人たちが出て行った集会場は壁際にわずかな椅子とテーブルが置いてあるだけの殺風景な空間と化した。

 普段とは違って夜でも明るい都をサマンサは「全くあの野郎どもは……」と呆れながら窓越しに眺める。

「喋る虎か……」

 アーチェスがぼんやりと呟くと、

「信じてくれないの?」

 マチルダが不安そうな顔で尋ねると、頭を横に振り、

「ううん、マッチが言うことなら僕も信じるよ」

 にっこり笑うアーチェスを見て、マチルダはそっとその手を取った。

「そういえばさ、喋るんならどんな会話をしたんだ?あ、別にマッチを信じてないわけじゃないぞ!?」

 えっとね、と言葉を紡ごうとするも、すぐに「うーん」と唸ってしまう。

「どういうお話かわからなかった!」

「なんだよそれ……それじゃあ信じられな……」

 ノットが信じられないと言いかけると、マチルダは顎にしわを寄せてまた泣きそうな顔になっていた。

「ご、ごめん!1日そこで過ごしたってことか?」

 あっとマチルダは虎の名前を思い出す。

「えっとね、イーシリオン!イーシリオンっていうお名前だって言ってたよ!」

「―っ!!」

 その名を耳にしたサマンサの顔色が変わる。

「イーシリオン?変わった名前だなぁ」

 のほほんとしているノットを押しのけてサマンサはマチルダと目線が合うように身をかがめ、小さな両肩に手を置く。

 これまでサマンサと過ごしてきて一度も味わったことがない雰囲気にマチルダと隣で見ていたアーチェスはすくみ上がった。

「いいかい?その名前は今後一切口にするんじゃないよ。絶対にだ。いいね?」

 物々しい雰囲気に圧倒されながらもマチルダは、

「ど、どうしたのマーサ?ただの名前だよ?なんで?」

「……さっきみたいに大人たちにバカにされるからだ。大丈夫、名前を出さないだけでいい」

 咄嗟に出た言葉は3人から見ても苦しい言い訳だとわかったが、何を言っても無駄だと思い、一度だけ深く頷いた。

「アーチェとノットもだ。秘密にするんだよ」

 凄まれたアーチェスとノットはマチルダと同様の所作をすると、サマンサは立ち上がり、頭に上り詰めた気を吐き出した。

「先に帰ってヴェンガーハイドと飲む。ノット、責任持ってアーチェとマッチを送り届けな」

「収穫祭で食べて来ていいの?」

「ああ。学んできたんだろう?命のやり取り・・・・・・。しっかり感謝して味わってきな」

 一転して先ほどの雰囲気が霧散むさんしたサマンサはいつもの様子でニッと笑顔を覗かせる。

 マチルダは失われた命やそのお陰で自分は生きられることを思い、「うん!」と曇り一つない笑顔で答えて見せた。


次回



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 またしても長くなってしまいました(;´∀`)

 お話を詰め込むとどうしても長くなってしまいますね。

 その辺の調整もできるようになりたいものです。

 さて、今回登場したスペットさんは「第一章 二節 外伝」で活躍する予定です。

 三節か外伝、どっちを先に描こうか迷っております。

 というのも、ありがたいことに狩猟会がかなりの回数表示されているので、外伝も狩猟のお話ということを考えるとそっちを先の方が良いのかな~なんて思いました。

 あとはリクエストがありましたので、近いうちに星風紀行の公開可能情報をまとめると思います。

 私の物語に興味を持ってくださる方が多くてとても嬉しいです。

 ご期待に添えるように、作品に見合う文章力を付けねばなりませんね。

 私事ですが、体調の不調が続いてしまい、折角フォローしてくださっている皆様の記事を読みに行くことが最近はできなくて本当に申し訳ないです。


 時間を割いて最後まで読んでいただき、心から感謝いたします!




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