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【長編小説】星風紀行 第一章 二節 邂逅Ⅲ


※今回のお話は『星風紀行 第一章 二節 邂逅Ⅰ』のお話の流れの通り、狩猟の回となっております。野生動物の殺傷描写があるので、お話に目を通す際はご注意ください。


下記に『星風紀行 第一章 二節 邂逅Ⅰ』のリンクを張っておきます



 朝日を浴びながら森の安らかな呼吸で湿り気を帯びた青草を踏みしめて、都から列を成して狩人たちはツェペーニュの北側へ行進する。

 先に発った銅鑼どら部隊は森の奥地へ分け入り、野生動物たちに悟られないように身をかがめて待機している。

 森の入り口の木に身を寄せるように足掛け罠部隊も待機して、準備万端の様子である。

 木々の間から白い朝日が差し込み、照らされる木々から生み出される無数の影は生きているかのように、今か今かと待ちわびた日光に枝葉の手を空いっぱいに掲げている。

 ほとんどの野生動物が未だ微睡まどろみの中、森の入り口の見晴らしの良い草原に西から東へ真一文字に間隔を空けて狩人たちが整列する。

 列を成す狩人の後方では狩りには直接参加しない人々が集まって銅鑼を鳴らす合図として上げる狼煙のろしの組み木をしていた。

 ランド達は自分の持ち場だけではなく、中央から逃れてきた動物を射止めるための殿しんがり役となる東端についた。

 農具ではなく弓矢という明確な武器を携えて大人たちが群れを成すという非日常さを目の当たりにしたアーチェスは落ち着かない様子でいた。

「なんだよアーチェ、そんなにビビることないって!何があっても俺が守ってやるって言ったじゃんか!」

「ノットも実際に射るのは初めてでしょう?なんでそんなに落ち着いていられるの?」

 自信ありげなノットにアーチェスは極めて冷静な指摘で返す。

「……射るのは初めてでも、これまでも親父が動物を射貫く姿を何度も目の当たりにしてきた。しなる弓も、構えも、飛んで行く矢も……そして視線の先にあるものも、全部な」

 ノットは自分たちが立っている見晴らしの良い草原の先にある薄暗い森へ視線を向ける。

 どこまでも広がっていて、朝日が差し込んでいても全貌は見えない森の中であるが、銅鑼部隊、すなわち人がいるという心の支えがあることも知っている。

 その心の支えが自分の落ち着きの根拠だった。

「……手練れの大人たちがいる。それじゃダメか?」

 アーチェスは得心しながらも自分が知るお調子者のノットがここまで変わったことに違和感を覚えて、

「あの夜マーサと何を話したの?全然教えてくれないよね?」

 弦の調整をしながら聞き耳を立てていたランドはアーチェスたちに背中を向けたまま

「……俺の昔話だ。マーサの昔話も交えてな」

 アーチェスは戦争の話を思い出して、「あっ」と気まずそうに口を閉ざした。

「気に障ることを言ってごめんなさい……」

 ランドは鋭い目でちらと申し訳なさそうにしているアーチェスの顔を覗き見た。

「大丈夫、『いずれ知ること』だったから。それがたまたま今だっただけだ。それはそうと……マチルダちゃん?」

 草原に着いてから一言も発言しなかったマチルダはランドの隣にかがんで初めて見る弓に興味深々な様子で、ノットが扱う予定の弓の弦を親指と人差し指でつまんで弾いては「おお~」と感嘆の声を上げていた。

 ノットはマチルダから弓を取り上げて

「マッチ、これは遊びの道具じゃないんだ。変なことして怪我したら危ないだろ?」

「ちょっとくらいいいでしょう?初めて見たんだから」

「お前な……これをどうやって使うのかわかって言ってるのか?」

 目まぐるしく内容が変わる会話をしていると、突然4人の後ろから声がかかる

「やあランドさん、そして今日は教え子たちになるのか、おはようございます」

 4人が振り返るとそこにはツェペーニュが誇る西都兵長ジルフィス=ストラハイムと隣には朝日が反射して黄色い髪を煌めかせるおかっぱ頭の男の子がいた。

 ジルフィスは肩当てと関節部の守りだけを固めた革素材の軽装をしている。

 マチルダが先陣を切って2人に声をかける。

「ジルフィスさん、おはようございます!その子は?」

 マチルダが顔を覗き込むように近づくと、もじもじしながらジルフィスの膝の後ろに隠れてしまった。

「……この子は西都長のご子息、イルハルト=クフトスセル様だ」

 ジルフィスがイルハルトの代わりに紹介すると

「イルハって呼んで」

 イルハルトは膝から少し顔を出しておどおどと言うと、

「……綺麗な髪の毛」
「えっ!?」
「え?」

 マチルダの素直な感想にイルハルトは驚いてジルフィスの膝の後ろに隠れたまま控えめに「ありがとう」と小声で言う。

 ジルフィスが話を取り持つために咳払いをする。

「ランドさん、銅鑼が鳴ったら狩人たちに念を押すためにあの号令を。それから狩りの結果次第ではあるが、終わった後にもう一仕事請け負ってくれないだろうか?」

 ランドは慣れた口調で

「ああ、いつものやつだな。任せてくれ」

 「頼りにしています」と一礼するとイルハルトの手を引いて組み木のある後方へと歩いて行った。

 「西都長……」というアーチェスの呟きを聞き逃さなかったランドは

「きっと今日の君たちがここに来たのと同じ理由だろう。今日弓矢を扱うのはノットだけだが—」

 ランドの目線の遥か先にある組み木に赤い火を灯しているのが見えた。

 狼煙が上がり、いよいよその時は来たと言わんばかりにランドは力を入れて膨らんだ太ももで上半身を大地から押し上げるように勢いよく立ち上がると左手の弓を胸の前まで持ち上げ、矢を持った右手を弦に添え、そのまま弦を引き絞った。

 巨体から繰り出されたとは思えない一連の俊敏な動作に一同は目を丸くしていると、ランドは「よし」と手ごたえのあった感触を声の気色で子どもたちに伝える。

「よく見てろ、お前たち。これが……」

 森の奥から『ジャーン!!ジャーン!!』とけたたましい銅鑼の音が東西一直線、一斉に鳴り響く。

 突然の轟音に森の野生動物たちが目を覚まし、逃げ惑う。

 鳥が悲鳴を上げながら森の上空へと飛び立っていく。

 ランドの視線の先にある森の入り口の足掛け罠部隊が引っ張った縄に鹿の前足がかかり、そのまま地面に倒れ込む。

 ランドの細い目の眼光が増す。

 ギリリと一層弦を強く引き絞り、起き上がろうとする鹿に狙いを定める。

「命のやり取りだ!!」

 右手を放し、ぴゅうと風を切る音と共に矢が一直線に獲物を目掛けて駆けていく。

 立ち上がったばかりの鹿の長い首に深く矢が突き刺さり、一筋の赤い血を流しながら再び地に伏した。

 遠くでじたばたとのたうち回る鹿の姿を観察する間もなく、大小様々な野生動物が森の中から飛び出してきていた。

 ランドは次の一矢を構えながら離れている狩人に伝わるように大声で号令をかける。

「苦しませぬように少ない手数で仕留めろ!体の欠損を少なく!使える部位を多く残せ!隣に回せぇ!!」

 さらに舌の根も乾かない内に

「ノット、俺の横につけ!」

 普段では見ない父が叫ぶ姿に圧倒されていたノットは身体に電流が流れたかのように脊髄反射的に「ああ!」と返事をしてランドの横につく。

 先ほどとは打って変わってランドは弦を引き絞りながら静かな口調でノットに

「中央から脇へ逃げようとするヤツ、あとは俺の小回りの利かない大弓では仕留めるのが難しい、近くに来たヤツを射ろ」

 ランドは言い終わると、突進して来る猪の眉間に一矢を放ち、的確に命中させる。

 猪は声を発することもなく前のめりに倒れて受けた傷から血を流して絶命した。

 ランドはその後も次々と野生動物に矢を命中させていった。

 狩りにより野生動物の命を奪う光景にアーチェスとマチルダはすくみ上がっていた。

 アーチェスは次々と倒れていく動物たちから目を反らさず、下唇を噛み、手が白くなるほど固く握りしめていた。

 マチルダはランドが最初に射た鹿が青草の上でのたうち回り、腹部の白い体毛が赤く染まって徐々に弱って行く一部始終を目の当たりにしてアーチェスの後ろに隠れてしまった。


 ノットは父をかたどるように弓を構え、強張った表情で今か今かと自分の獲物を待ち構えていた。

 すると中央側から慌てふためいた様子で跳ねている1匹の茶色い毛並みをした兎が横断して来るのが目に入った。

 ランドは声を張り上げて「あいつをやれ!」と促す。

 ノットに緊張が走る。

 心臓が激しく高鳴り、視界が揺らぎ、弓を構える左手が汗ばむ。

 東の方へとぴょんぴょんと跳ねて来て、ついにノットの射程内に入った。

 ギリリとノットは弦を強く引き絞ると、ノットはそのうさぎと目が合った。

「……え!?」

 ノットは何かに驚愕する。

「あいつ……!親父、これって……!」

 もう森から動物が出てこないとわかったランドは弓の構えを解いて

「お前は歴史を、世界をった」

 兎はじっとランド達を見つめている。

「お前がアーチェスくんとマチルダちゃんを守るんだろう?」

 数多あまたの野生動物が血を流し倒れている景色に反し、ランドは穏やかな目をして

「それが、俺たちが持つ力・・・・・・・だ、さあ!」

 ノットは目をきつくしてこちらを見たままじっと動かない兎を見据える。

「っ!……ありがとうっ……!」

 ノットは右手を放す。

 たゆんだ弓が元の形に戻っていく。

 ノットの手を離れた矢が弦に押され、推進力を得てぐんぐんと獲物目がけて突き進む。

 兎の胴体に突き刺さると、兎は声も上げず、そのまま静かに倒れた。

 射貫いた兎が最後の1匹だとわかると「はぁっ!」とノットの緊張が一気に解けて打ち付けるように膝をついた。


次回



  —  —  —  —  —

 話の切りどころがわからず、恐らく1回の投稿における文字数が過去一になってしまいました(;´∀`)

 本当はもうちょっと続けた方が良いと思いましたが、長すぎてもアレなのでここで一旦切らせてもらいます。

 投稿を開始して1か月半にして初めてルビや太字を使わせていただきました。いかがでしたでしょうか?

 時間を割いて最後まで読んでいただき、心から感謝いたします!

 「スキ」や「コメント」をしていただけると活動の励みになります!



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