【長編小説】星風紀行 第一章 一節 太陽を掴む平原Ⅶ
マチルダとアーチェス、都の居住区に侵入し2人と追走劇を繰り広げた男、スーは兵士に見守られながら都の入口の駐屯所で一夜を過ごした。
朝告げの鐘の音で3人は目を覚まし、ほどなくしてウリムトがやって来て人通りが多くなる前に居住区へ向かおうと提案し、軽い食事をと彼が持ってきた林檎を3人は頬張った。
4人は居住区の門へ向かうが、スーは前日こっそり居住区に侵入したことに少し罪悪感がある様子でやや背中を丸めていた。
見張りという名目もあってウリムトが最後尾につき、2人の子ども達が先導し、スーを挟むように縦に並んで移動していた。
行き交う住人たちは元気よく挨拶している子どもたちとは対照的におずおずとしているスーを不思議そうな表情で眺めていた。
そわそわしているスーの様子をウリムトが見かねて声をかける。
「なあスーさん、お許しも出たことだからそんなにかしこまらなくてもいいんだぞ?逆に怪しまれる。悪さをするような人間じゃないってことはジルのお墨付きだし、万が一おかしな真似をしようってんならこのウリムトさまの鉄拳が後頭部に炸裂するだけだからよ」
発言とは裏腹に両手を後頭部に回して無気力気味かつ大股で歩くウリムトの態度で冗談だと明確にわかる。
「ウリムトさんってそんな怖いことする印象ないよ?」
ウリムトは溜息をついて、
「おいおいマッチ、お前ってほんっとうに口軽いよな。ばらしちゃ圧力もかけられねぇだろうがよ」
「それって自分で乱暴するような人じゃないですって言ってるような…でもすぐ手が出るような人ではないとは思っていますけれど」
「あたぼうよ、平和に解決するならそれが一番さ」
一連の会話を聞いてスーはようやく口を開く。
「皆さん、仲がよろしいのですね。都の住人とはこんなにも人との距離が近いのでしょうか?」
ウリムトはうーんと考えるそぶりを見せ、
「いや、こいつらがマーサ……サマンサ様と一緒に暮らしてるってこともあってひと際目立ってるだけだ—と思いたいところだが、この都の住民に都の近辺の集落みんなで自分たちができることをやって協力して生活してるからな。自然と顔なじみにもなる。それはあんたも同じだろう?」
「そうですね……しかし都の外には色んな人がいます。私が住まわせてもらっている岩塩が採れる土地の酋長も快く私を迎え入れてくださった。生まれる場所は選べないものですが、生きる場所は選べる。国王様の方針にみな、感謝しております」
「生きる場所を……ね、それもそうだ」
朝日に照らされる居住区の門に辿り着くと、ウリムトが事情を話すと二つ返事で門番は4人を通した。
スーは委縮し口を一切開かず、門番にぺこぺこと会釈することしかできなかった。
正式に門を潜り抜け、二度目の居住区へ足を踏み入れると緊張の糸が切れたように大きく息を吐いた。
「大丈夫だって言ってるのに」
ウリムトが呆れたように言うと、スーは引き笑いで返した。
一連の会話に聞き耳を立てていたアーチェスはスーの隣へと歩いて口を開く。
「都ってそんなに特別なのですか?」
「ああ、一所に留まることがない集落も外にはたくさんあってね。決まった土地、特に生まれた土地を離れて転々とすることが多いんだよ」
「つまり、生まれた場所で一生を終えることが稀ってこと…?」
「そうなるね。その点、都に生まれた人は都に尽くすことで住む場所や帰る場所が約束されていると言っても過言ではない。生きる場所を選べるとは言っても、安全とは言えないんだよ」
アーチェスは返事に詰まり黙り込む。沈黙を取り持つようにウリムトが言葉をつなぐ。
「……ま、どっちが良いとも言えねぇけどな。外を自由に転々とできるっつーのとどこかで野垂れ死ぬことの隣り合わせで生きている。何をしたいかによると思うぜ、ここに入るのはかなり厳しいらしいからよ」
「さっきから難しいお話ばっかりして~」
一人ずんずんと先頭を歩いていたマチルダがアーチェスの隣につく。
「スーさん、かけっこ得意なの?すごく早かったね!」
話題の切り替わりに少し戸惑いつつも、スーはマチルダと会話を始める。
「いやいや、大人と子どもの体格の違いだよ。それよりも君の方がすごいよ、まるであそこで燃え続ける太陽のように疲れることを知らないみたいだった」
朝日に目を向けながら話すスーに褒められると嬉しそうに笑った。
マチルダは小走りで再び先頭に立つと、北側の丘の上にある石造りの大きな建物を指さして、
「あそこから走ってアーチェスと一緒に鐘を鳴らしに行ってるんだよ!」
元気に言うと颯爽と走り出すのだった。
ウリムトが「どうやら行き先が決まったな」と笑い、
「よーし、3人でマッチに追いつけるか競争だ!」
「え、スーさんは!?」
「早いんだろ?じゃあ問題なしだ!」
ウリムトはすぐさま走り出す。
「見張り……」
アーチェスが狼狽えると、スーも「そういう問題じゃないんです!待ってください!」と叫んで走り出す。
2人の大人が走り出すのを見て、思わずアーチェスも駆けだした。
次回
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