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星風紀行 外伝 ウーラ・シィナと深山艦長Ⅲ

前回


「深山駆逐艦長はおられますか!?こちら艦上見張り員、航空母艦『げん』より艦載機が発艦いたしました!深山駆逐艦長に伝わるまで回してください!」

 その伝言に俺の頭には疑問符が浮かび、伝声管の先にいるであろう見張り員に向かって思いつく限りの疑問を叩きつけた。

「こちら理髪室、当『防空駆逐艦 そほ』艦長の深山だ。その艦載機は偵察機か?それとも飛行訓練か?時刻はヒトロクマルマルを回っているが、この時間に飛ばすなど『玄』からの連絡はなかったぞ」

 伝声管から俺の伝言を回す乗員達の声が聞こえる。

 ほどなくして返事が帰って来た。

「爆撃機だそうです!玄からの連絡がないまま発艦とはどういうことなのでしょう!」

 それは俺の方が聞きたい。爆撃機だと?敵艦発見の通知も受けていないのに何故?

「突っ込んくるぞー!!」
「何!?」

 刹那、ズン……!と船体が大きく揺れ、何の備えもなかった俺と来栖の体勢が崩れる。

 来栖は慌てて椅子にしがみつき、俺は咄嗟に壁に背を預けた。

「おい、無事―」
「艦長!大変です!次々と艦載機がこちらへ向かって飛んできてるそうです!」
「なんだと!?」「なんですって!?」

 味方から攻撃を受けているだと!?艦長の俺ですら驚愕している事実、来栖や乗員達の動揺はいかほどのものか!

 報告を聞きつけた来栖はすぐさま兵隊の顔つきになり、救急箱の準備を始めた。

 意識からかけ離れた非常事態でありながら、冷静に自分の責務を果たそうとする来栖の姿を見て俺も平静を保とうと努めた。

「聞こえている乗員に告ぐ!『玄』艦長の意図を問うために当駆逐艦長深山は通信室へ至急おもむく!総員戦闘態勢を取れ!」

 言った手前、彼らは味方と戦うことなどできるのか?彼らに味方を討つ覚悟は、そのごうを背負わせることになるのは本当に正しいのか?

 しかし、やらねば俺達がやられるのだ……迷っている暇などないと思った矢先、伝声管からまた別の声が響く。

「こちら水雷長すいらいちょう浜野!私が目視したところ十数機が当艦艇とうかんていへと直進中!玄への攻撃を開始すべきでしょうか!?応答を願います!」

 あまりにも早すぎる決断の時がやってきた。

 攻撃を仕掛けてきたのはあちらからだ。そしてこの後も攻撃は続くということ。

 俺は―

「こちらからは攻撃する意思を見せるな!防備に徹しろ!幸いにも赭は防空駆逐艦。対空砲火で撃墜を試みろ!誘爆を防ぐため、魚雷は速やかに投棄せよ!」

 水雷長の浜野は勇ましく「了解!」とだけ残すと、後には混乱を隠しきれていない乗員達のざわついた声と雑多な足音だけが理髪室をいろどっていった。

「艦長!」
「何だ?」

 不意に来栖が背後から清澄せいちょうな声で呼びかけてくる。

「私に名前を頂けますか?」
「はあ?」

 未曾有みぞうの非常事態だというのに何を言ってるんだ、この男は。

 それになんだと?名前?

「こんな時に何を言っているんだ。その数秒で助かる乗員の命もあるのかもしれないのだぞ!その肩に掛けた救急箱は飾―」

 俺の発言を遮るように矢継ぎ早に来栖は叫ぶ。

「私はさいなんて名前が嫌いです!敵を打ち砕くなんて父は言っておりましたが、私はそんな名前とはかけ離れた医務隊員です!戦闘なんて場数を踏んだご年配に劣るでしょう!戦争が終わったら名前を変える気でいました!それがどうでしょう、味方に攻撃されているという非常事態!恐らくこの船が沈むまで攻撃は止まないでしょう!……皆、生き残ることはできないかもしれません!」

 来栖は願いと恐怖が入り混じった思いのたけをぶつけると涙を目に溜めた。

「私には夢がありました。戦争が終わった後、生き残ったみんなで村を作って、知った者同士で各々できることをやって支え合って生きる。そんな平穏なひと時を。そして艦長に村長になってもらいたかった。……しかし、それも叶いそうにありません」

 震える唇を噛みしめ、声は地に落ちた雪のように消えて行った。

 来栖が感じる恐怖に応えるように俺は白い手袋を外し、優しく彼の肩に手を置いた。

「俺はこの船の長だ。できることを最後までやるのが責務だ。乗員の命を預かっているというのにお前というやつは私情を挟んで来る。だが、お前も人の子だ。先を見据えた夢もあった。それに村長だと?勝手に俺を―」

 そうだ、少なくとも来栖は俺よりも未来を見据え、希望を抱いていた。

 現状を見て弱音を吐いた俺よりもよっぽど輝かしいじゃないか。

 こんな状況でも夢を語る目の前の男が少し羨ましく思えた。

 今もなお上空に玄の艦載機が迫ってきているだろう。

 できることは最期までやらねばならん。

優仁ゆうじだ」
「え?」

 突然付けた名に来栖は目を丸くする。

「優しいに仁徳の仁だ。お前は戦うには優しすぎる。だがそれは同時に平和になった後に必要な心根だ。……勇む・・だけでは荒むばかりだからな」

 来栖はいささか皮肉めいたことを言った俺に白い歯を見せて笑うと、袖で涙を拭い、頭を下げた。

「ありがとうございますっ!深山艦長から頂いた最高の誉ですっ!」

 俺はふっと笑うと踵を返し、手袋を着け、戦に向かう面構えを作る。

 そしていざ混迷を極める通路へと足を伸ばした。




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 お時間を割いて最後まで読んでいただき、ありがとうございました!




 

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