【小説】星風紀行 第一章 一節 太陽を掴む平原Ⅵ


 暮れなずむツェペーニュ。

 暗がりが迫る前に兵士たちが詰所で気忙しそうに松明を灯している中、アーチェスとマチルダはこの日昼食を頂いてから2度目の来訪となっていた。

 マチルダは疲れ果ててそのまま眠ってしまって、男は身体を拘束されることこそなかったが、都が誇る2人の隊長と同じ空間にいた。

 別室でぐっすりと眠っているマチルダとは異なり、大人3人にアーチェスも同伴しており、地下の一室で事情聴取を受けていた。

「しかしまぁ、ここは子どもが一日に二度も足を運ぶ場所でもないはずだがなぁ」

 そのように発言するウリムトは壁に寄りかかりながら腕を組み、居住区を走り回っていた男の後ろに立っている。

 男はやってくる嵐に備える小動物のように身体を縮こまらせていた。

「事情が事情だったんです。でも話すことは話しましたよ」

「お前ら二人は大したもんだよ、色んな意味でな。無事でよかったよ」

 呆れと称賛が混じったような返事であった。

「心配をおかけして申し訳ないです……」

 西方都市兵長ジルフィスは右で俯くアーチェスを見て、なめし革の籠手で覆われた左手をアーチェスの手に添える。

「自分の命が脅かされる場所では味方の近くに行くか、あるいは援軍を呼べそうにない場合は撤退するのも手だ。しかしな―」

 やや痩せぎすの顔で雨垂れのような癖のある青髪をしたジルフィスは正面に座る男に目を遣る。

「力量に自信があるのならば立ち向かうことも選択肢の一つだ。それによってさらなる被害を出さなくて済むのなら間違った選択ではない。最も、いかなる状況でも生き残りやすいのは退くことも知る者だが」

 アーチェスから手を離し、ジルフィスは身体の前で指を組む。

「この男は退くことを知っていたが、居住区のことは詳しく知らなかった。そして『殺める』というこの国で最大の禁忌を犯してはならないという道徳心も持っていた。君たちは度重なる幸運によって命拾いしたのだ。他者の時間を奪うことを厭わず、もっと大人を頼りなさい」

 松明の明かりがこの部屋の違う色をした4色の頭を照らす。

「さてジル。どう処分を下すんだ?」

 机に目を落としていた居住区を駆けまわった男が身体を震わせ、顔が一層こわばった。

「単なる好奇心から居住区に入り込んだだけだ。無害だから放免で構わない。無論、この男の集落に何か課す必要もない」

 男は「あぁっ」と感涙して何度もありがとうございますと頭を下げた。

 アーチェスは初めて見る光景に困惑して思わず「あの……」とジルフィスに訊ねる。

「都で悪事を働くことってそこまで厳しい罰が課されるのですか?」

 ふむ、とジルフィスは顎に手を添える。

「君はここに住まうことができることの意味についてサマンサ様から聞か   されていないのだな。誰でも入居することができるわけではないのだよ」

 ジルフィスは手元に巻かれている白紙の紐を解き、都長へこの件を報告するために羽ペンを走らせ始める。

「この国では王の庇護のもと、誰もが自由に生きることを選ぶことができる。定住するということは飢えることに怯える必要がなくなる。一人一人ができることを行い、住まう場所を恒久的に存続させることを誓う、決して背くことなどない者のみが都に住まうことが許されるのだ」

 アーチェスはそれを聞き、都の住民は誰もが優しく接し、採れた作物も衣類や履物まで共有してくれていることを思い出した。

「都の外は、そうではないのですか?」
「それは、そうだな—」

 ジルフィスは手を止め、正面にいる2人と顔を合わせる。

「私の口から話すよりも、明日この大人たちに教えてもらうといい」

 ウリムトはニヤリと笑って「了解」と返し、男は当惑していた。

「どうした?正式に見回ることができるようにしたぞ。もっと喜ばんか」

「い、いえ……。しかしあまりにもあっさりとしていて……」

「子どもの手前だ。そいつ—ウリムトの監視は付けさせてもらうが、この子らに外との違いを教えられる範囲で教えてやってくれ。それと言い忘れていたが、この子らは『島繋ぎのサマンサ』の手の届くところで暮らしているから変な気は起こさない方が身のためだぞ」

「せ、聖女様の!?」

 サマンサのことを知る男の反応にジルフィスは微笑を浮かべ、書の最後にサインを書き、
「宿舎にある君の荷物も兵に取ってきてもらおう」

「地下の密室は通気が悪い。皆、なるべく早く出た方が良いぞ」

 書を巻いて立ち上がると足早にその場から去っていった。

 呆然としている男、対面して机に視線を落として何かを考えているアーチェス、男の後ろで腕を組んで立っているウリムトが取り残された。

「というわけでよろしくな、岩塩のスーさん。明日は姉弟と案内させてもらうぜ」

 居住区を逃げ回った男、スーは「ははは」と引きつった笑いをした。



—  —  —  —  —

 ほぼ会話だけの回になってしまいました(;´∀`)

 しかし、右隣にいるアーチェスにわざわざ左手を添えるジルさんなど、意味深な所作があったりと、後々の話につながる回でもあります。

 あえて地の文で詳しく描写していない部分にも……?

 今回も時間を割いて最後まで読んでいただきありがとうございました!

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