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【長編小説】星風紀行 第一章 一節 太陽を掴む平原Ⅹ

 4人は落ちかけている日を眺めながらのんびりと家路についた。

 家に戻るとマチルダとアーチェスはいの一番に厨房へ材料の下ごしらえに向かった。

 スーはサマンサに岩塩を手渡し、何か手伝いは必要かと問う。

「男手が多いならあいつらも楽になる。裏で水を汲んできてくれ」

 サマンサの頼みで今度はウリムトとスーが桶を持ち、再び大人2人で行動することとなった。

 丘を降りたところにある川は都の運河にもつながるもので、うっそうとする森の奥から伸びてきている。

 両端に桶を吊り下げた竿をスーは担いで来たのに対し、ウリムトは自身の背中が覆われるほどの巨大な桶を担いで来ており、桶の口を川に浸けると水が勢い良く中に吸い込まれていった。

 スーはその尋常ならぬ光景に目を丸くして
「あの、大丈夫なのでしょうか?」
「ああ?ああ、いつものことだから気にすんな……よっと!」

 なみなみ注がれた水の入った桶を背負うと意気揚々と丘を登って行った。

「腕っぷしにしか自信がないって言っただろ?血筋には感謝してるぜ」

 へへ、と水の重さも厭わぬほどの怪力を目の当たりにしてスーはただただ驚くことしかできなかった。
 
 
 ウリムトとスーは納屋の壺に水を入れた後、家の外まで漂っている香辛料の匂いに自然と誘われる。

 全ての窓を開放し、風通しを良くしていても生米を煮立たせたことがわかる、わずかな湿気を肌で感じ取った。

 ウリムトは帰還したことを玄関から大声で叫ぶとこれから出て来るご馳走に期待に胸を膨らませ、大股で悠々と闊歩し我先にと席についた。

 木製の椅子とテーブルはところどころ欠けており、使い古していることがありありと見て取れる。

 玄関の声に気が付いたアーチェスがテーブルを拭きにと厨房の方から小走りでやってくると、先に席についているウリムトと立ち尽くしているスーを見て、スーも席について待っているように促した。

 言われるままに席について部屋に充満する香りを楽しみながらスーも待っていると、アーチェスとマチルダが件の料理を皿一杯に載せて人数分持ってくる。

 スーの前に出されたそれは、調味料で黄色に染まったお米に浜辺で採ってきたばかりの貝を混ぜた料理であった。

 食事の前の挨拶をと皆で目を閉じ合掌し、恵みに感謝の意を込めて料理に頭を下げる。

 スーが目を開けるが、サマンサ、マチルダ、アーチェスはまだ目を閉じて合掌を続けていた。

 ウリムトが小声で隣から「いつもこうなんだ、気にしないでくれ」とスーに声をかけるも、客人である自分が先に食べ始めるのは失礼だと思い3人が食べ始めるまで待っていた。

 3人の長い礼が終わり、まるで命を吹き返したかのようにマチルダは勢いよくスプーンを手に取り料理が盛られた皿に前のめりになって平らげ始めた。

 お米を噛み締め「うーん」と至福に満ちた声を上げながらマチルダは足をばたつかせている。

 皆が口にしたところで、スーも口に運ぶ。

 噛むたびに貝の独特な弾力と採れたてを示すかのような磯の風味、そして持ち込んだ岩塩の独特な苦みと塩気が合わさって客人だからと控えていたことも忘れ、自然からの贈り物に舌鼓を打った。

 あっという間に5人は完食してしまい、スーとウリムトを除いた3人の長い黙とうの後アーチェスとマチルダにお皿や調理器具の洗浄を任せ、大人3人は家の外で夜風に当たった。


 
 開口一番にサマンサは「満足してくれたようで何よりだ」と料理を振舞った自身も満足そうに語った。

「私の力ではありません」

 かぶりを打つスーにサマンサは
「謙遜しなくていいよ。確かに酋長あってのその岩塩だが、それを届けたのは他でもないあんた自身さ。あんたがここに存在していなかったらその味を堪能できなかった。チビどもの一件も巡り合わせだと思えばなんてことはないよ」

 スーは照れくさそうに畏まるが、サマンサは発言を続ける。

「ま、元を辿れば星の恵みだ。感謝する気持ちを忘れなければ大抵のことは許せるもんさ」

「ああ、スーさんだけじゃねぇ。関わったやつらのお陰で幸福を享受できたんだ。誇るべきことだぜ?」

 スーはこのサマンサとの会話から、何故彼女が聖女と呼ばれているのか、その片鱗を垣間見てただただ感服した様子だった。

「私は、いや、我々は砂漠を移動している民でありますゆえ、海の恵みを頂く機会はそう多くありません」

「海に隣接するような場所は大昔から治められてきた場所だからなぁ。ここもムンヴォルクもそう。王都も海のそばにあるから、土地に縛られず自由に生きられても砂漠に平原に……あとは北の森しかない」

「遠出でもすれば東にも行けるのですが……そういえばあそこは—」
 スーは何かを言いかけたところで口をつぐむ。

 サマンサはその先の言葉を察したように
「いや、あたしゃ何もしちゃいねぇ。……と言えば語弊があるが、持てる『力』と財を使っただけだよ。成り行きでやっただけで国中が言うような偉業でもなんでもねぇ」

 スーの「ご謙遜を」の一言から少し沈黙が生まれる。

「あの橙色の光一つ一つの下で人が生きているのですね。こんな高い場所から景色を眺めることは海の幸を頂くことよりも貴重な体験です」

 スーはあちこちの家から炊煙が上がり、夜風に流れていくツェペーニュの街並みを眺めながら
「平和になったから、良いのではないでしょうか」
 自分の知るサマンサのことと、サマンサ達と過ごして心の内で感じたことが自然と口からこぼれた。

 サマンサは都の壁の先に広がる畑の方を目を細めて眺める。
「ああ。まぁあそこで奇跡が起きなかったら東はまだ戦火にあっただろうよ。それに、ここにいる使いっ走りも手に入らなかったしな」

 ウリムトはまんざらでもなさそうに
「まぁ、マーサには感謝してるけどよ。もっと丁寧に扱ってくれれば助かるんだけどぁ」

「ふん。文句言いつつ使われてくれるあんたに感謝はしてるさ。それに―今はマッチにアーチェ……ヴェンガーハイドもいるから前ほどは使ってねぇだろう」

 それもそうだとウリムトは鼻を鳴らし、居住区を一望する。

 ともかく、とサマンサが一呼吸置いて
「未来を決めるのは今を生きるやつらにしかできねぇ。そしてより強い意志を持つやつに世界は従う。今見えてる世界がそれだ」
 サマンサはスーへと向き直り
「平和だと思うのなら、維持する努力を続けることだ。それもまた、今を生きるやつらにしかできねぇ」

 路頭に迷ってるやつがいるなら教えてやりな、とサマンサは付け加える。

 翌朝ウリムトと共に倉庫を訪れ、衣服を岩塩のお礼に持って帰って良いということ、都で起こったこと、アーチェスとマチルダの存在を都の外では口外しないこと、そしてサマンサの口調について口外しないことをスーに約束させて一連の騒動は幕を閉じた。

 世で言われている印象を崩さないためにと、特にサマンサの聖女らしからぬ言葉遣いについては脅迫じみた雰囲気で伝えられ、スーはこくこくと頷くことしかできなかった。


次回




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 一か月続いた一節は次で最後になります。

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