見出し画像

星風紀行 外伝 ウーラ・シィナと深山艦長Ⅱ


前回



 伸び始めた髪が気になった俺は艦内の理髪室におもむき、重厚な灰色の鉄扉のドアを開ける。
 
来栖くるす君、刈り上げてくれ」
「わっ!艦長の来訪はいつも急ですね!これって立場にものを言わせた職権乱用じゃないですか?」
「敵を欺くにはまずは味方からだと言うだろう?」
「だとしても!ご自分の立場を理解して単独行動は極力控えてください!向かい先がここで、私との長い付き合いでもダメなものはダメです!」
 
 俺の声を聞くや否や小うるさい散弾銃のならぬ散弾声を全身に浴びせられた。
 
 最も、海上では散弾銃よりも機関銃で撃たれる機会の方が多いだろうが……。
 
「で、いつも通りでいいんですね?」
 
 彼が散髪の準備に取り掛かっている間、自分の上着を脱ぎ、折れないよう丁寧にハンガーに掛ける。
 
 他所では上着を預かるところから全て付き添いの部下がやるものだそうだが、そんなことをさせるのにいちいち人員を割く行為がどうも気に入らず、一艦長の身でありながら近辺のことはほとんど自分でやっている。
 
 従軍理髪師の来栖くるす さいは数々の作戦での顔馴染みだ。
 
 鋏などの小道具が表面にびっしりと備えられたカットエプロンを着こんだ細身の男。
 
 頭にタオルを巻き、ほとんど汚れのない真っ白な軍手は理髪室の来訪者は少ないということを主張している。
 
 さっきは立場上注意をしたが、俺がそういった性分などわかり切っており、立場に目もくれず粛々と自分のことを全うしてくれている。
 
 忙しなく働く彼を尻目に深く椅子に腰掛け、鏡に映る自分と対面する。
 
 深山みやま いさみ
 
 士族の生まれに恥じぬようガキの頃から武術、教養、修心を叩き込まれ、七光りと馬鹿にされたくなかったため、苛烈かれつな訓練と血と硝煙しょうえん漂う戦場を乗り越え今に至る。
 
 鏡に映る顔にはいくらかの鉄の破片でできた創痍そうい火傷痕やけどあとが痛々しく残る。
 
 聞けば、何かしらの長になっても負傷して陸のベッドで安静にしている者もいるという。
 
 閣下の御心のままに常勝の一途を辿る我が国。
 
 果たして戦い勝ち続けることが本当に良いことなのだろうか?
 
 俺が亡くなって悲しむ妻子はいても、俺がそうであるように、散って行った者達などすぐに忘れられてしまうのではないか?
 
 ある一抹の不安・・・・・・・も抱えたまま、鏡に映る自分にお前は生きていて満足か?と問いかけたくなった自分がいた。
 
「いつになく思いつめた顔をしておられますね」
 
 来栖の声で現実に引き戻される。
 
「……俺も年を取ったな、と思っただけだ」
「ご冗談を、ご自身の年齢のことなんて一度も考えたこともないでしょう!」
 
 鏡に映る来栖はからからと笑いながらカットクロスを背後からかける。
 
 いくつになっても羽交い絞めにされるのではないかと身を強張らせてしまうあたり、俺もまだまだガキなのかもしれないと、ふっと鼻で笑う。
 
 来栖はバリカンの電源を入れ、うなじから頭の形に沿って髪を剃り上げていく。
 
「艦長はいつもご自身で軍服を掛けられますが、いつ見てもすごい勲章の数ですよね」
 
「ん?ああ。ただの飾りだ」
 
 二人して入り口付近の上着に視線を合わせる。
 
 胸ポケットの上、袖に数多あまたの勲章が滝のようにかかっている。
 
「ヒラヒラギラギラと鬱陶しくて叶わん。だがあれを着ないと上がうるさいからな」 
 
 そう、武勲など胸中に仕舞っておけばいいのだ。
 
 他人にひけらかすものでもない。
 
「艦長らしい。そもそも深山駆逐艦長の隊は規律が緩いって下士げしの間では噂になってますよ」
 
 彼はわざとらしく「駆逐艦長」という呼称を使ったが、その通りだ。
 
 本来「艦長」とは艦隊旗艦の艦長を指す。
 
 毎度「駆逐艦長」なんて呼ばれるくらいならそのわずかな名称短縮で救える命もあるかもしれないのだ。
 
「規律は厳しいままだろう。俺は無駄を省きたいだけなんだ」
「……そういうところが隊員に好かれるのだと思いますよ」
 
 かく言う鏡の中の来栖はにこやかだ。
 
 だがまあ、戦闘ばかりではこの束の間の平穏も味わえない。
 
 鏡の中の自分にもそれを教えてやりたいと思い、精一杯の笑顔を作った。
 
「……ありがとう」
 
 できるだけ口角を上げるが、ピクピクと痙攣けいれんして不格好になっていた。
 
 当然それを見た来栖は吹き出す。確かにひどい顔だが。
 
「来栖君、他の艦長だったら即刻体罰を受けていたぞ」
「す、すみません。やはり艦長といると距離感が麻痺してしまいます」
 
 クスクスと鏡の中で笑う彼を見て、作戦航行中だということも忘れてしまう。
 
 俺が戦う理由はこの日常を守ることなのだろうなと感じた。
 
「他の艦長と言えば、畑間はたま航空母艦長とともに閣下に謁見えっけんされたのですよね?2回は異例だとかなんとか耳にしましたよ」
「ん?ああ、まぁ……」
 
 近頃俺の胸中をざわつかせている話題を突然振られて柄にもなく歯切れの悪い返事をしてしまった。
 
「珍しい反応ですね。何かあったのですか?」
 
 そんなに問い詰めると他の艦長だったら、とさっきと同じ下りを思ったのだが、来栖なら信頼できると俺が気がかりにしていることを打ち明けた。
 
「こんな噂は聞いたことがないか?この国はすでに乗っ取られているのではないか、と」
 
 あまりにも突拍子もない発言に驚いたのか、彼は刈り終わり、カットクロスに付着する髪の毛を払い落としていたブラシを落としてしまう。
 
「……どういうことですか?」
「動揺するかもしれんが、作業を続けながら聞いてくれ」
 
 彼が床に敷き詰められた新聞紙に散らばる髪の毛をせっせとほうきでまとめ始めるのを見て、つらつらと語り始めた。
 
「俺が初めて閣下に謁見した時、ご尊顔を拝ませてくださった。傷一つなく、女児と見まがうほど陶器のごとき白く美しいお顔だった」 
 
「そして『戦争が終わったらまた遊びに来てくれ』ともおっしゃってくださった。佐官となってからこの上ない褒賞として実に誇らしかった」
 
「つい先月、畑間と共に人生で二度目の謁見を許された。実に前回の謁見から6年の時が経過していたが、久しい再会に俺は胸が躍った」
 
「だが、そこには閣下のお姿がなかった。いや、厳密にはあったのかもしれないが、すだれ越しにお声だけでご対面することになったのだ」
 
 来栖は静寂を保ちながらカットクロスを外す。
 
「しかしあの場がすでにおかしかった。金色の華美な調度品ちょうどひんにむせかえりそうになるこう。以前の閣下とは思えない変容ぶりだったのだ」
 
「極めつけは『次なる戦果を挙げよ』と。冷ややかに一言だけ言い渡された」
 
「閣下のあまりの風変わりに俺は畑間に胸中を打ち明け、そして密かに仲間の網を作っていたのだ」
 
 片づけ終わった来栖は鏡に映る俺の顔を見つめている。
 
「それで、どうするつもりなのです?」
「俺は立場もあって公言すると混乱を生んでしまう。部下たち、そして畑間たちを通して少しずつ全国に噂を広め、一度だけでいい、閣下の安否を確認できるような国民運動を起こすのだ」
「もしも、もしも閣下がえられていたとしたら、この先はどうなってしまうのでしょうか」
 
 俺はかぶりを振る。
 
「わからん。世界を支配したとてこれまでとやることは変わらないかもしれない。幾多の命が失われようとも世界の顔色は変わらない。……これでは替えの利く機械と変わらない」
 
「だが、俺達は今生き残るために戦争をしている。いや、最早させられているのか。生きることに必死にさせられ、使い潰され、世界とは何かということもわかることもなく、ずっと暗いトンネルの中を歩かされているのかもしれない」
 
 心中を吐露した俺は深く溜息をつき俯くと、両肩に重みを感じた。
 
 顔を上げると、両肩に手を置き、眉尻が上がりきりっとした表情の来栖が鏡の中にいた。
 
「では、自由のために戦いましょう。私たちだけではありません。世界のためでもありますよ?多くの敵兵の命もんできました。常勝不敗のこの国が手本を見せねば、世界もついて来ないでしょう」
 
 そうだ、俺は一人で生きてはいない。
 
 これまでも、乗員を生かすために最善を尽くしてきたはずだ。
 
 そして長く死線を共にくぐり抜けてきた仲間たちがこの艦隊にもいる。
 
「ああ、できることをやらねばな」
 
 椅子から立ち上がり、上着を着込んだ途端、伝声管でんせいかんが理髪室に鳴り響いた。
 
「深山駆逐艦長はおられますか!?こちら艦上見張り員、航空母艦『げん』より艦載機が発艦いたしました!深山駆逐艦長に伝わるまで回してください!」


次回


  —  —  —  —  —

 最近忙しかったり体調不良で思うように物語を描けずにいる鳥街です。

 皆様の記事も読みたいのですが読みに行けてないです(-_-;)

 さて、この外伝のモデルは大日本帝国海軍です。 

 架空の人物ならびに艦名が出てきます。

 外伝はあと2話で終わる予定ですが、深山駆逐艦長の乗る艦艇については本編であまり触れないのでここで少しだけ触れておきます。

 深山駆逐艦長が乗る艦艇は「防空駆逐艦 そほ」という名前です。

 防空駆逐艦というわけで秋月型がモデルとなっております。

 最初は輸送作戦なので夕雲型駆逐艦をモデルにしようかと思いましたが、秋月型をモデルにした理由はⅢでわかるかもしれません。

 こんなところで艦これの縁が役に立つとは思いもしませんでしたけどね(笑)

 それでは、最後までお時間を割いて目を通して頂きありがとうございました!




いいなと思ったら応援しよう!