星風紀行 外伝 ウーラ・シィナと深山艦長Ⅰ
「貴方の星は消滅しました」
目の前の西洋風の東屋に佇む、女神を名乗る少女が儚げに放った一言に俺は耳を疑った。
背中まで伸びる艶のある焦げ茶色の長い髪、その前髪は目の上で水平に切り揃えられている。
彼女曰く、人間だった頃の名残でかけている丸眼鏡の奥で光る黒い双眸は五体なき俺を捉えていた。
その瞳は涙腺の発達した女性らしい潤みと慟哭を抑えた悲哀を帯びている。
彼女が身に着けている衣装は肌の露出が全くなく、深緑色を基調としたワンピースに白いフリルが所々にあしらわれた姿は生前の俺の苗字をそのまま体現しているように見えた。
そう思考を巡らせた途端に、目の前にいる彼女の全ては肉体のない俺を代弁しているのではないか、俺の写し鏡なのではないかとさえ思えた。
「亡くなった時の想いが強すぎて魂に還っても直近の記憶しかないのですね……。でもここにいるということは、よっぽど魂輝が強いお方ということです」
彼女は東屋の椅子に腰掛け、視線を俺から膝の上に移すと、視線の先にはまるで最初からそこにあったかのように分厚い茶色の本が置かれていた。
彼女は病的に白く細い指で次々とページをめくる。
本当に読んでいるのか疑わしくなるほどの速度で、俺が本の中身を覗き見ることもままならずあっという間に巻末まで読了してしまう。
「……ちょっとダウロ君やヴェロちゃんに似てるかも」
くすりと笑いながら独り言ちる彼女からは先ほどとは打って変わって悲哀の気配が失せ、どこか懐かしむ目をして静かに本を閉じ、その上に手を置いた。
「貴方は、ずっと戦い続けてきたのですね。さっきまでも、これまでも」
そうだ、俺は戦い続けてきた。遠い先祖から代々受け継ぎつないできた国を守るために、死力を尽くし戦い続けた。だが最期は仲間の裏切りに遭って命を落とした。
同志だと思っていた。失望した。俺のことは信じると目を見て言ってくれたから懐疑の念など微塵も起きるはずもなかった。そして皆死んだ。
目の前の女神さんが言うには、俺が死んでから少し先の未来で星ごと消滅したらしい。俺の周りの者だけでなく、棲んでいた星が死んだ。
「しかし貴方のできることはやり切りました。魂の総意の結果、なくなる星もたくさんあります」
確証もなく、俺が気付いたときには敵が大きすぎた。だから皆を責められるはずもない。しかし誰一人として強大な敵に立ち向かおうとはしなかったのか?その点に憤りを感じずにはいられなかった。
「残酷なことを申し上げますが、星の行く末に善も悪もありません。その時を生きる者、その中でひときわ強く輝く意思が多くの魂を、そして星をも動かすのです。……星はただそこに在るだけ」
彼女は東屋の上空に広がる満天の星空を見上げ、ほぉと一息つく。
するとどこからともなく風が吹き始め、東屋を中心に地平線まで埋め尽くす白と藤色の花が一斉に揺れ、大きな波を生んだ。
次第に俺の視界は舞い散る花弁に覆われ、不思議と意識が薄れていった。
「かつて私の先生みたいなお方が言いました。『愛ゆえに魂は闘争する』と。貴方の闘争心にはいつも温かな愛があったはずです。折角私の星に来てくれたんです。今は楽しかったこと、悔しかったこと、なんでもいいから夢を見てゆっくり休んでください」
白く消えゆく景色の中で、彼女は優しく微笑んだように見えた。
『愛ゆえに魂は闘争する』か。
だが悪いな、女神さん。
こことは対照的で、火の海に包まれ身体を熱気で蝕まれ苦しんだこと、そして失望感しか今は思い出せない。
俺の最期は―
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一人称視点の物語を描いてみたいと思い、急遽ウーラ・シィナ登場です(笑)
本当はウーラ・ローグが直接訪れ、この外伝の結末が本編でも登場する、ということにするつもりでしたが、折角なので練習も兼ねて本編三節の前にお話を挟みました。
とはいえ、かなり短いと思うので本編の続きにはすぐ戻れると思います。
わたしの我が儘に少々お付き合いくださいm(__)m
お時間を割いて最後まで目を通して頂き、ありがとうございました!