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【長編小説】星風紀行 第一章 一節 太陽を掴む平原Ⅷ

 丘の上からふもとまでびっしりと背の低い草が生え渡っており、荷車が一台通れるほどの狭い道幅が一本だけサマンサ達の住まいに向かって伸びている。

 住まいに着く直前で分岐する道がもう一本存在してはいるが、お城のような佇まいをした家へマチルダ一行は一息に駆けて行った。

 最初に走り出したマチルダが一着であり、長い坂道を駆けて切らした息を整えるために家の段差に腰かけて遠目に見える残り3人の男たちを待った。

 3人は律儀にも草を踏むことを避けてところどころ蛇行する草が生えていない道を走ってきており、草原を踏み真っすぐに駆けて行ったマチルダよりも到着に時間がかかりそうである。

 マチルダは待っている間に辺りを見渡し、風ではためいている洗濯物を見つけ、サマンサがすでに起床していることに気付く。

 すると不意に後方で扉が開く音が聴こえ、マチルダは扉から出てきたサマンサに後ろから両手で頭を掴まれた。

 3人が遅れて到着すると、そこにはサマンサと彼女に髪の毛を揉みくちゃにされているマチルダがいた。

「おうマッチてめぇ、家に戻るのは夕飯前までにしろってあれほど言ったよなぁ?」
「マーサ、ごめんって~。これにはわけがぁ……」
「予め遅くなることがわからなきゃ何人前の料理しなきゃいいかわかんねぇだろ?」
「ごめんなさいぃぃ」

 サマンサの手は頭をこねくり回しているかのように見えたが、マチルダの若草色の長い髪の毛を五指に巻いては鳥の翼のように両方に広げ、わしゃわしゃと攪拌するだけで全く暴力的ではなかった。

「遊んでるよね……?」

 アーチェスが指摘すると、サマンサはぴたりと手を止めた。

「伝令でうちにいるってマーサのところに話は来てなかったか?」

 ウリムトの言葉を聞いたサマンサは息を吐いて、その両手で刈り取られた草のように乱したマチルダの髪の毛を丁寧に元に戻しながら会話を始める。

「ああ、そうだよ。全部聞いたよ。ただの教育さ」

 サマンサがスーの方を見る。

「そこの男と一悶着あったんだって?岩塩のスーだったか、サマンサだ。よろしく」

 自分の名前も知らされていたことに驚いたスーは、ただ一言「どうも」と素早く頭を下げたまま固まってしまった。

 サラサラと流れるマチルダの髪の毛を指ですきながらサマンサは会話を続ける。

「そう畏まるなよ。岩塩と言やぁ、ディオポリスの方が近かっただろうに。わざわざここまで来たってことはそのひなびた服や靴を交換でもしに来たのかい?」

 恐る恐る頭を上げ、サマンサの顔を見てスーは返事をする。

「はい……衣類に関しては王都の物よりも質が良いと耳にしたもので」

「近場で楽に済ませるよりも遠出してでも長持ちしそうな方を選ぶ……か、都出身じゃないにしては大した判断じゃねぇか」

 サマンサはマチルダの髪の毛を整えていた手を離し、すっくと立ちあがる。

「スーよ、その岩塩で料理してぇからもう一度ここまで持って来い。そして残り3人は貝でも取ってきな」
 
「来たばかりだぜ?もうちっと語りながら休ませろよ」

「ご馳走だ」と目を輝かせるマチルダに反してウリムトが不服そうに言うと、サマンサは反論する。

「ふん、こちとら昨夜から何も食ってねぇんだ。てめぇらのせいでもあるからさっさと行ってきな」

 アーチェスが「あっ」と今の今まで忘れていたことを思い出す。

「人参と玉ねぎ……兵舎に忘れてきたから戻らないと」

「ああ?あーいや、今はどうでもいいこった。まだどっちもうちにあるから急ぐ必要はねぇ。準備して待ってらぁ」

 サマンサは終始やや語気の強かった言葉とは裏腹に、静かに扉を開閉して家の中に戻って行った。

 アーチェスとマチルダは桶を用意するために道具小屋へ、ウリムトとスーは一足先に家を起ち兵舎と宿舎へ向かった。


次回



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