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【長編小説】星風紀行 第一章 二節 邂逅Ⅳ


※今回も前回に引き続き動物の遺骸の描写があります。お目通しの際はご注意ください。


「鮮度を損なう前に川で血抜きを!くれぐれも都につながる西側の分川で作業を行わないように!」

 森から銅鑼どら部隊が出てくるのを確認したジルフィスが列の後方から大声で呼びかける。

 後方で控えていた直接狩りには参加しなかった都の住民が荷車を引いて、草原に横たわる野生動物たちを次々と積んでいく。

 初めての出来事を脳で処理しきれず地面にへたり込んでいたノットはその姿をぼんやりと眺めていると、ランドはノットの背を叩き「俺達も行くぞ」と全員に行動を促す。

 まずはランド達がいた位置から一番近くに倒れている兎の亡骸を見に行った。

 兎の胴体にはノットが放った矢が突き刺さっており、一筋の赤い血が傷口から流れていた。

「アーチェスくん、マチルダちゃんも近くへ。……そしてノット、これが自分の手で命を積む感触だ。よく覚えておけ」

 ノットにはランドの言葉は表面上は冷ややかにも聞こえたが、命の重みをよく知る者の一言として奥に熱いものがあるのも感じ取り、強く頷いた。

 ずっと背中にしがみついているマチルダを引きずるように連れて、アーチェスはノットと共に倒れた兎を見下ろし、観察する。

 兎の胴体には矢が突き刺さり痛々しく見えたが、草原を吹き抜ける風に茶色の体毛が揺れて目を閉じた横顔は穏やかな表情をしていた。

「眠ってるみたい」

「まるで眠ってる時も死んでるみたいな言い方だな」

「……似たようなものなのかもね」

 アーチェスは兎の痛ましい姿を憐れんで矢を抜こうと手を伸ばそうとするとランドが「待て」と制止する。

「アーチェスくん、素人が矢を引き抜こうとしてはいけない。それにそいつはまだ次の狩りで使う」

 ノットがぴくりと反応する。

「まだ何かするのか?」

 ランドは遠くで荷車に積まれていく動物たちを細い目をさらに細くして見る。

「……ああ、ジルフィスさんが直に来るはずだ、その時にわかる。……次はデカいのを見に行くぞ」

 ランド達は矢を受けて倒れた動物たちを横目に見ながら、ランドが最初に射た鹿のもとまで歩く。

 矢が胴体に何本も突き刺さっている鹿、目に矢を受けてしまっている狸、ランドが射貫いた眉間に矢が立つ猪など、死体が場を支配する凄惨せいさんな光景にノットとアーチェスは険しい顔つきになっていた。

 その道中でアーチェスはマチルダを気遣うために声をかけていたが、アーチェスの背後でマチルダはとうとう目を閉じてしまって、弱弱しい声で「うん」と発することしかできずにいた。

 ランドが最初に射た鹿もまた口を軽く開け、目を閉じて絶命していた。

 茶色い毛並みに白い斑模様まだらもようが散りばめられた若い雌鹿だった。

 長い首に深々と刺さる矢傷から流れた鮮血が変わらず腹部の白い毛並みを濡らしていた。

 鹿の前にやってきたアーチェスは背中に隠れているマチルダに

「マーサから学んで来いって言われたでしょう?……怖いかもしれないけど、一度は見ようよ」

 サマンサを引き合いに出されたマチルダは観念して閉ざしていた目を開けて、恐る恐るアーチェスの背中越しに鹿を見る。

 マチルダの瞳に鹿のほどよく肉が付き、森の中を駆けるために発達した臀部でんぶが映る。

 矢が突き刺さっている首は視界に入れず、次は胴体へと目を移す。

 地面でのたうち回った後に広がったであろう、腹部の白い体毛が赤く染まっている。

 それを見るや否や、「ひっ」と小さな悲鳴を上げる。

「血が……血が……」

 血の出どころを探るようにアーチェスの背中から完全に顔を出し、倒れた鹿の全貌を視界に入れる。

 血で地面を濡らし倒れた鹿の遺骸を見てマチルダは吹き抜ける風に身体の全ての熱を奪われたかのように身体を震わせた。

「ひ……ぁ……」

 途端に過呼吸になり、ガチガチと奥の歯を鳴らし、完全にすくみ上がっていた。

 マチルダの視界から徐々に色という色が消えていき、世界が光と影だけになり、最後は真っ白になってしまった。

 アーチェスはマチルダの足元がおぼつかなくなっていることに気付き、咄嗟に「大丈夫!?」とマチルダの肩を掴んで支える。

「何も、見えないよ……アーチェ……血、ちが……ぁはは……命、いのち……さっきまでいきてた……」

 マチルダがうわ言のように繰り返している言葉を聞いてランドは気の毒だと思いながらも

「そうだ、俺たちは生かされている。マチルダちゃん、今まで食べてきた物
だってこの鹿さんと同じなんだ」

「……おなじ……」

「マーサに日頃から食べ物に感謝するように言われているだろう?さっき見たのは君が生かされる前の生きてた頃の姿だ」

「……いきてた……」

「野菜だって魚だって同じだ。マーサはそれを教えるために、俺達が生かされていることをよく知るために、コイツを見せたんだ。これが……命のやり取りというものだ」

 アーチェスは震えるマチルダを抱きしめる。

「これが『いずれ知ること』だったから、僕たちがいただく前の姿を知っておかないといけなかったんだ。きっとマーサは、それを教えたかったんだ」

 ランドはアーチェスとマチルダの目線に合うように腰を低くして

「……寒い冬は食べ物が少なくなる。俺達も生き残るために保存の利く動物の肉が必要になる。今までだって君も少なからず口にしてきたはずだ。感謝はしていても、実際にこうやって見るまでは本当のありがたみを知ることはできない」

「いずれしること……」

 マチルダは銅鑼の音に驚き、森から飛び出してくる生前の鹿の姿を思い出し、今の状況と照らし合わせ、目から涙が溢れ出た。

「あぁ……あり、がとう」

 アーチェスの肩に顔を埋めてマチルダは泣きじゃくった。

 アーチェスは何も言わず抱き着いたままトントンとマチルダの背中を優しく叩いた。

 マチルダはひとしきり泣いた後、震えが止まり、見える世界にも色が帰ってきた。

 何事かとジルフィスが駆け足でやってきたが、マチルダは「もう大丈夫」と清々しく微笑んでいた。

 ジルフィスは完全に納得はできていないながらも話を切り出す。

「……ランドさん、今年のこの状況は……」

 ランドは自身の毛むくじゃらの顎鬚を触りながら遠方の荷車を引く人々を見遣る。

「明らかに数が多い。これは上位捕食者の数も増えているだろう」

「では、行くのですね?」

「ああ、俺達が獲った分だけ間引かなきゃならんな。腕に自信のある者を2、いや、3人手配してもらえるだろうか?」

 ジルフィスは頷くとすぐに踵を返して狩人が集っているところへ駆けて行った。

 ジルフィスを見送ると、ランドは弓を担ぎなおす仕草をする。

「ノット、もう一狩りだ。お前の初めての獲物を使わせてもらうぞ」

「いいけれど、何するんだ?」

「俺達が動物たちを食べて冬を越すように、ヤツらの中にもいるんだよ、喰うやつが。食いつないだ結果、増えると困る動物もいるから俺達が少々手を加えるんだ。……俺達の身を守るためにもな」

「ふーん、よくわからないけれど次はそれをやるってことだな。アーチェとマッチはどうする?」

「二人とはいったんお別れだ。銅鑼を打ち鳴らした今ならしばらく動物は寄り付かいない。これから皆と山菜やきのこ狩りをするといい。……俺達が生きるためにな」

 ランドは最後に笑みを見せると、ノットを連れてのしのしと他の狩人たちと合流しに行った。

 2人でランドとノットの後ろ姿を見ながら

「アーチェが家族でよかった」
「急にどうしたの!?」
「ううん、アーチェは強いなって思っただけ」

 もうすぐお昼に差し掛かる秋の穏やかな陽光の中、マチルダは優しく微笑んだ。


次回



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 わたしは血の大晦日だ……

 こんなお話を年末年始に出して良いのか迷いましたが、前回のまま、そして『星風紀行』の世界観が少しだけ明らかになる次回を考えると今日出した方が良いと思って物語を作りました。

 今年は長年設定を考えてきた『星風紀行』が人目に触れることになってわたしはとても嬉しかったです。

 「白い砂浜、そして白い街並みの中を少年と少女が駆けて鐘を鳴らしに行く」という夢を見たことが物語を作る全てのきっかけでしたね。

 夢を見てから数年後にギリシャのサントリーニ島の存在を知ったので、実はツェペーニュのモデルは直接的にはサントリーニ島ではなかったりします。

 ストラハイム、クフトスセルなど、ありそうでない苗字もイメージで作っただけで現実の言葉に直すと何かある、ということもないです。

 こんなところで設定に触れるのもあれですが、『星風紀行』の世界においては「第一章 一節 太陽を掴む平原」で出てきた「岩塩のスー」のように「○○の」が苗字となっております。

 ○○には産地や生業としているものが入りますね。

 「ではストラハイムやクフトスセルは?」というと基本的に王族やそれに準ずる者が持つ苗字という設定があったりします。

 

 noteさんを始めて1か月半ですが、前回なんてダッシュボードを見ると150以上見られていて感激の半面、緊張しております(-_-;)

 作った設定に見合った文章力を付けたいな、と思う所存です(笑)

 いつもお時間を割いて目を通していただき、本当にありがとうございます。

 拙い文章が続きますが、こんなわたしで良ければ物語を楽しんでいただけたら幸いです。

 2024年、皆様お疲れさまでした!また来年もよろしくお願いいたしますm(__)m



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