【長編小説】星風紀行 第一章 二節 邂逅Ⅱ
時は「星を見る人の月(現実で言うところの10月あたり)」に差し掛かる頃。
ノットがアーチェスとマチルダを狩猟に誘った夜から6日が経過した日、ついにその狩猟の日が到来した。
早朝から各々の持つ役割を誇示するかのように多種多様な道具を携えて都の正門に人が集っていた。
狩猟で用いる弓矢はもちろんのこと、動物を追い立てるために打ち鳴らす銅鑼、追い立てて森から飛び出てきた動物を転ばせ射貫くために使う縄など、非常に大掛かりなものである。
体格の良い大柄な男たちが狩猟の下準備をするために濃い朝靄が立ち込める森へ先に発った。
アーチェスとマチルダもノットに付き添って自分たちよりも遥かに身長が高い大人たちに混じっていた。
3人とも夏間に着ていた1枚の布に穴を空けて身体を通しただけのような簡単な構造の服装とは異なり、肌の露出のないごわごわとした厚手の上着とズボンに身を包んでいる。
人だかりから離れた位置で3人はノットの父・ランドとの合流を待っていた。
「そういえば、お前らって都の外に出ること自体初めてじゃないか?」
ノットが何気なく放った一言にアーチェスの心臓が跳ねる。
「言われてみれば、都の外に広がる景色はいつも見てるけれど、実際にそこに近づくのは初めてだね」
マチルダは丘の上にあるサマンサの家から一望した景色を思い浮かべる。
都の北端の丘の上から見た、都の外のさらに北。
そこには季節によって表情を変える、アルリナ山の麓まで所狭しと群生する森林が広がっていた。
「初めて都の外に行くの、楽しみだなぁ。……でもはぐれないようにしなきゃ」
ノットに狩猟を誘われた夜から「いつも明るいマッチらしくもない」と思っていたアーチェスは
「……大丈夫だよ、皆いるから。それにもし一人になっても山とは反対の方へ歩けば戻ってこれるよ」
アーチェスの勇気付ける言葉にマチルダは頷きながら笑顔で答えた。
アーチェスとマチルダがツェペーニュに立ち並ぶ白い建物の間から差し込む朝日に目を細めていると、3人に向かって門の方からドスドスと大柄な男が近づいてきた。
キョロキョロと辺りを見渡していたノットがすぐに気付いて「親父!」と手を振る。
言われるまでもない、と言わんばかりに横切る人を避けながら大男は3人に歩み寄り、アーチェスとマチルダの2倍はある高所から細い目で見下ろす。
「そろそろ出発だ。3人とも俺について来い」
目の前の大男の口がほとんど隠れてしまうほどに覆われている口髭がもごもごと動いている。
その低い声は大男が発したものであるが、見知っていなければ誰が発声したものか判別が困難かもしれない。
頑強な上半身に、上着の袖を腕まくりした太い腕にはごわごわと黒い毛が生えており、さながら森に横たわる苔むした大木のようにも見える。
刈り取られた後の芝のように乱雑な黒髪はもみあげから顎にかけて一体となっている。
朝日を浴びながら使い古された大きな矢筒とその巨体で扱うのに恥じない大弓を携えた姿にマチルダは物怖じすることもなく
「ランドおじさん、おはよう!」
無邪気に挨拶をすると、ランドは表情を崩し
「お~マチルダちゃん、元気があっていいねぇ」
頭をすっぽりと覆えるほどの大きな左手でマチルダを撫でる。
そんな怪物と小動物のような交流を見たアーチェスはまたいつものマチルダに戻ったことにほっと安心している一方で、ノットはうんざりして
「親父、いつもマッチに対してデレデレするよな。姉貴と母さんが恋しいだけなんじゃないか?」
ぴくりと口髭が動いたかと思えばランドはノットの頭を力強く掴み揺さぶりながら
「そ、ん、な、ことはない!少なくとも彼女たちが俺の髭に辟易して出ていったわけではない!」
「そこまでは言ってないだろ、めんどくさいなぁ!」
「御託はいい!行くぞ!」
ランドの脇にノットは抱えられ、遠ざかりながら「降ろせー!」とわめくノットの姿を遠目に見ながら
「ねえアーチェ?」
「うん?」
「家族っていいね」
微笑みながらも、自分たちの境遇を思い、言葉の裏にある影をアーチェスは感じ取ったが、良い返しが見つからず「そうだね」とできる限りの笑顔を作って返した。
次回
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わたしの実家は仏教ですが、メリークリスマスです
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